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ラルクとシェルリー

「シェルリー!シェルリー!」


 外から大きな声で呼ぶ声が聞こえてきた。朝食を済ませ、魔法の教科書を読んでいたシェルリーは急いでバルコニーに飛び出す。


「シェルリー!」

「ラルク」


 いつもの決まった時間、王宮騎士のラルクが愛馬にまたがってここ魔法士が済む塔の庭園を見回りにやってくる。


 そして、決まってバルコニー近くに立つオブジェの上に立ちシェルリーと会話をするのだ。


 バルコニーの手すりから身を乗り出しラルクに挨拶をする。


「シェルリー、馬で散歩に行こうよ」


 彼は必ずこう誘う。何度断られ続けても、毎朝同じ時間に同じセリフで。

 めげないタフさも王宮騎士団の自慢だ。


「えっと、グレイに聞いてみるね」


 珍しくいつもと違う返事が返ってきた。

 

「いいって!」

「え?マジか?」


 まさかオッケーの返事が返ってくるとは思いもよらず、嬉しそうなシェルリーの笑顔を見つめる。朝日に照らされて、金色の長い髪がキラキラと眩しい。


「来て」


 ラルクは両手を広げる。


「そこから飛び降りるんだ。受け止めるから」

「でも……」

「大丈夫。オレは騎士でもあるし魔法使いでもあるから。ホラ、信じて」


 緑色の髪がサラサラと暖かい風に吹かれる。


 意を決して、バルコニーの手すりに足をかけ小さな体を思い切り投げ出した。

 手を広げ、金色の髪をふわふわとなびかせながら、シェルリーの体はオブジェに立つリュークの元に軽やかに落ち着いた。


「ね?大丈夫だったでしょ?」


 シェルリーを抱き上げた状態でオブジェから飛び降りると、上からグレイの声が聞こえてきた。


「ラルク!無茶をさせるな!」

「あ……」


 見られていた。

 今度はシルバーの髪をなびかせ魔法使いグレイがバルコニーから颯爽と降りてきた。


「馬に乗ることは許可したが、シェルリーの体に触れることは許可していない」

「あー、でも、乗ってる時は仕方ないのでお許しを」

「チッ」


 グレイの溺愛ぶりが加速する中、ラルクは見事シェルリーとの時間を獲得することに成功したのだ。


「すぐに戻るように」

「はい、グレイ様」

  

 うやうやしく頭を下げ、愛馬にまたがりシェルリーの小さな体を支えながら、パカパカと歩き出す。


 姿が見えなくなるまでグレイはその後ろ姿を見送った。


 気温が比較的落ち着いている午前の散歩は気持ちが良かった。緑の木々が木陰を作り、黄色く咲き誇る花畑を通り抜けていく。


「シェルリーはもうすぐ十一才になるんだろ?」

「はい」

「誕生日プレゼントはなにがいい?」

「え?誕生日プレゼント?」

「そう、君の誕生日のお祝いをしたい」

「誕生日のお祝い……」


 もの心ついてから家族から誕生日を祝ってもらった記憶がないシェルリーは戸惑う。いつも妹ブロッサムや小さな弟の誕生日は祝っていたけれど、シェルリーにはその経験がなかったのだ。


 父が亡くなる前まではそれなりの生活をしていた。それでも妹のブロッサムとは違う扱いを受けていたことは気付いてはいた。


「お母様、私誕生日にはアクセサリーが欲しいわ」

「ブロッサム、あなたにはまだ早いわよ」


 あれは確かブロッサムの八歳の誕生日を迎える少し前だったか。いつものようにワガママぶりを発揮し、おねだり攻撃をするが残念なことにトワレ伯爵家は伯爵の爵位があっても貧しかった。


 それは父であるトワレ伯爵に領地経営の才がなかった由縁でもあった。


「アクセサリーは買えないわ、ブロッサム。他のもので我慢してちょうだい」


 母はブロッサムに言い聞かせる。ブロッサムとシェルリーは誕生日が近かった。しかし、いつもプレゼントを贈られるのは妹のみ。シェルリーは何も言わずただ見ているだけしかなかった。


