ルルカとリューク
カタン
白いレースのテーブルクロスの上に、薔薇が描かれたカップが二つ並ぶ。琥珀色の液体は爽やかな香りを漂わせていた。
「いい香り。ファーストフラッシュね」
「はい、ルルカ様。今日、市場で手に入りましたので早速いれてみました」
黒目がちなメイドは一礼をして部屋を退出して行った。
「よく紅茶の種類なんて分かりますね。僕にはどれ飲んでも同じに感じますけど」
「リュークは味音痴だからね」
燃えるような真っ赤な髪をかきあげる。ふくよかな胸にくびれた腰、キュッと引き締まったお尻と誰が見ても羨む美貌の持ち主は王宮一級魔法士の一人ルルカ。
「ルルカ様、無駄に色気振り撒いてもしょうがないですよ。今ここにいるのは僕と、グレイ様の従者だけなんですから」
誘うような目つきで見つめ、グレイの執事アークに手を振るが一切見ていないようだった。
「もう、アークったら照れ屋さんなんだから。久しぶりに会ったんだからもうちょっと砕けてもいいんじゃない?」
「ルルカ様は砕けすぎです。もう少し慎みを持ってください」
「ちょっとリューク、さっきからうるさいわよ」
ルルカの弟子リューク。水色の髪に金色の瞳の持ち主は、よく王族と見間違えられるほどの気品ある美少年だった。
「ねぇ、まだなの?いつになったらグレイは戻ってくるのかしら。早くお弟子ちゃんに会いたいわ」
優雅に紅茶を飲みながら、長い足を組み替える。
バタン
扉が開いた。ようやくお目当ての人物の登場かと思いきや、現れたのは黒髪の大柄な魔法士ムーランと、その弟子リーリーだった。
「なんだ、ムーランか」
「なんだとは失礼な奴だな」
そう言うなり、ムーランが大きな体でドカリとソファーに座るとギシッと軋む音がした。
「ルルカ様はグレイ様をお待ちで?」
弟子のリーリーが聞く。
「当然でしょ?あのグレイ・マーモットよ。人嫌いで、今までに一度も弟子を取らなかったのに。ここにきて突然弟子を迎えたって聞いて急いで西の都から駆け付けたのよ」
「誰もルルカ様を呼んでいないのにね」
ルルカの弟子、リュークが付け足す。
「黙りなさい、リューク」
「まだ西の都の最果ての調査が終わってなかったのに。知りませんよ、国王陛下に怒られても」
「フン、いいのよ。どうせ対してやる事なんてないんだから」
どうやら、仕事途中に抜け出し、グレイの弟子を見にきた様子だった。
「私さっきグレイ様のお弟子様見ましたよ」
リーリーの言葉にルルカが前のめりになる。
「で?どんな子だったの?男?それとも女?あー、グレイの性格から言って女の子はないかぁ。で?どんな男の子?」
一気に捲し立てるルルカ。
「ちょっと、落ち着いてくださいよルルカ様。待っていればもうじきここに来るんですから」
弟子のリュークが師匠をなだめるように注意する。
「えっと、女の子でしたよ。とっても可愛らしい。ね?ムーラン様」
「あぁ。まさかあんなガキを弟子にするとは、グレイの奴どうしちまったんだ?」
腕を組むムーランだった。
コンコンコン。
扉がノックされた後、王宮に仕える侍女がメイメイにそっと話しかけてきた。
メイメイは頷き、隣に立つ執事のアークに耳打ちし、二人揃って一礼後退出していった。
「え?ちょっと何でアークとメイメイは出て行ったのよ」
「きっと何かあったんでしょう。グレイ様は今日はここには来なさそうですね」
「えー⁈そんなぁ‼︎グレイの弟子に会いたい‼︎」
「子どもじゃないんですから、そんなワガママ言わないでくださいよ、ルルカ様」
どっちが師でどっちが弟子なのか分からない。
「こうなったら、グレイの部屋に行くわ」
「やめてくださいよ。グレイ様の許可なく部屋に行って、前のようにブタの鼻で一日過ごすことになっても知りませんよ」
「なっ!」
リュークの言葉に慌てて自分の鼻を押さえるルルカ。
この王宮内には、一級魔法士が住む為の部屋がそれぞれ用意されている。グレイのように専属の執事とメイドを連れているケースもあるので、各自、自室の他にも部屋を持っていた。
それぞれエリアによって分けられているので、他の魔法士のエリアに立ち入る場合は許可が必要とされている。
許可なく立ち入った場合、ペナルティとして姿が一部変えられてしまう魔法にかかるのだ。
「グレイ様の許可をもらえればいいんですよね?」
ここでルルカの加勢に入ったのは、黒髪ショートボブのリーリーだった。
「あのグレイが許可するわけないだろ」
グイッとカップの中の紅茶を一気に飲み干した。
「酒が飲みたいな」
「あんたはいつもそればっかり」
ルルカが呆れる。
「俺はもう部屋に戻る。ルルカ、今日はもう諦めろ。あのチビすけなら、また今度見れるだろうよ」
「そうですよ、ルルカ様」
リュークがムーランに同意する。
「行くぞ、リーリー」
こうしてムーラン、リーリーも部屋を後にした。
「あー、もう‼︎なんでグレイはここに来ないのよ。仲間に挨拶するのはここでの礼儀でしょ⁈」
「グレイ様は特別ですよ。ここに来ることも滅多にないじゃないですか」
