水の入ったガラスの密室〜見せることで私達は美しくなる〜
「ここから逃げることはできないの……?」
虚ろな目をした、新入りの娘が尋ねた。
「そうよ。一度入れば、死ぬまでこの中」
「あぁ、でも怖がらないで。病気になれば治療もしてもらえるし、無一文で外に放り出されることもないわ」
先に居た姉役たちが、年若い娘を宥める。
「私、こんな大人数に毎日見られて、もう耐えられないの」
「きっとすぐに慣れるわ」
姉の一人が、娘の頬を小さな手でサラリと撫でた。
「でも、見て。あの男の視線。ずっと私達から目をそらさないのよ。気味が悪いわ」
姉役の説得も虚しく、娘はイヤイヤと頭を振る。
困ったわね、と姉たちが顔を見合わせていると、どこからか嗄れた声が聞こえてきた。
「そこの娘、贅沢を言うんじゃないよ。ここに居れば食うには困らない。突然攫われる心配も、もう無いんだ」
「おばあ様……」
「それに、ご覧。ここは完全に閉ざされているわけじゃない。天井が開いているだろう?」
年嵩の女が上のほうを示した。
ガラスで作られた高い壁の上部にだけ、ぽっかりと穴が開いている。
「あんなに高くまで跳べないわ」
娘は、やはり首を振った。
「そうだね。だから、早くここに馴染んだほうが幸せなんだよ。それにほら、今やって来た男をご覧。幼子のように輝いた目をしてるじゃないか。きっと悪い人間じゃない」
「男は嫌いよ。連れ去られそうになって、命からがら逃げてきた友達を今までたくさん見てきたもの」
「あなたの気持ちもよく分かるわ。私も最初はそうだった。でもね、ここにいるのは本当に悪い人達ではないの。ライトに合わせて踊って、お客様を楽しませることが私達のお仕事だけど、決して強要はされないし、他の時間は好きに過ごして良いのよ。たとえ上手に踊れなくても、怒鳴られることもないわ」
姉の一人が、娘の横にゆっくりと寄り添う。
「本当?」
「えぇ、私は嘘を吐かないわ」
可愛い妹分をギュッと抱きしめようとしたが、それには腕が短すぎた。
「お姉さんたちが一緒なら、頑張る……」
その意気よ! ともう一人の姉が鼓舞した。
大きな音楽と人々のざわめきが聞こえてくる。
「ご来館の皆様! ショーのお時間です。七色のライトと音楽に合わせて、お魚たちが可愛い舞を見せてくれます。驚かせてはいけないので、ガラスは叩かないでください」
マイクを持った男が口元に指を1本立てて、シーッとジェスチャーをした。
「また、フラッシュ撮影もご遠慮くださいますよう、お願いいたします。」
様々な方面からお叱りが来ないか、ちょっとハラハラしてます。
新入りの娘さんの恐がり方は「見世」をイメージしてます(言ってしまった……)
この作品の彼女たち(お魚)は、スタッフの皆さんに大事に大事にされているんです!
それは保証します。
自然界で生きるより長生きなんだろうな、といつも思ってます。
偏見は無いので、よろしくお願いいたします。
※遊郭のイメージを混ぜて書きましたが、ちょっと言い訳を……
見世では舞わないよ。
新人が客取れないでしょ。
などなど、思われる方も多いはず……
主人公は、年若いといっても振り袖新造くらい。
水揚げはまだだけど、わりと遅くに連れて来られた。
没落した家のお嬢さんで所作が綺麗。舞や琴も上手。
姉役達に可愛がられ、お座敷に出たり、見世では後ろのほうで三味線を弾いている(そこに座るのも嫌)。
本当に逃げられない、閉ざされた場所は大門。
花街全体が密室。
という設定です。
裏設定はあるけれど、
基本、お魚が主人公の物語です。