始まりの物語
短編小説です。
今までとは、全く別物です。
夏に向けて・・・・・
昔、こんな事、聞いたことない?
『目が悪いと目を食べればいいのよ』
正確には、『目が悪いと魚の目を食べればいいのよ』だが、
これは、魚の目の周りにある色々な栄養素が、
体にとって必要なものだからだと思う。
貧しいながらも、母親と2人で暮らしている少年がいた。
母は、好き嫌いをさせず、食べ物を粗末にさせない為、
いつも口癖のように言っていた言葉がある。
『悪いところがあれば、その部分を食べるといいのよ』
食卓には、いつも魚のアラが並んでいた。
身よりも安く、残り物のように売られている安い食材。
頭や、骨の周り、しいては尻尾まで入っている。
それを残さず食べるように、母は、口癖のように子供に伝えていた。
その少年、仮に(さとし)としておく。
さとしは、いつも袖の破れた服、穴の開いたズボン、親指の見える靴を履いていた。
さとしの自宅も、錆びたトタンで囲まれた家。
そんな家に住み、そんな身なりだから、同級生たちから馬鹿にされていた。
教室に入り、席に座ると、『臭い』、『汚い』と文句を言われ、
外を歩いていると、『ばい菌くんな!』と石を投げられた。
だが、さとしが文句を言ったり、喧嘩をしたりすることはなかった。
しかし、ある時、学校が終わり、家に戻ったさとしが見たもの。
それは、大人たちに、集団で暴行される母親の姿だった。
さとしは、大声で叫んだ。
「やめろ!
母さんに何をするんだ!」
鞄を投げつけ、暴行を働く大人達に向かって行く。
「なんだ、このガキ。
あっち、行ってろ!」
大人に殴り飛ばされるさとし。
その姿を見た母親が叫ぶ。
「子供に乱暴しないで!」
叫ぶ母親を、一人の男が殴りつける。
「静かにしてろ!
子供を傷つけられたくなかったら、大人しくしろ!」
下卑た笑みを浮かべながら、母親を脅しにかかる。
その言葉に、母親は抵抗を止めた。
しかし、さとしは諦めていなかった。
部屋の隅に置いていたショベルを手に取り、大人達に襲い掛かる。
そして、背中を見せていた大人の頭上に、全力で振り下ろした。
鈍い音と共に、ショベルの角が、男の頭皮を切り裂く。
大量の血が噴き出し、暴行を働いていた男達の動きが止まる。
頭を切り裂かれた男は、あまりの出血の多さに、意識を失い倒れた。
「おい・・・・・」
倒れた仲間を見た大人たちは、さとしを睨む。
「お前、何してくれるんだ!」
大人たちの悪意が、さとしに向けられる。
人を初めて殴り、震えが止まらないさとしを殴りつけ、集団で襲い掛かる。
「このクソガキ!」
「殺してしまえ!」
服は破かれ、目を潰され、見る見る腫れ上がっていく顔。
見えている肌の色も変色している。
「さとしぃぃぃぃ!!!」
母親は、さとしを庇う為に覆いかぶさった。
「この子には、乱暴をしないで!」
「邪魔だ!
お前は、後で楽しんでやる。
その前に、このガキを寄こせ!」
母親をさとしから、引き剥がそうとするが、母親は力を振り絞り、離れない。
苛立つチンピラたち。
落ちていたショベルを拾い上げる。
「どけっ!」
さとしが使ったショベルを手に持った男が、母親を殴りつける。
何度も、何度も・・・・・・
それでも、母親は、さとしを庇ったままの状態から、動こうとなしなかった。
ショベルを持つ手にも力が入る。
今まで以上に、力を込め、大きく振り上げ、突き刺した。
ショベルの先を下にして・・・・・・
肉を貫く、鈍い感覚と感触が、男の手に伝わる。
『あ・・・・・』という短い悲鳴とも思えない声を発した母親。
その母親の首には、ショベルが突き刺さっている。
大量の血を口から流し、『ヒューヒュー』と突き刺さったショベルの間から音が漏れる。
服も剝ぎ取られ、殆ど全裸に近い恰好のまま、息子に覆いかぶさったまま、息を引き取る母。
その下で、意識を失っているさとし。
「おい、死んじまったぜ」
「どうする?」
「し、知らねえよ。
ともかくここから、逃げようぜ」
男達は、意識を失っている仲間を連れて、一目散に、トタンの小屋から逃げ出した。
彼らは、この街のチンピラ。
仕事を持たず、この辺りを縄張りにしている者達。
そして、今日もいつものようにブラブラしていた。
その時、偶然、トタンで囲まれた小屋に入る女を見つけたチンピラは、
