初めての魔法
シェルリーの日常は一変した。二年前もそうだったが、今回の変化はとても良い方向へと向かっていた。
「さぁ、シェルリーさん。お食事ですよ」
執事のアークがシェルリー用のプレートを持ってきた。少しずつ体を慣らすために油が多いものは避け、栄養価が高いものを少量ずつ口にできるようにメイメイが工夫して作ってくれている。
シェルリーは食べる前に必ず両手を組んで胸に当て、祈りを込める。
「い、いつも美味しい食事をありがとうございます。いただきます」
「シェルリーは偉いな。毎回食事の時に祈っていて」
「た、食べれることに感謝しているんです。や、野草を食べる時も、く、果物の種を食べる時も。食べれることに感謝です」
思わず持っていたフォークを落とすグレイだった。サッとアークが拾い、新しいものを手渡す。
「く、果物の……種?」
「はい。ちょっと固いですけどね。が、頑張れば食べれます」
「……。」
食べれることに感謝。そうシェルリーは言った。種でさえ、食べれる日は感謝の気持ちを口にする。それだけ、何も食べれない日があるということを物語っていた。
「そうだな……。感謝は大事だな……」
「はい!」
無邪気な笑顔が尊い。
「シェルリー、今日は街へ買い物に行こう」
「え?ま、街へ?はい!」
「もしかして、二年ぶり?」
「はい!」
そっか……。シェルリーには聞こえないほどの小さな声で呟いた。
食事も済ませ、いつもの庭散策後、馬車に乗って四人で街へと赴いた。二年ぶりの街並みはすっかりと様変わりしていて、お店の数も増え色とりどりの屋根が並んでいた。
ガラス張りのショーウィドウに飾られているキレイな服やバッグ、アクセサリーが見る者をワクワクさせる。
「ここだな」
執事のアークが扉を開け、グレイと手を繋いだシェルリーが一緒に入店した。店内は可愛らしい女の子用の服が飾られていた。貴族令嬢専用の店だった。
「わぁ、可愛い」
リボンやフリル、刺繍がほどこされているワンピースやブラウスの数々。
「シェルリーはどういうのが好き?」
「え?わ、私?」
「そうだよ。だってこのサイズじゃメイメイは着れないしね。シェルリー用だ」
初めて好みを聞かれて戸惑う。どれもみんな可愛くてステキなものばかりだ。
「え、えっとー」
真剣に見ながら店内をぐるっと回ってみた。
「あ、これ」
シェルリーが指差したのは上品な青いワンピースだった。
「うん、可愛いね。きっとシェルリーに似合うよ」
「エヘ。グレイの瞳の色と同じ」
嬉しそうにワンピースを自分に当てながらグレイに微笑みかける。思わず赤面するグレイだった。
「まぁ、とってもお似合いでございますよ、お嬢様。妹様はとっても可愛らしいですね」
店の店員が話しかけてきた。
「い、妹じゃないですよ。で、弟子なんです」
なぜかシェルリーは誇らしげに店員に説明した。
「弟子……で、ございますよか……」
「はい!」
満開の笑顔が、幸せな気持ちにさせてくれる。
「あの、あとこれとこれと、これもください」
グレイがあっという間に次々に選び店員に伝えていった。
グレイはシェルリーを連れて次の店へと向かった。その間に、メイメイが服を受け取る。
「靴選ばないとね」
「靴……」
アークが以前買ってきてくれた靴はサイズがちゃんと合っていなかったのでシェルリーには少し大きかった。靴ずれがおきていたが言わずにいたら、すぐにグレイが気付き治癒魔法で治してくれたのだ。
「まぁ、なんてキレイなお嬢様でしょう。ご兄妹かしら?」
「い、いえ。師匠と弟子です」
「え?師匠と……弟子……?」
店員は意味が分からず、とりあえず営業スマイルを振り撒いていた。
「こっち履いてみて」
「はい」
試すたびにグレイがひざまづいて、シェルリーの小さな足に靴を履かせたり、脱がせたりを繰り返した。
「よし、じゃあこれ全部を」
「かしこまりました」
シェルリーが履きやすい靴全部を購入した。
「次は髪飾りだ」
「か、髪飾り……」
シェルリーの頭の中で思い浮かんだのは、二年前に母に壊された小花の髪飾りだった。
俯いたシェルリーを見て、グレイが心配そうに声をかけた。
「シェルリー?少し疲れたかな?」
首を左右に振る。
「髪飾りはイヤ?」
なんて答えたらいいか分からなかった。髪飾りは好きだ。可愛いし、付けていたら気分も明るくなる。でも、あの日お気に入りの髪飾りを目の前で踏みつけられ粉々にされ、そこから世界が変わった瞬間だったのだ。
「大丈夫だよ。誰も君の髪飾りを奪ったりはしない」
ハッとシェルリーはグレイを見上げた。まるで全てお見通しのような澄んだ青い瞳が眩しかった。
コクリと頷いて、店内に入ると見たこともないような可愛らしい髪飾りが並んでいた。
