野菜と屋敷
トムの畑の帰り道も、魔法使いの屋敷の前を通り過ぎた。
「んー、魔法使い様は屋敷の中にいるのかしら……」
たまたま散歩でもしに庭に出ていないか、柵から顔を覗かせ探してみる。が、誰の姿もない。
「そう簡単には会えないわよね……」
フゥっと息を吐き、再び重い荷車をトワレ伯爵家まで引いていく。汗がポタリポタリと乾いた地面に滴り落ちていく。
「はぁはぁ……。や、やっと着いた……」
荷車を裏庭に運び、もらった野菜と果物を勝手口からキッチンへと持っていく。何往復もしてようやく運び終えると、今度は昼食の準備に取り掛かった。
きっかり十二時三十分には食事の準備を終えていないと叩かれる。
手際良く下ごしらえをしていく。
「さぁ、食べましょう」
なぜか今の母は機嫌が良い。
席に着くと母と妹は昼食を食べ始めた。シェルリーはまだ幼い弟の食事の世話をした。
当然、そこにはシェルリーの分はない。
「ねぇ、お母様。今度、王都から来る方がお茶会を開催するって本当?」
「ええ、本当よ。うちも招待状を受け取っているから、ブロッサムあなたのお茶会デビューにもなるわね」
八歳になる妹ブロッサムは手を叩き喜んだ。
「新しいドレスが欲しいわ、お母様。王都から来る方でしょ?きっととても洗練された方だわ。田舎臭いドレスなんか着て行ったら、恥をかく」
「そうね……。でも、うちには新しいドレスを買うほどのお金が……」
貧乏伯爵家には、その日暮らすのが精一杯の資金しか残されていなかった。あとはシェルリーが縫い物をして小金を稼いだりしていたのである。
二人はそろって、弟の口に食事を運ぶシェルリーを見つめる。
「あんたがもう少し大きければ……。その体で金を稼げてたのに……。十歳じゃねー」
「え……?」
シェルリーは意味が分からず、小首を傾げた。
「まぁ、世の中には変な趣味の男もいるけど。探すのも一苦労だし」
寒気がしたが、気にせず弟だけを見るように努めた。
食事の片付けも済むと、次は屋敷の窓拭きだ。雑巾をギュッと絞る。荒れたてから血が滲む。でも、そんなことにかまけている暇はない。
窓ガラスを拭いていたら、ふと今朝見たステンドガラスの美しい窓を思い出した。あんなステキな窓なら毎日拭いていても楽しいだろうなと想像する。
それから数日経ったある日、食べるものにほとんどありつけなかったシェルリーは、こっそりと家を出て、野草探しに行った。
確か、以前トムの畑に向かう途中いつもの道が通れずに遠回りした時に見つけた。食べれる野草が群生していた場所があったはず。
「あったぁ!」
緑の瞳が一層輝く。
「タンポポ、つくし、オオバコ、あっ!ノビルもあるわ!」
摘んではカゴに入れ、掘ってはカゴに入れていった。
「これだけあれば三日はなんとかいけるわね」
宝物のように集めた野草のカゴを大事に抱え立ち上がった。
「あ……、ここは……」
気付いたら、例の魔法使いの住む屋敷近くにまで来ていた。少しだけならと、周囲を見渡してからゆっくりと屋敷の柵に近づいた。
「⁉︎」
花が咲き誇る庭に人の姿があった。顔は見えないが、長身の男性のようだった。
「お庭の手入れをしているのかしら……。んー。話ができたら、どうやってこんなステキに花が咲くのか聞いてみたい……」
悩むが、自分の身なりにハッと現実に引き戻された。今は少年の格好をしていて、靴には穴があき、手はあちこち擦り切れている。こんな姿で声をかけたらおそらく屋敷の人に捕まって、警察に連行されてしまうだろう。
「はぁ、なんかコツがあるはずなんだけどなぁ」
見ていても全く分からない。それより、その長身の男性がそもそも何をやっているのかも分かっていなかった。
「メイメイ、ちょっと来てくれないか」
「はーい、ただ今」
長身の男性はメイメイと言う人物を呼び寄せた。
現れたのは、淡い緑色の髪を左右お団子頭に結い上げた可愛らしい少女だった。この屋敷のメイドなのであろう。白いフリルの付いたエプロンをしていた。
「メイメイ、ここの畑の野菜を間引きしてくれ。小さいのは捨ててしまってかわまない」
「はーい、アークさん」
え⁈野菜の間引き⁈小さいのは捨てる⁉︎
ほ、欲しい‼︎
思わずグイッと身を乗り出し、柵の隙間から屋敷の敷地内に入ってしまった。
「あ……あの……」
屋敷の庭園にいた二人は一斉に振り向いた。