「じゃあ、なんでアークとメイメイがここにいたのよ」
「からかわれたんですよ、ルルカ様。グレイ様の執事とメイドがいれば僕達はきっとグレイ様が国王陛下との謁見が終わればここに来ると思うじゃないですか」
「そうよ。ここに来る予定だったんでしょ?」
「甘いです、ルルカ様」
「は?」
「そう思わせておいて、結局は来ない」
「何よそれ!ムカつくじゃない!」
当然怒り出す魔法使いルルカ。大きな胸をぷるんと振るわせる。
「それが狙いです」
「へ?」
「ルルカ様を怒らせることが狙いですよ」
「はぁぁぁ⁈」
リュークの言葉に思わず立ち上がり、弟子を睨みつける。
「グレイ・マーモットめ!許さないわよ!」
「だから、思う壺なんですって……。ホント単純なんだから。毎回やられていて何で気付かないのか不思議ですよ」
ポソリと呟き、お皿に並べられている色とりどりのマカロンを口にした。
「あ、このマカロン美味しいですね。以前食べたものよりも甘さ控えめで、フルーツの味がハッキリしています」
「え?どれどれ?」
スイーツに目がないルルカは弟子の言葉に釣られ、マカロンを取りパクリと食べた。
「あら!本当に!これすっごく美味しいわ!どこのお店のかしら」
側に控えていた王宮侍女を呼び、スイーツの話で盛り上がり始めるルルカ。そんな師匠の様子を見て、気付かれないようにため息を吐く弟子リューク。
「ホント単純なんだから。だから毎回グレイ様にバカにされてからかわれているのに……。まぁ、そこがルルカ様の唯一可愛いところでもあるんだけどね……」
十五歳のリュークは水色の少し長めの髪をかき揚げ、ソファーの背もたれに寄りかかった。
一級魔法士グレイ・マーモットの弟子……。あのグレイ様直々に選ばれた弟子か。一体どんな子だろう。
ルルカだけでなく、リュークも興味があるのは確かだった。
王宮侍女に呼ばれたアークとメイメイは、魔法士の集う広間からグレイが所有する部屋へと向かった。
通路ごとに花のレリーフが飾られており、その花の模様ごとに一級魔法士の敷地が決められていた。
グレイ・マーモットのレルーフ月下美人が美しく彫られている廊下の窓には、シェルリーと出会った屋敷と同じくステンドガラスがはめ込まれていた。奥の大きな窓には月下美人がステンドガラスで表現されており、圧巻の光景でもある。
そんな美しい廊下を残念ながらシェルリーはその日見ることは叶わなかった。
「グレイ様、準備が整いました」
メイメイが窓辺から王宮の庭園を眺めているグレイに伝える。
「そうか、ありがとう、メイメイ」
寝室への扉を開けると、大きなベッドの上には金色の髪をほどいた小さなシェルリーがスヤスヤと眠っていた。
ゆっくりと眠れるように、クリーム色の柔らかい生地のナイトドレスを着て。気持ち良さそうな寝顔が見る者の心を癒していく。
そう、シェルリーは国王陛下との謁見後に急な眠気に襲われ部屋を退出後にグレイの腕の中で眠ってしまったのだった。
急激な成長が始まり、このように突然の眠気でパタリと意識がなくなることが多い為、外を歩く時はなるべくグレイが抱き抱えている。
王都に向かっている途中で滞在していたホテルで、急な眠気で危うく階段から転げ落ちそうになったことがあり、それからより一層グレイが離さなくなった。
「ゆっくりお休み、プリンセス」
そっと額に唇を落とし寝室を出た。
執事のアークとメイドのメイメイがお茶の用意をして控えていた。
「ルルカ様がずっとグレイ様をお待ちでしたよー」
「部屋にお呼びしますか?」
メイメイとアークからの報告を受けるが気にせず、紅茶を飲み込んだ。
カップをソーサーに戻すと、鋭い眼光で執事のアークを睨む。
「あいつの名前を出すな。耳にするだけで気分が悪くなる」
「グレイ様、相変わらずの女性嫌いなんとかしてくださいよ。ルルカ様だってとてもグレイ様のこと気遣ってらっしゃいますよ」
「誰も気遣えとは言っていない。それにオレは別に女だから嫌っているのではないぞ」
「そうですよー、アークさん。グレイ様は単にボンキュボンの色気ムンムンの女性が苦手なだけですー」
やれやれと言った表情でメイメイがグレイとアークの顔を交互に見ながら説明した。
「ボンキュボンは魅力的ですけどねー。私はどちらかと言うと小さいより、ルルカ様のように大きく、ふくよかで、女性らしい丸みのある方が好みですが」
うっとりと目を閉じ、手で女性の姿を宙に描く。それをグレイとメイメイは黙って眺めていた。
「アークさんの好みって、おっぱいの大きい人ですよねー」
「なっ!ち、違う!いや、違わないけど、その言い方はないんじゃないかいメイメイ」
「違わないんかーい」
メイメイの視線が冷たい。
「アーク、お前……。もしシェルリーが成長しても絶対に手を出すな。殺すぞ」
殺気が半端ない。
「も、勿論でございます……。決してそのよな大それたことはしないので、命だけはどうかお助けください……」
ベッドで爆睡中のシェルリーは、自分の寝ている間に楽しい会話が繰り広げられていることも知らず、深い深い眠りに入っていた。




