シェルリーの魔法
カチャリとメイメイがお茶の準備を整えていく。フカフカの高級ソファーに向き合って座るシェルリーとグレイ。
間のテーブルには、シェルリー専用の小鳥と花が描かれた愛らしいティーカップが置かれた。グレイのカップは少し大人びたオリエンタルな模様が描かれている。
お皿にはクッキーやチョコレートが宝石のように並べられていた。
いつものように感謝の祈りをしようとすると、グレイに止められた。
「え?」
「何もせず食べて、飲んでごらん」
コクリと頷き、言われた通りチョコレートを手に取り小さな口に入れた。口の中でトロリと溶け甘味が広がる。
「んー。美味しい」
頬を抑えるのは美味しいものを食べた時のシェルリーのもう一つのクセでもあった。その仕草が可愛らしくて、見ている方の心がとろける。
そして紅茶をコクンと飲む。貴族令嬢らしく、テーブルからソーサーを手に取りカップを持ち上げそしてソーサーに戻す。
平民はわざわざソーサーを手に取らない。そのままカップを持ち上げる飲み方をする。
ほんの少しだが、仕草で貴族か平民かの差が出る。
「とっても美味しいです」
「うん。じゃあ次にいつもの祈りをしてみて」
「はい」
いつも通り、両手を組んで胸に手を当て感謝の言葉を口にする。
グレイは黙ってその一部始終を見守っていた。唱え終えると、最初に食べたチョコレートをグレイが摘みシェルリーの口元へと運んだ。
シェルリーもそれを無言で受け入れ、そっと口を開ける。
パクリと口に入ったチョコレートは、シェルリーの口の中で溶け出す。
「あ……」
「どう?」
「ち、違います……。お、同じチョコレートなのに……、少し味が違います」
そう、最初に食べたチョコレートよりも味がなめらかで甘味もすっきりしていたのだ。こんなに高級なチョコレートは初めて食べた。
「紅茶も飲んでみて」
「はい」
ティーカップにぷっくりとした唇をつけ、口に含む。
「あ……」
目の前に座るグレイの鮮やかな瞳を見つめる。
「これが君の魔法だ」
「え……。私の……魔法……」
以前、街のカフェに行った時お店の花が次々と咲いたことがあった。その時も魔法と言われたが、どうして魔法が使えたのかさっぱり分からなかった。
「シェルリーの感謝の気持ちが魔法として発動しているんだ。花が咲き誇り、木の実がなる。ただそれだけじゃない。口にするものは全て最高の味、栄養に成長する。これは特殊な魔法だよ、シェルリー」
「と、特殊?」
「そう。王宮魔法士にもこんな魔法を使える者は一人もいない。何かを成長させることは誰にもできないんだ」
グレイの言葉を一言一句、真剣に聞くシェルリー。
「オレが君を弟子にしたのはね、初めてシェルリーの手を握った時に魔力を感じたからだよ」
そう。初めてグレイに会った時、手の傷を治してもらったことがあった。
「私に……魔力を……」
ジッと小さな手の平を見つめるが、自分ではさっぱり分からない。
「さっき、庭のプラムが実っていたね。まだ実る季節ではないのに、一房だけ」
「はい」
「お祈りした?」
「はい。、美味しいプラムが食べたいって……」
「それが、魔法だよ」
「魔法……」
グーパーしながら手を動かす。
「魔法の発動方法は人それぞれだ。オレは指を鳴らしたり詠唱することが多いけど、中には、こう手を上から下へと降ろしながら発動させる者や両手を合わせてから、こんな風にずらして発動させる奴もいる」
ほーっと思わず、その仕草に見惚れる。
「シェルリーは体がまだ完全にできあがっていないから、魔法の力も弱い。でも、これからしっかりと食べて、寝て体力をつけていけばもっと強い魔法が使えるようになる」
グレイの言葉に緑の大きな瞳がキラキラと輝きを増す。
「さぁ、シェルリー。どんどん食べて体をしっかり成長させるんだよ」
「はい」
その言葉にふと、カフェで見かけたキレイなお姉さんの姿を思い出した。グレイはその女の人に熱い視線を送っていた、ようにシェルリーの目には映っていた。
「グレイは……、お、大人の女の人が好きなの?」
「ぶはっ!」
思わず飲んでいた紅茶を吹き出した。
「な、なにっ⁈」
「だって、こ、この前のカフェにいたキレイなお姉さんのこと、ず、ずっと見ていたから。胸も大きくて……、美人だったし」
メイメイの視線が痛かった。
「ち、違う!あの人は、アークの好きな人だ!」
「え?」
「グレイ様‼︎」
オロオロとする執事。顔が真っ赤になっていた。
「あの女性って、女性用下着の店員さんですよね。帰りにお店の前通った時にお仕事していた姿が見えたので」
メイメイが言うと、グレイはアークを見て頷いた。
「なるほど。だからこの前シェルリーの下着を買いに行かせた時、様子がおかしかったのか」
「あの時は死ぬほど恥ずかしかったです……。まさか女児用のし、下着を……」
「アーク、ご、ごめんなさい……。私のせいで辛い思いをさせてしまって……」
しゅんとした表情で頭を下げるシェルリーに、アークは慌てて手を突き出しフルフルと振った。
「違います、そんな、シェルリーさんは何も悪くないですから」
「じゃあ、悪いのはオレか?」
「もう、グレイ様まで……」
「シェルリーは別にあそこまで育たなくても大丈夫だからな」
あそこまで……とは?
一斉に主の顔を見つめる。すまし顔でチョコレートを口に放り込んだ魔法使いだった。




