表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/20

18 交錯する想いを紐解いて

 突然の婚約の申し込みに、心臓が一瞬止まり、息を吹き返した私は椅子の上でめまいがした。まさか、こんなにもドキドキするものだと思っていなかった。


 ジャスミン様のお眼鏡にはかなった、ということよね? いえ、ジャスミン様は関係ない。


 私が、バロック様をどう思っているかが一番大事なことだ。


 差し出された手に、手を重ねれば、それは了承の証となる。いつまでも待たせる訳にはいかない。けれど、私はちゃんとバロック様について考えた事があったかな。


 自分の気持ちとして、バロック様のことをどう思っているかを、考えたことがあったかどうか。


 答えは、ない。


「すみません、バロック様。あの、お断りではないのです。お断りではないのですが、一度、座っていただけますか?」


「はい、いいですよ」


 私の無作法な申し入れに、彼は微笑んでソファに戻る。


「あの……私、仰っていたように、ずっと誤解をしていました」


「はい」


「ジャスミン様がバロック様を好きなのだろう、と。それなら応援しよう、天使のようなあの子に好かれて嫌な男性などいない、と……思って、いたので」


 私はその言葉を口に出した時、自分の中のコンプレックスのようなものを自覚してしまった。


 そう、あの美貌の前では、あの朗らかで優しい性格の前では、私なんて霞んでしまう。


 声がどれだけよくとも、私にジャスミン様程の明るさも美貌も備わっていない。あるのは、ほんの少し友達を応援しようとか、卑屈にならないでいよう、とか、そういう気持ち。それも全て、ジャスミン様が私に教えてくれたことだ。


 私の卑屈に一番側で怒ってくれていたのはジャスミン様で、私は彼女が怒ってくれたから、卑屈にならずにいられただけだ。彼女が好きでいてくれる、そんな私を、私も好きでいた。


 だから、私を構成する中に、ジャスミン様がいる。バロック様は、ジャスミン様をやっぱり好きなんじゃないか、という気持ちが拭えないのは、そのせいかもしれない。


 でも、私に跪いてくれた。ジャスミン様じゃなく、私に。ローラン様に遠慮しているのかとも考えたけれど、バロック様の顔を見れば、そのようなことをする人ではない。きっと、男性同士の友情では、恋を譲り合うなんてことはないのかもしれない。


「どうしましょう、バロック様……私は、バロック様に相応しい人間ではないかもしれません」


「どうしてそんなことを?」


「……私が、ジャスミン様に教わったことはたくさんあります。彼女は私のことを、私以上に好きでいてくれて、私はそれに救われていました。本来の私は……とても卑屈で、コンプレックスもある、嫌な女だと思うのです」


 バロック様が長椅子の端に寄って、私の手に手を重ねる。驚いて俯いていた顔をあげると、微笑んだバロック様と目が合った。


 やはり、ジャスミン様と重なる。それでいて、全く違う人だ。


「人は、生まれた時に全て決まる訳ではありません。貴女がジャスミン嬢と過ごした時間で得た自己肯定感や、他人に対する優しさや観察眼、慮る心は、貴女が育てた貴女の一部だ。私はそれを否定して欲しくない。私が出会ったのは、ただ声が素晴らしいだけの女性じゃない。その性質も、仕草も、見た目も、全てが私の魂を持って行った。どうか、私の魂と添い遂げて欲しい。君は、本当に素敵な女性です、フリージア」


 名前を呼び捨てにされて、顔が赤くなる。言われた言葉が、ゆっくりと地面に雨が染みるように、しとしとと優しく降り注いでくる。


 今の私を作ったのは、私だけの力ではない。けれど、それでいい。そうやってできた私に、バロック様は求婚してくれた。


 交錯する想いを紐解いて、私の中に残ったのは……バロック様への、純粋な好意。


「貴方があまりに綺麗で、何もかもが優しく、賢くて、人間じゃないんじゃないかと……天使なのではないかと、思う時があります」


「私にも嫌なところはありますよ。フリージア様をこの世で一番愛している女性を差し置いて求婚し、親友の恋の手助けはしてやらない。他にも、貴女を口で丸め込もうとしている。私はただ、貴女が好きで結婚したい、それを押し通すために必要なことをやってる、悪い男です」


 そんなことを優しく微笑みながら言われても、とうてい信じてあげられない。


「バロック様、婚約のお申し出、お受けいたします」


 悪い男かどうか、これから一生をかけて、……何せ私は彼の魂を持って行ってしまったらしいので、検証しなければならない。


 バロック様が悪い男でも、私の好きは、変わらないだろうから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