祝福の魔女
この国には13人の魔女がいる。
不老の魔女は定員制の年功序列で、誰かが死んだり退職すると順位が一つ繰り上がり、新しい魔女が13番目に入る仕組みで運営されている。
魔女たちの仕事の一つに、王家の子どもが生まれた時の「祝福の儀」がある。普段は散り散りで活動している魔女たちがその時だけは全員集まり、1番目の魔女から順繰りに、生まれた子どもに「祝福」を授けるのだ。
大したことではない。「白髪になりにくい」とか、「馬の名前を覚えるのが得意」とか、中には「ピーマンを残さず食べられる」とか、とにかく何でも良い。
そして12番目の魔女が「祝福」を与える前に、13番目の魔女が「災い」を与えるのがお決まりだった。
これも大したものではない。「猫に嫌われる」とか、「ブロッコリーが食べられない」とか、「音痴」とか、可愛らしいものだ。
それで最後に、12番目の魔女が「災い」をフォローするような「祝福」を授けてお終いだ。
なぜこんなことをしているのかというと、昔々の先祖のお伽話が由来だった。昔々「祝福の儀」を受けた姫が、100年眠るなど紆余曲折あったが最終的に幸せになれたので、それにあやかっている。
ただ、現代ではほぼお遊びのようなものと化していた。魔女たちはきちんと魔法はかけるが、形式だけの伝統行事だ。
現代の「祝福の儀」では、昔々とは違う点がある。
昔は赤子が生まれてから洗礼式のときに「祝福の儀」を行っていたのだが、いまは産前に行っている。
数代前の王妃が「新生児を育てている寝不足の状態でこんなふざけた茶番やってられるか」とブチ切れたためだ。そのため、それ以降は臨月のときに行っている。
ラナはその年の12番目の魔女だった。
しばらく子に恵まれなかった王妃が懐妊し、久々に「祝福の儀」が行われることになった。
腹の子は女の子だという。ラナは13番目の魔女の「災い」の後、「祝福」を与えるのだ。
他の魔女たちはあらかじめ「祝福」を考えて望むのだが、12番目の魔女だけはそうはいかない。13番目の魔女の「災い」を受けて、「祝福」を授けなければならないからだ。
ただ、13番目の魔女は経験が浅いため、「災い」を与えたところでそれが失敗することもある。
「災い」の内容自体も大したことないし、かける魔女も若造で失敗しがち。ならば別に12番目の「祝福」なんて何だって良いだろうとラナは考えていた。
さて、「祝福の儀」の場で、ラナの隣に座る13番目の魔女は明らかに苛立っていた。自分より後輩である彼女のイラつきの理由を、ラナは知っていた。
彼女の推しのコンサートと、今日の「祝福の儀」がかぶったのだ。
彼女はどうしても推しに会いに行きたかったのだが、優先度が違いすぎる。渋々「祝福の儀」に出席していた。
幸せそうに大きな腹を撫でる王妃に対し、先輩の魔女たちが順番に「祝福」を授けていった。「馬に好かれるようになりますように」、「滑舌の良い子になりますように」。その度に国王夫妻は顔を見合わせて微笑む。
そして、「災い」を授ける13番目の魔女の番になったとき、彼女は悪い顔で高らかにこう言った。
「愚鈍になれ!」
さすがにこれはひどい。
いくら苛々していたからって、八つ当たりもいいところだ。過去の「災い」よりはるかにタチが悪い。
愚鈍な姫など可哀想すぎる。
同情したラナは、中身がダメでもせめて体の方だけは、と考え、12番目の魔女として「祝福」を授けた。
「ダイナマイトボディになりますように!」
後に、ラナは先輩魔女らから叱られた。
「愚鈍でダイナマイトボディって……、全然ダメじゃん」と。
しかし、一同の予想外の出来事が後に起きた。
生まれたのが男児だったのである。
♢
時が流れ、上位魔女らの死や退職によって、ラナは9番目の魔女となっていた。
国は他国と戦を繰り返していたが、ラナには関係ない。魔女は戦には参加しない。
要塞を思わせる大きく古い城に、ラナは一人で住んでいた。
彼女の主な仕事は願掛け札作りで、依頼があれば仕事をこなして金を得る。雨乞いとか、疫病退治とか、安産祈願とか、そういった願いに対して魔力を込めた札を作るのだ。
そうやって誰にも会わない日々を過ごしていた。
さて、ラナの城は「力試しの城」と呼ばれており、あちこちに危険な仕掛けが施されている。体力の必要な仕掛けだけでなく、知力も必要なテストが用意されているのだ。
