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プラム

「こ、これはなんの木ですか?」


 屋敷の庭を散歩するシェルリーと執事のアーク、メイドのメイメイ。この庭は初めてシェルリーが屋敷に入り込んだ場所でもあった。


 美しい花々だけでなく、小さな野菜畑もあったのでお腹を空かせていたシェルリーは捨てるなら欲しいと二人に声をかけたのが最初の出会いだった。ここから今の生活の始まりとなったのだ。


「これはプラムの木ですよ、シェルリーさん。まだ季節ではないので、もう少ししたら実ります」


 今は白い花が咲き誇っていた。甘い良い香りが漂っている。


「シェルリーちゃんはプラム好き? ここのプラムはちょっぴり酸っぱいのよねー」

「私、酸っぱくても平気です。た、食べれればなんでも大丈夫です」

「あ、そ、そうね……」


 今でもシェルリーの話を聞くと、胸に突き刺さるものがある。

 シェルリー自身は特に何も気にしていない様子で、そっと小さな手を伸ばし一つの枝に声をかけた。


「は、早く美味しい実が食べれますように……」


 ニコリと白いプラムの花に微笑む。その笑顔はまるで天使のようだった。

 水色と白のストライプのワンピース。胸には飾りボタン、背中の大きなリボンが今、王都で流行のデザインらしい。


 金色の長い髪をツインテールに結い上げ、白地に銀の刺繍が施されているリボンを付けていた。髪のセットは毎日メイメイがやってくれている。


 編み込みのショートブーツは動きやすく、庭や少し先の草原を走れるほど快適だった。


「シェルリーさん、あまり遠くへ行ってはいけませんよ」

「はーい」


 こんなに軽やかに走ったのも二年ぶりだった。草の匂い、土の匂い、川の水の匂い。どれもがシェルリーにとって新鮮に感じた。走っても体が痛くないし、靴にも穴があいていないから足の指が切れることもない。


 いつもどこかしらから出血していたが、今はそれもなくなった。


 体全身で風を受け止める。両手を広げ耳を澄ませると、爽やかな風にのって鳥の羽ばたき、木々のざわめき、川のせせらぎがシェルリーの小さな体を駆け巡っていく。


 生きている。そう、強く実感した。


 自然と目からは涙が溢れてきた。自分は生きている。


「シェルリー」


 後ろから聞こえる優しい声。柔らかく穏やかで心地良い。ずっと聴いていたくなる。


「はい、グレイ」


 返事をし、振り向くといつもの優しいキレイな顔があった。日の光でシルバーの髪が輝いていて眩しい。


「ふわっ」


 いつものように抱き上げられた。


「ダメだよ。オレの目の届かない所へ一人で行っては」

「はい」


 十四歳のグレイは、成長が後退してしまったシェルリーにとってはとても大きく感じる。本来なら十歳であるシェルリーだが極度の栄養不足と体内の傷のせいで、六歳ほどの体型にまでなってしまったのだ。


 それでも、グレイに引き取られてからは全ての傷を治癒魔法で治してもらい、栄養価の高いものを食べさせてもらったり、しっかり睡眠もとるようになって体づくりが動き出したのだった。


 コケていた頬もふっくらし始めたし、骨ばっていた体にも肉付き始めたのだ。


 グレイが抱き上げるのは、実際にシェルリーに触れて成長度合いを確認しているのもあった。


「グレイ様、王都から手紙が届いています」


 執事のアークが伝えにきた。


「分かった。確認する」

「では、シェルリーさんは私が」


 抱き上げているシェルリーを受け取ろうと手を伸ばすと、グレイに目で威嚇される。

 毎度同じことを繰り返しているが、アークはめげなかった。


「アークさん、なんで学ばないですかねー。グレイ様からシェルリーちゃんを奪えるわけないじゃないですか」

「なっ! 私はただグレイ様の両手があくようにお手伝いをしようと思っているだけです。やましい気持ちは一切ありません!」


 生真面目な執事はフンと鼻息荒く歩いていった。


「あ……」

「どうした?シェルリー」


 屋敷の庭園に戻ってくると、そこにはひと枝だけびっしりと真っ赤な実をたずさえたプラムの木があった。


 ついさっきまでは、真っ白な花が満開だったにも関わらず、今は美味しそうなプラムの実が甘酸っぱい香りをまとって実っていた。


「プラムが……」

「魔法を使ったね、シェルリー」

「え?」


 小首を傾げると、金の髪がサラリと流れる。


「一つとってごらん」


 グレイはシェルリーを抱き上げたまま、木に近づいた。手を少し伸ばし、弾けそうな瑞々しい実を一つもぐ。


「食べていいよ」


 コクリと頷いて、一口かじる。


「甘い……」

「え⁈ 本当に⁈」


 後ろで見ていたメイメイが驚きの声を上げた。


「はい、と、とっても甘くて美味しいしです」

 

 メイメイも枝から一つもぎ、パクリと食べた。口に入れた瞬間衝撃が走る。


「なんて美味しいの……。こんな美味しいプラム初めて食べた……」


 シェルリーは不思議そうにかじったプラムと木に実ったプラムを交互に眺めた。


「シェルリー、そろそろ君にちゃんと話しておかないとね」

「え?」

「魔法の話」

「魔法の……話……」


 グレイのいつもと違い少し真剣な表情にシェルリーの小さな心臓はドキリと弾む。

 

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