俺、山奥の中二だけど恋する前に転生しちゃったかも?!
俺は藤垈 朔。中学二年生だ。
いや、中学二年生だったという方が正しいかも。
あれは忘れもしない始業式の日だ。俺は盛大に寝坊して自転車で全力疾走していた。
俺の家から学校まではどんなに頑張っても十分。曲がりくねった山道を下って残り三百メートルの学校前の国道まで出てしまえば、校門まで立ち漕ぎでラストスパートだ。
八時二十八分。いつもなら息を切らせて教室に駆け込んでる時間だが、その日はまだホームストレッチを全力疾走中だった。
そこにアイツが飛び出てきやがった。寝ぼけ眼に食パン咥えて。
中学校まで徒歩二分の好立地に住んでる大地主のお嬢様のくせに一度も遅刻せずに登校したことがない。
俺は慌てて歩道の段差をジャンプで降りて車道に避けたんだが、次の瞬間着地のショックにしては大きな衝撃を受けて空を飛んでいた。
後ろの方で叫び声と自転車がグシャグシャとなにかに踏み潰される音、それからドシンと首から地面に着地した直後に十トントラックが俺の上を通り過ぎていった。
ドローンで撮影した映像みたいな感じだった。
俺は二十メートルほど上空からハザードランプつけて止まってるダンプカーと、ぺしゃんこになった自転車と俺の体を眺めてた。大地主の爺さんが家から飛び出してきて、お抱えの運転手に何やら指図している。奴らは青いビニールシートで俺の体包むとそのままバンに放り込んでいた。
「俺、死んだの?」
そう思ったか、口に出したわからないけど、その瞬間なんだか周りが白く霞んで眩しくなった。
「そう、死んだの」
気づいたら後ろに柔らかそうな布の服を着た女性が立っていた。多分女性。
「正確に言えば、まだ生きているとも死んでいるとも言えないわ」
「どういうこと?」
「あなたには選択肢があるわ。このまま死んでいくか、私の世界で新たな生を受けるか」
「それって、イエスかオッケーで答えろって言ってる?」
「選べないのね」
「そんなの選べるかよ!俺はまだ死にたくない!」
「仕方ないわね。もう一つ駒が必要なようね」
一瞬残念そうな顔を見たような気もするけど、どんな顔だったのか思い出せない。
気がつくと俺は青いビニールシートの中だった。指一つ動かすことも出来ず、凄まじい痛みで息をすることも出来なかった。
ドサリとベルトコンベアの上に放り出されると巨大なローラーが迫ってきて、そこで意識を失った。
次に気がつくと俺は養豚場に居た。木箱の中で天井を見上げていた。やっぱり指一つ動かすことも出来なかったけど、痛みはなかった。目の前に豚が迫ってきてバリバリとあちこちを食われてるのが分かったけど、そこでまた意識を失った。
その次に気がつくと俺はおが屑の上にうつ伏せに寝ていた。体が重くて起き上がるのも億劫だ。周りを見回すとやっぱり豚が寝そべっている。なんで俺はこんなところにいるんだろうと考える暇もなく、思いっきり尻を蹴飛ばされた。飛び起きようにも体が重くて動かず、なんとか手足を伸ばしてよつん這いになって初めて自分が豚になってるのに気づいた。
追い立てられるようにトラックに押し込められると身動きもできないままに長い距離を運ばれた。血生臭くて四六時中叫び声が聞こえる部屋に降ろされると、トラックは去っていった。
俺は座ることも出来ずに立ったままウトウトしていたが、長靴の男たちがぞろぞろ入ってきて片っ端から眉間をハンマーみたいなもので殴っている。俺のところにも奴らが来たので思いっきり暴れてやったが、次の瞬間には視界が青白く光って体が動かなくなった。
「もういい加減にしてくれよ」
青白い光の中で俺はつぶやいた。
「そうね、次が最後かしら」
また例の女性だ。
「あなたが運良く誰かの一部になれたら結論がでるわ」
気づくと今度は透明なビニールの中だった。目の前には駄菓子が並んでいる。見覚えのある景色だ。
俺が小学生の頃までは酒屋だった中学校前のコンビニだ。
「結局さぁ、藤垈って何にも言わないで転校してったって事?」
「ああ、なんか両親の都合とかで春休みのうちに北海道だかに引っ越したらしいよ」
「そうなんだ」
「そういえばお嬢も転校してったよな」
「ああ、アイツはなんか東京の私立中学に行ったらしいよ」
「お嬢様だもんなぁ」
「お、やべ、エンズビル・オンライン、ログインしねぇと」
「そんな古いゲームまだやってんの?」
「連続ログインボーナス一千日目だぜー」
「マジか!すげぇな」
「おう、じゃあまた後で」
俺だよ!俺!転校してねぇよ!ここにいるよ!
でも気づくわけねぇよな。ああ。俺はサラミだ。隣のカルパスでも、その隣の裂きイカでもない。
直径四センチメートル、厚さ一ミリで均一に並んで透明なビニールの袋の中で真空パックにされて、コンビニの棚の端っこで、だれかかが開放してくれるのを待っている。
あの例の女性の言うことが正しいなら、次に誰かが俺を食べたとき、俺はそいつを乗っ取って人の姿に戻れる。だからこうしてホコリをかぶって耐えているんだ。
女子がスポーツドリンクをカゴいっぱい運んで横を通るたび、若いサラリーマンがストロング系酎ハイをもって並ぶ時、四リットルの焼酎を抱えた酒臭いおっさんが横を通るたびに、俺は期待する。
そしてついにその日が来た。
そいつは俺の目の前に立つと、メガネをずりあげて目を細める。そしてレジの方を向いて一言。
「これ……賞味期限切れてるね。捨てといて」
サラミはライターで炙って食べると美味しいらしいですよ。