 誕生日の思い出はそれくらいだ。だからラルクになにが欲しいのか問われても答えることができない。


「欲しい物は何もないわ」

「何も?」


 ひわまり畑を抜けると、暖かい風に運ばれてハーブの優しい香りが鼻をかすめる。


「また、馬に乗りたいわ。それだけでいい」


 シェルリーにとって、馬上からの眺めは格別だった。風を感じ、太陽の光を浴び、青空を大きな羽を広げ羽ばたく鳥達を眺めるのが楽しかった。


 生きている喜びを肌で感じることができるからだ。


「んー。でもオレは君に何か贈りたい」

「え?」

「君がこの世に生まれてきてくれたことを祝いたいんだ」

「ラルク」

「だからこうして出会うことができた。だから、祝いたい」

「ありがとう」


 馬の背中に揺られながら、ハーブの庭園を進んでいく。腕の中に収まるシェルリーの金色の頭に口付けをする。


「着いたよ」

「わぁ……。すごい……」


 馬上から見えたその景色は、一面色とりどりの花が咲き誇る美しい景色だった。


「君をここへ連れてきたくてね、めげずに毎日誘っていた」

「ありがとう、ラルク」

「少しここで休もう」


 シェルリーを抱えて馬から降りる。すると、花畑から一斉に綿毛が飛び出してきた。ゆらゆらと宙を舞い、まるで踊っているかのようだ。


「はぁぁぁ……」


 青空と花々に漂う真っ白な綿毛。


「これは草木の恵みの綿帽子だよ。こうやって誰かが花畑に入ると、その刺激で一斉に空へ舞うんだ」

「草木の恵み……」

「この綿毛があちこちに飛んでいって、新しい命を芽吹く」


 シェルリーは両手を胸に当て、その綿毛を見つめる。


「たくさんの草木が芽吹きますように」


 その祈りはすぐに届いた。

 宙に舞っていた真っ白な綿毛が一斉に花を咲かせたのだ。綿毛が舞う世界から今度は花が空を舞い踊る。


「すげー」


 綿毛のように軽やかに色とりどりの花々は空へと飛んでいった。

 大地に着地した花はその瞬間光を放ち、グンと成長して根付き次々と花が増えていく。


「グレイ様外を見てください!」


 シェルリーが戻った時に食べさせようとアフタヌーンティー用にケーキを作っていたメイメイが窓の外をふと見た時に驚きの光景を目にした。


 メイメイの声でグレイがバルコニーに出ると、空には美しい花がふわふわと漂っている。ポトリと落ちたものは大地に根付いてさらに蕾を増やして咲き誇った。


「シェルリーの魔法だ」


 そう呟くと、再びバルコニーから地面へと飛び立つ。魔法で体を浮かせるので衝撃は全くない。


 シェルリーの魔法がかかった綿毛は花となり王都中に舞っていく。

 王都に住む者達は空を見上げ、初めて見る光景に歓喜した。


「すごい!」

「見て見て、お花が飛んでるわ!」


 空を指差し、花の行方を見守る。


「これって魔法でしょ?」

「王宮にいる魔法使い様の力ね!」

「ステキだわ」


 街中で喜びの声が上がっている中、知らず知らずにかなりの魔力を消費してしまっていたシェルリーは、瞼が重くなり眠気と闘っていた。


 小さな体が左右にユラユラと揺れ始める。


「おっと、危ない」


 気付いたラルクがシェルリーの体を支える。


「ラルク……、眠い……」

「だろうね。魔力を使いすぎたようだ」


 近くの葉を摘み、フゥと息をかけるとその葉は大きなマットレスと変化した。花畑に葉っぱ型のマットレスを敷き、シェルリーをそこに寝かした。


 指をクロスさせ、花に向かって魔法をかけるとピンク色の花がグンと大きく成長して花のパラソルとなり、木陰をつくる。


 シェルリーの横に自分も寝転がり、しばしの休憩を取ることにしたラルク。陽射しが遮られて心地良いひと時だった。


 パキッ。


 枝が折れる乾いた音がする。

 