「わぁぁ」
「好きなの選んで。いくつでもいいよ。なるべくたくさんね」
シェルリーはドキドキしながら店内に並んだリボンや髪飾りを見ていった。選んだのは、白地に銀糸の刺繍が入ったリボン、青い石がはめ込まれたバレッタだった。
どちらもグレイの髪の色、瞳の色だ。
「うん、よく似合う」
「はい」
買い物も存分に楽しみ一休みする為、四人はカフェへと入った。
「す、すごい!お花がいっぱい!」
花屋と併設しているカフェなので、カフェスペースも花で囲まれていて女性がいかにも好みそうな雰囲気を醸し出していた。
「私も一度ここへ来てみたかったんですー」
メイメイも感動して店内をぐるっと見渡していた。なぜか執事のアークは赤面してそそくさと席について顔を隠すかのようにメニューを見ていた。
「ど、どうしたんですか?アーク」
シェルリーが声をかけると、さらにメニュー表で顔を隠し出した。
「ん?」
隣に座るグレイの顔を見る。グレイもよく分からないと言った表情で肩をすぼめた。
ところが、メイメイだけがニタニタと笑っていたのだ。
「メイメイ、お前何か知っているな」
「ふふふ、グレイ様、あちらの席をご覧ください」
シェルリーとグレイはメイメイが指差す席へと視線を移した。そこには、歳の頃二十歳前後の上品でキレイな女性が一人食事をとっていたのだ。
「き、キレイなお姉さんですね」
シェルリーはホォっと見惚れた。
「なるほど、そう言うことか」
納得するグレイ。眩しそうにその女性を見つめるグレイの姿を緑の大きな瞳が捉えていた。思わず自分の胸に手を当てるシェルリーを見て、グレイが頭を撫でてきた。
「シェルリー、まだお祈りは早いぞ」
「は、はい」
どうやら食事の前の祈りと勘違いしたようだった。
「これは?」
「パンケーキだよ、シェルリー」
「パンケーキ……。こ、こんな可愛いパンケーキ、は、初めてです」
可愛らしく花と果物、生クリームがトッピングされたパンケーキ。シェルリーはいつも通り、手を組み胸に当て感謝の祈りを口にした。
すると、飾られていた店内の花の蕾がポンと小さく可愛らしい音を奏でて、次々に咲き始めたのだ。
「え?あれ?」
店員達が驚く。それもそのはずだ。店舗に並べられていた花の蕾が一斉に咲き誇ったからだ。
「なによこれ⁉︎どうなっているの⁈」
店員の声に店内にいた客も何事かと立ち上がる。ポン、ポン、ポンとリズムよく咲いていく様子を口を開けて見ていた。
シェルリーも他の客と同じく店内をあちこち見て、驚いていた。
「す、すごいです!まるで魔法みたい!」
「うん。これは魔法だよ」
グレイのサラッとした答えに大きな緑の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「魔法……。グレイの魔法?」
魔法を使える者と言えば、王宮魔法士のグレイしかここにはいない。
「違う。シェルリー、君の魔法だよ」
「?」
グレイの言っている意味が理解できなかった。
「シェルリー、今、君は魔法を使ったんだ。だから店中の花が一斉に咲いた」
「え……?」
「君の祈りには、魔法が込められている。意図しているものではないようだけどね。とにかく、魔法が使えている」
その言葉にシェルリーは自分の両手をジッと見つめた。特に何かした覚えもない。ただ、食べれることに感謝の意を述べただけなのだ。
「はい、アーン」
フォークに刺した苺をパクリと食べた。
「んー、甘いです」
手を頬に当て喜ぶ姿を、グレイは青い瞳を細めて見つめていた。
「見てるこっちが甘いですよ……」
ボソリと執事のアークが呟くと、同意したかのように深く頷くメイメイがいた。
すると、周囲の客がまたざわつき始めた。
「ねぇ、今日の果物いつもより美味しい」
「本当だわ。仕入れ先変えたのかしらね」
「こんなに美味しい果物は初めてよ」
その声を聞き、メイメイもパクリと口に入れた。
「なっ!なにこの美味しさ⁉︎」
目をパチパチさせる。
「うん。だよね。確かに甘みが増している」
グレイも一口食べ、なぜか知っていたような感想を言った。
食事も終え、すっかりお腹いっぱいになったシェルリーは今度は眠気と闘っていた。体が左右に揺れ出す。いつ椅子から転がり落ちてもおかしくない状態だった。
「私が……」
執事のアークがシェルリーを抱き上げようとすると、その手を制された。顔を上げるとまだ幼さの残る主の威圧する眼光に、慌ててその場を離れた。
「ゆっくりお休み」
グレイの腕に抱き上げられ、馬車へと向かった。すっかり寝息をたて深い眠りに入ってしまっていたシェルリーは、帰路を全く覚えていなかった。
気付いた時には、ベッドの中だった。




