荷車
いつもと違う道。少し気分転換になって楽しさを感じていると、大きな屋敷が見えてきた。
「わぁ、すごいお屋敷……」
柵から見える屋敷の庭園も花が満開に咲き誇っていてキレイに手入れされていた。
「すごい……。どうやったらあんなにキレイに花が咲くのかしら……」
庭の花々に目を奪われていると、屋敷の窓がキラリと日の光で光った。
「あ……」
屋敷の窓の一部がステンドガラスで飾られていて赤、青、緑、黄色と鮮やかに日の光を浴びていたのだ。
「なんてキレイなんでしょう……。ここは王様のお屋敷かしら?」
シェルリーの屋敷近くに、王族の別邸があると言う話は幼い頃から知っていた。ただ、場所までは知らなかった。
「あっ、急がなくちゃ」
ついつい好奇心で見とれていたが、遠回りもしているので農場へ急がないと、と気付く。あまり遅くなると母から罰を受けなくてはならなくなるからだ。
「ん……、ふんっ……」
歯を食いしばって大きな荷車を引いて行った。
しばらく進むとようやく農場が現れた。額から汗が滴り落ちる。
「トムさん!」
畑で作業をしていた白髪混じりの男に声をかける。シェルリーの声に気づき、手を振って応えてくれた。
「さぁ、召し上がれ」
「あ、ありがとうございます」
畑の隅にある掘立て小屋で出されたパンとスープを一気に平らげる。デザートに出されたブドウも皮まで一気に食べた。とにかく食べれる物だったらなんでも良かった。
「お嬢様……」
いつもシェルリーが食べている時、トムは涙を流す。
「な、泣かないで、トムさん。私なら大丈夫だから」
健気に笑顔で安心させようとする姿も痛々しく、もと使用人のトムは心をギュッと締め付けられる思いをするのだった。
トワレ伯爵が亡くなり、一斉に解雇された使用人達。トムは伯爵家で長年執事として主に仕えていた。しかし、解雇宣告は突然やってきた。
たまたま近くに息子夫婦が農業をやっていたので、生活に困ることはなかったが、裕福とは言えず、その日その日を懸命に生きていた。
少しして、荷車を押した少年がやってきた。深く被っていた帽子を脱ぐと美しかった金色の髪がくすみ、顔や腕にアザを作った小さな令嬢の姿があった。
初めて見た時は何が起きているのか理解できず、ただただ涙が溢れ言葉が出てこなかった。
頭を下げる令嬢は、野菜と果物を少し分けて欲しいと言ってきた。自分達の生活も苦しかったが、この姿を見たら嫌とはとてもじゃないが言えなかった。
月に数回やって来るようになった令嬢は会うたびに痩せ細っていった。
話を聞くと、屋敷では食事はほぼとらせてもらえないので、道に生えている野草やもらった野菜の皮、果物の種を食べていることが分かった。
「はぁ……。なんてことを……、なんてことを……」
「な、泣かないで……、トムさん。だ、大丈夫よ……。私は、ちゃんと生きているから……」
今にも消え入りそうな小さな命を、少しでも守りたいと、その日からトムはこっそりとシェルリーのために食事を用意するようになった。ごくわずかだが、シェルリーにとってはご馳走だった。
「ごちそうさまでした、トムさん」
とびきりの笑顔でお礼を伝える。いつも明るく振る舞い、笑顔を絶やさない。そんなシェルリーが健気でしょうがなかった。
「ねぇ、トムさん。こ、ここに来る前にいつもと違う道を通ったら、も、ものすごいステキなお屋敷があったわ」
「あぁ、ステンドガラスの窓がある屋敷ですかな?」
「そう!そこよ。お、お庭にも花がたくさん咲いていて、キ、キレイだったわ」
うっとりと夢見るように、緑の瞳を閉じた。
「あそこは、魔法使い様のお屋敷ですよ」
「え?ま、魔法使い様?」
てっきり王族の別邸かと思っていたが、まさかの魔法使いとは。
「とても有能な魔法使い様が住まわれているそうです。普段は王都にいることが多いようですが、この時期は別荘でもあるあの屋敷に戻っていると思いますよ」
「まぁ!本当⁈じゃあ、も、もしかしたら魔法使い様にお会いすることが、で、できるかもしれないののね!」
好奇心旺盛のシェルリーはキラキラした瞳で屋敷のある方へと視線を移した。
「シェルリー様は、魔法使い様にお会いしたいのですか?」
「ええ!だ、だって魔法なんて見たことがないわ!一度でいいから、ま、魔法と言うものを見てみたい」
この世界には魔法がある。が、魔法を使える者はごく稀で稀少な存在だった。高位魔法を使える者は、王族の次に高い身分を与えられる。
この国でもその地位を確立できているのはたった数人だけだった。
「そ、そろそろ帰るわね、トムさん」
この言葉が一番辛い。トムは毎回、その言葉をシェルリーから聞くたびに、チクリと胸が痛んだ。
「ま、また十日後に来ます」
「待ってます、シェルリー様……」
手を大きく振り、さらに重くなった荷車を引いて小さな少年姿の令嬢はトムの視界から消え去った。
また次……。会える日が待ち遠しい……。一日でも約束の日が過ぎると不安で押しつぶされそうになる。
もしかしたら……、と恐ろしい考えがよぎるからだ。
養女に迎えられたらと何度も何度も考えたが、それは叶わない。没落しかけていても伯爵家の令嬢を引き取るとなると、王都へ出向き手続きが必要になる。
手続き料だけでも莫大な資金が必要で、さらに伯爵家側に支払うお金は平民の払える額ではなかった。
自分が今ができることはここにシェルリーが来た時に温かく迎え、わずかでも食事をとらせることだけだった。