「ラルク、お前いい度胸だな」


 ハッと目覚め身構える。王宮騎士の習性だ。見上げると、そこにはシルバーの髪の美しい少年が陽の光を浴びながら立っていた。


「グレイ様……」


 まだスヤスヤと夢の中にいるシェルリーは気持ち良さそうに寝返りを打つ。


「誰が一緒に寝ていいと言った」

「あー、ダメとも言われてない」


 自分よりも二歳上の騎士を睨みつける。


「シェルリーはオレの弟子だ」

「でも、恋人じゃない」


 ラルクの発言に片眉を上げ威嚇する。


「今はな」

「それってどう言う意味です?」

「言葉通りだ、ラルク」

「これは強敵だな……」


 ラルクの言葉はグレイの耳に届いているはずだが、何事もなかったかのようにスルーされていった。

 葉のマットから抱き上げ、グレイの腕の中で眠り続けるシェルリーが青い瞳に映る。


「馬で連れて行きますよ」

「いや。オレが連れて行く」


 言葉は素っ気無いが、シェルリーを抱きしめる姿は愛情に溢れていた。


「はぁ……」


 ラルクは緑色の髪をかき揚げ、諦めたように愛馬にまたがって二人から離れて行った。残されたグレイはいつも通りシェルリーを抱き上げた状態で歩き始める。


 風に吹かれて木々がカサカサと優しい音を立てた。赤い羽、青い羽の美しい鳥達がさえずる中金色の長い髪を揺らしながらシェルリーはグレイの腕の中で夢を見る。


 巨大な塊がうごめく。体には深い緑色の鱗が敷き詰められていた。口は裂け目は金色に鋭く光っている。その表情は恐ろしいが、どこか苦しげに見えた。


 シェルリーが手を伸ばしたところで夢から目覚める。

 緑の瞳を開けると景色はすっかり変わっていて、自分がどこにいるのかが分からなかった。


 ただ分かったのはいつもと同じ優しい温もりに包まれていることだ。


 顔を少し上げると、シルバーの髪が陽の光に照らされている美しい少年の顔が目の前にあった。長いまつ毛がまだ幼い顔立ちの魔法使いを儚げ魅せる。


「目が覚めた?」

「グレイ?」


 どうしてここに?


 さっきまでラルクと一緒のはずがいつの間にかグレイに変わっていた。まだ自分は夢の中にいるのだろうかと錯覚する。


「魔法を使ったね?」

「え?」

「空に君の魔法がかかった花が舞っていたよ」

「あ……」


 真っ白な綿毛にキレイな花が咲くように祈ったことを思い出す。


「急激に強い魔法を使うと魔力切れで眠くなってしまうから、オレが側にいない時は魔法はダメって言っていただろ?」

「はい……、ごめんなさい」


 しゅんとして素直に謝る。


「世の中には安全な人間だけじゃないんだ、シェルリー」


 グレイが何を言おうとしているのか分からず、大人しく話を聞く。


「君が魔力切れで寝ている間に、誘拐されたり、その……。体に触れたりと……。まぁ、とにかく、危険な人間もいるってことをよく覚えておくように」

 

 コクリとうなずくシェルリーだったが、半分は意味がわからなかった。


「あぁ……。もう少し大きくなったら危機管理もできるように教えていかないとな……」


 とにかく、幼いながらにも、美しすぎるシェルリーの将来が心配でたまらない。

 すでに、王宮騎士のラルク、ルルカの弟子のリューク、そしてこの国の第一王子ルイハーグリットが魔法使いの弟子、シェルリーを狙っているのは明白だ。


 これから先、ますます美しく成長していくシェルリーをどう守るか、日々悩まされることになる一級魔法士グレイだった。




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