そしてそれを全てクリアしてラナの元に辿り着いた人物には願い事を一つ叶えてやることにしていた。
ただのお遊びだ。いままで彼女の元に到達した人物はいない。
ある日、ラナが部屋でくつろいでいると、急にバタンと扉が開いた。
風が扉を開けたのかと思ってそちらを振り向くと、体の大きな男が立っていたのでラナは驚愕した。
ここにいるということはつまり、「力試しの城」をクリアしてきた人物ということだ。
男は見たところ自分よりも頭2つ分くらい大きく、全身が砂埃や泥で汚れ、肩で息をしていた。数々の仕掛けを頑張って乗り越えてきたということなのだろう。
「……私はシドという。あなたが魔女か」
「そうですよ」
久々に声を発したら掠れたので、ラナは一つ咳払いをして、シドと名乗った男に椅子を勧めた。それから飲み物を取りに行ったが、庫内にはビールとウイスキーしかなかった。
席に座った男はきょろきょろと室内を見回した。その様子は少年のようだ。近付いてみるととにかく腕は太いし体が大きい。騎士だろうか。
「ビールとウイスキー、どちらが良いですか?」
ラナがそう尋ねると、シドは渋い顔をした。
こんな形をしていて、酒は飲めないのだろうか。仕方ないので水を差し出す。
シドは差し出された水を一気に呷ると、大きく息をついた。
「……私は、生まれる前にあなたから「祝福」を受けた者だ」
「えっ」
ラナが「祝福の儀」に参加したのは過去に一度だけ。12番目の魔女だったときだけだ。
「ということは……、姫ですか!?」
「そう……、いや、違う。女だと思われていたが、生まれたら男だったのだ」
「まあ、なんと」
大きくなりましたね、と言おうとして止めた。
よく考えたらあの時、彼は王妃の腹の中にいた胎児で直接会ったことはない。
ラナは目の前の王子という男をまじまじと眺めた。
王子というより、将軍と言った方が正しいような風貌だ。しかし顔つきはまだ若い。あの時の子どもということはまだ未成年だろう。酒を出さなくてよかった。
まつげが長いのは6番目の魔女の「祝福」、形の良い耳は10番目の魔女の「祝福」由来だろう。
そういえば、あの時、自分が授けた「祝福」はなんだったか。
──そうだ、ダイナマイトボディだった。結局男だったのに。
と、ラナはシドを眺めて気付いた。確かにダイナマイトボディだった。
おっぱ……、いや、雄っぱいが服のボタンをパツンと飛ばしそうだ。すごい。自分の「祝福」の出来に惚れ惚れする。
雄っぱいをまじまじと見ていたラナに居心地が悪くなったのか、シドはもじもじとそっぽを向いた。
この城をクリアできるくらいなのだから、それは頑丈な体だろう。知性を試されるテストもクリアしたのだから、13番目の魔女の「災い」は失敗したのかもしれない(なお、彼女は後に税金未納で退職した)。
「そうだ、城をクリアしたのでなにか願い事を」
言いかけた途中でがばりと身を乗り出してきたシドに両手を強く握られた。
ラナは危害を加えられるのではないかと思わず身構えた。しかしシドは手を握りつぶすこともなく、むしろうっとりとした目で彼女に語りかける。
「妃になって城に来てくれ」
「はあ!?」
耳を疑ったラナは仰け反るが、シドはそうはさせないとばかりに体を寄せた。
「あなたが……、あなたが素晴らしい祝福を授けてくれたから、私は戦えるし、国を守れている。あなたのおかげだ。ずっと会ってみたかった」
「いやいやいや……」
「生まれる前から私のことを気にかけてくれて、力を与えてくれるなんて、これは奇跡で運命だと思う。頼む、一緒に来てくれ」
風貌にそぐわぬスピリチュアルなことを言い出したシドに、ラナは正直引いた。ドン引きだ。
ラナは奇跡も運命にも興味はない。魔法は数学と科学なのだ。
スピっている男を無視して、手を振りほどいた。
「あれは仕事の一環でしたから、特別な意味はありませんよ。それに私は魔女なので誰とも結婚しません」
「私にとっては特別な意味を持つ。生まれる前からの運命の人だ」
前言撤回だ。やはり13番目の魔女の「災い」は成功したのかもしれない。愚鈍かも。
ただ、約束なので願い事は叶えなければいけない。
「無理です。ほかに願い事は?」
「ない」
「……仕方ないですね、戦いましょう。この城の最後の力試しの相手は私です」
