魔法使いのたまご
午前の魔法授業を終えたグレイは、教室を出ようとテキストをまとめる。
生徒の大半は十四歳のグレイよりも年上だった。
「グレイ様」
「ん?」
「あの……、グレイ様のお弟子様って……」
「あぁ」
自分が興味ない者にはとことん素っ気無い。
それでもめげずに、意を決して尊敬する魔法使いグレイに質問を続ける魔法使いのたまご。
「ここで一緒に魔法を学ばないのですか?」
「なぜ?」
鋭い瞳に萎縮する生徒。
「えっと……。一級魔法士様の弟子も代々ここで学んだ者から選ばれています。なので……、そう思っただけです……」
後半の声はどんどん小さくなり、聞き取りにくくなっていた。
グレイとのやり取りに気付き、他の魔法使いのたまご達が集まってきた。皆、グレイの弟子に興味があったのだ。
しかし、グレイは一向に自分の弟子をこの教室に連れてくる気配がない。
歴代の一級魔法士の弟子は全員この教室の出身だった。ここで、色んな魔法使いから丁寧に魔法を学び、その中から優秀な人物が弟子に選ばれていたのだ。
シェルリーのようにいきなり弟子に選ばれることは初めての出来事だった為、王宮内でもこの噂は絶えなかった。
「オレが直々に教えている。だからここにくる必要はない」
グレイの冷たい言葉に教室中シーンとなる。そんなことはお構いなしに、シルバーの髪の美しい魔法使いは教室を出て行った。
「すげーな。あにグレイ様がそんなに大事にされるなんて」
「どんな方なのかしら、そのお弟子様」
「きっと、ものすごい才能ある魔法使いなんだよ」
「一度でいいから会ってみたいなぁ」
教室中がグレイの弟子の話で花が咲く。その時、グレイに質問を投げかけた魔法使いのたまご、ジュリエットが魔法で花瓶を浮かせ粉々に割ってしまった。
バリン!
大きな音で周囲にいた魔法使いのたまご達は一斉に振り向いた。
花瓶の破片が飛び散らずにジュリエットの手の平の上で漂っている。
「ジュリエット?」
クラスメイトが呼びかけると、我に返ったかのように微笑みを浮かべ、両手で空気を混ぜ粉々になった花瓶を元の姿に戻す。
「やっぱり、ジュリエットの魔法はすごいよな」
「あんなに粉々になっていたのを完璧に直せるなんて」
皆、口々にジュリエットの魔法に才能を褒める。
ジュリエットが教室を出ていくと、残っていた生徒達が小声でヒソヒソと話始めた。
「グレイ様の弟子って、てっきりジュリエットかと思ったわ」
「オレも。だってここでは一番優秀だし。それに、何度かグレイ様に褒められてたもんな」
「そうそう。あのグレイ様に褒められるなんて、誰もないからな」
ジュリエットは、今いる魔法使いのたまごの中で最も優秀な生徒だった。その為、近い将来、グレイの弟子にはジュリエットが選ばれるのではと噂になっていたほどだ。
教室を出たジュリエットは、一人魔法使いのたまごが生活するエリアを出て、庭園を歩いた。人目が少ない庭園は心を落ち着かせるにはもってこいの場所でもある。
時々、ここに来てガゼボでのんびり読書をするのもジュリエットにとっては大事な時間だった。
「グレイ様の弟子……。どんな方なのかしら……」
まだ見ぬ人物が気になる。あの偉大な魔法使いグレイ・マーモットの寵愛を一身に受ける弟子とは……。
教室からそのまま、ガゼボに来たので今日は本ではなく魔法の教科書を広げることにした。
「あれ?ジュリエット?」
「あ……」
声をかけてきたのは、王宮の敷地内の見回りをしていたラルクだった。緑色の髪にアメジストのような紫の瞳。王宮騎士団の中でも最強と謳われている、剣術と魔法を得意とした騎士だ。
細身の体から想像ができないほど筋力もあり、整った顔立ちでファンも多い。