暇つぶしに、その女を襲うことにしたのだ。
暇つぶしで、母親を失う事になったさとし。
未だ、血の飛び散った小屋で、気を失っているのか、目を覚まさない。
だが、翌日には、学校へ向かうさとしの姿があった。
その事から、さとしは、生きていたのだと思えた。
今回の事件、この事が、公になる事は無い。
チンピラたちのリーダーの親が権力者だったことから、全てをもみ消したのだ。
今までも、散々悪事を働いていたが、この父親のおかげで、
公にならずに済んでいたのだ。
その為、今回の事も内々で始末された。
ただ、今回の事件では、おかしなことがあった。
後始末をする為、懇意にしている暴力団の下っ端がトタン小屋に向かったのだが、
そこには、母親の死体も、さとしの姿もなかった。
「何処に行ったんだ?」
「死体が、動くわけねえだろ、
ガキが生きていて、母親を運んだだけだろ」
そう思い、その場から去った。
チンピラの考えが正しかったのか、登校して来たさとし。
ただ、歩き方が変だ。
片足を、挽きづるように歩いている。
それに、俯いたまま、1人で何かを『ブツブツ』と何かを呟いている。
まるで、気が触れている様だった。
その様子に、いつもは『汚い』『臭い』と罵る奴らも、
黙って見ているだけだ。
しかし、教室に入り、席に着いた時、
チンピラのリーダーの弟でもあり、クラスの権力者でもあるあきらが、
さとしに話しかける。
「おい、母親は元気か?」
兄が仲間たちと一緒に、面白可笑しく話していたので、
さとしの母親が、亡くなっている事を知っているあきら。
公にならなかった事から、『今度は、俺も』とさとしをターゲットに決めたのだ。
「・・・・・」
「おい、答えろよ」
ボサボサの髪を掴み、さとしに顔を上げさせたあきら。
その瞬間・・・・・
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
響き渡るあきらの悲鳴。
腰を抜かして、床に尻もちをついた。
そこに、立ち上がったさとしが近づく。
ブツブツ呟いていた言葉が、はっきりと聞こえた。
『目が良くなるには、目を食べればいいんだって・・・・・」
母親が、さとしと食事をするときに、良く口にしていた言葉。
さとしの手が、あきらに伸びる。
ガタガタと震えるあきら。
さとしの伸びた手が、あきらの髪を掴んだ。
「ヒィ!
や、やめ、やめて・・・・・」
先程と打って変わって、涙目で懇願するあきら。
周囲の者達は、何が起こっているのかわからない。
さとしに、視線が集まる中、さとしの空いていた手が、
あきらの目に伸びる。
ガタガタと震えるあきら。
さとしは、眼球の間に2本の指を入れ、奥まで突っ込んだ。
そして、一気に引っ張り、眼球を引き千切った。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
学校中に、響き渡るほどの悲鳴を上げるあきら。
両手で、右目を抑えている。
その手の隙間からは、ボタボタと血が零れ落ちる。
さとしは、あきらから奪った眼球を見つめる。
「目が良くなるには、目を食べればいいんだって・・・・・」
そう呟くと、さとしは、徐に眼球を口に運んだ。
「ヒィィィィ!」
「キャァァァァァ!」
『ぐしゃぐしゃ』と音を立てて、あきらの眼球を食らうさとし。
その光景に、教室内では、気を失う者、失禁する者、吐き出す者まで現れた。
さとしは、全て食べ終えると、何事も無かったかのように、立ち上る。
そして、足を引きずりながら、教室から出て行く。
さとしを追う者は、誰もいない。
さとしが教室から出て行ってから直ぐに、
教室の扉が開き、担任の広田が飛び込んで来た。
目の前の光景を見て、驚愕の表情を浮かべる。
「お前ら、一体何があったんだ!?」
近くの生徒に声をかけるが、まともに返事が返ってこない。
「誰か、教えてくれ!」
広田の呼びかけに、1人の生徒が口を開く。
「さとしが・・・・・・」
「さとしがどうかしたのか?」
広田は、辺りを見渡す。
「何処にもいないじゃないか?」
「いえ、先生と入れ違いで、廊下に・・・・・」
広田は、不思議な顔をする。
「誰にも、会わなかったぞ」
「え!?」
その言葉が、より一層の恐怖を与えた。