ラルクはもともと、魔法使いのたまご出身なので、ジュリエットの先輩でもあった。
「ラルク。見回り?」
「あぁ。ジュリエットは相変わらず勉強か?エライな」
どれだけ努力をしても、もうグレイの弟子にはなれない。そんな虚しさがラルクの言葉で一層辛くなる。
「何かあったか?」
漆黒の立て髪が艶やかな愛馬から降り、ジュリエットが座るガゼボに入る。クッションが柔らかいイスに座ると、ジュリエットが急に泣き出した。
「なっ!どうしたんだよ、ジュリエット」
女の子の涙に弱いラルクは、慌ててハンカチを取り出しジュリエットにそっと手渡す。
「わ、私……。こんなに頑張っているのに……」
「あ……。もしかして、グレイ様の弟子のこと?」
その言葉に、コクリと頷く。
ラルクも知っていたのだ。ジュリエットがグレイの弟子の座を狙っていたことを。グレイと同い年のジュリエットは、比較的、他の魔法使いのたまごよりもグレイと親しそうに見えていた。
当然、ジュリエットにはグレイに対し尊敬ともう一つ、恋心を抱いていることも周囲の者は気付いていた。
「ラルクはグレイ様の弟子にもう会った?」
「えっと……」
これは答えていいことなのか判断に迷う。この質問の仕方だと、おそらくグレイはシェルリーを魔法使いのたまご達には会わせていないだろう。
下手に自分がシェルリーについて話せば、断罪されるのはラルク本人だった。
「ジュリエットはまだ会っていないのか?」
「グレイ様が魔法使教室には連れて来ないって……」
「なるほど」
確かに、あそこまで溺愛していたら連れてはいかないだろう。
「グレイ様の弟子ってどんな方?男?それとも女?」
「え?」
まさか性別まで知らないとは……。秘密にしすぎでしょ!
心の中でツッコミを入れるラルクだった。
「あー。そのうちグレイ様から紹介されるだろうから……。楽しみはとっておくべきだよ、ジュリエット」
これ以上いたら何を聞かれるか分かったものじゃないと、ラルクはそそくさとガゼボを離れ愛馬に乗って去って行った。
「チッ、役立たず……」
亜麻色の髪が風になびく。教科書をまとめ、ジュリエットもガゼボを出ようとすると、今度は見目麗しいこの国の第一王子ルイハーグリットがやってきた。
「ルイハーグリット殿下、ごきげんよう」
淑女の礼で第一王子に挨拶をする。若干十二歳の王太子は、淡い金色の髪に水色の瞳を持つ美しい王子だった。見た目は母親である王妃譲りである。
「うむ。ジュリエットか。ここで何をしている」
「はい。魔法授業で学んだことの復習をしておりました」
「それは感心だな」
ジュリエットは意を決して、ルイハーグリット王子にも質問することにした。
「あ、あの。殿下はその、グレイ様の弟子にもうお会いしましたか?」
「グレイの……、弟子?」
「はい、そうです」
「グレイって、あの、一級魔法士のグレイ・マーモット?」
「え、はい……。そうです」
「……」
何かを考えている様子のルイハーグリット。
「なに⁈ あの、グレイ・マーモットに弟子ができたって⁈」
発狂したルイハーグリット。
「え?あ、あの……。殿下はご存知なかったのですか……」
ジュリエットの言葉に、ルイハーグリットは後ろに控えていた護衛の騎士と侍女を睨みつける。
二人は一斉に視線を逸らした。
「チッ」
第一王子の側近が言わないということは、これは王命であるので仕方がない。それはルイハーグリットも充分承知しているが、自分だけ知らないというのは正直おもしろくない。
「行くぞ」
騎士と侍女を連れ、ジュリエットから離れて行った。その後ろ姿を見送りながら、ジュリエットはニヤリと口角を上げる。
 