「……望むところだ」
ラナとシドは、要塞のような城から外に出て戦った。
正直なところ、ラナは負けるはずがないと思っていた。なんせ自分は魔女だし、相手は普通ではないかもしれないけど魔法の使えない人間だ。
それなのに、勝負は一方的だった。
実は、ラナには戦闘経験がなかった。得意なことは手先の細かい作業で、城にひたすらこもっている。魔法の腕はともかく、戦闘に必要な勘もなければ体力もない。
シドは筋肉の塊のわりに、非常にすばやく動けた。ラナの魔法を俊敏な動作で躱し、逆に彼女に攻撃を与える。
決着はあっという間についた。
地面に這いつくばるラナの喉元に、殺傷能力の高そうなシドの刃物が沿う。
「ぐぬぬぬ」
「約束だぞ、妃になってもらう」
魔女の誓約は絶対だ。
くそっ、あの時、同情してダイナマイトボディなんて「祝福」を授けるのではなかった。よその子どもなんてどうでもよかったのに。
筋肉バカが、最悪だ。
ラナは、本当に本当に本当に不本意だったけども、「祝福」を与えた子どもの妃になることになった。
♢
嫌々ながらシドの妃になったラナは、それでもまだ魔女を続けていた。
スピって頭がお花畑のシドだが、魔女と一緒に暮らして冷静になれば、魔女を妃にしたのは間違いだと気付くだろうと思ったからだ。
「もう仕事などしなくてもいいのに」
「税金を払わなければいけませんから」
明るく綺麗に整えられた部屋で地味に願掛け札作りを続けるラナを、半ば呆れた目でシドは見つめた。
シドは定期的に戦に行っては傷を作って帰ってくる。大変なことだ。ダイナマイトボディに生まれたばかりに、まだ若いのに周りから頼られているのだ。
一方のラナは一応彼に同情はしているものの、構わず願掛け札作りを続けていた。実は魔女が妃になったことで知名度が上がり、依頼が増えたのだ。
それまで細々とやってきたのに、国内だけでなく国外からもひっきりなしに依頼が来るようになった。
全ての物事や現象には魔力が関与していると考えられており、願掛け札は対象の魔力の均衡を崩し、望みの方向への駆動力になる。
駆動力がつけばあとは物事がそちらに流れていくのだ。
ラナが受ける依頼は基本的には農作物の出来や家族の健康祈願が多かったが、そのうち戦を避けるような願掛け札も依頼されるようになった。
炎除けや招集忌避、単なる厄除けも増えた。どこの人間も戦など嫌なのだ。
そうやって相手を問わず依頼を受けていたものだから、戦況はぐちゃぐちゃになった。
どの国も兵は集められないし、攻め込もうにもあちこちに魔女の加護が張られているので損害を与えられない。
相手国を攻めるよりなにより、戦という形式を保つことがどこの国も難しくなり、皆、疑問に思いながら戦の手を止めた。
その頃にようやくラナは自分のやったことの影響が甚大であることに気付いた。
だがもう遅い。しらばっくれることに決めた。
しばらくして戦は終わり、国は平和になった。
シドも戦に出ることはなくなり、国内の安定に努めている。そのダイナマイトボディは持て余し気味だ。
いまだに頭の湧いているシドは「運命の人」とか、「永遠に一緒」とか、ヤバヤバのヤバな言葉をラナにかけてくる。
一方のラナは先輩魔女から「ほだされちゃって」とからかわれたが、それを上手く否定できなくなっていた。
今、ラナのお腹にはシドの子どもがいる。臨月だ。
そして彼女はまだ魔女を退職していなかった。
まさかまさか、自分の腹の子に自分で「祝福」を授けるなどということになるとは思っていなかった。
おかしな話だ。
「祝福の儀」の前にラナはあらかじめ、13番目の新人魔女のことを入念に調べていた。
大丈夫、彼女の推しのイベントは今日ではない。
「祝福の儀」に集まってきた魔女たちがにやにやとこちらを見ている。魔女は個人主義だが時に仲間意識も強く、さらに悪戯好きだ。
──頼むから、ヤバい「祝福」も「災い」もやめてくれ。
自分が「祝福」を授ける側だったときには、よその子どもなどどうでも良かったのに、いざ自分の子になると不安になった。なまじ、自分が魔女なだけに。
「祝福の儀」から1ヶ月後、ラナは美しい女児を生んだ。
女児は魔女からたくさんの祝福を受け、大きくなってからも魔女から目をかけられてすくすくと育った。
なお、13人目の新人魔女は失敗し、またもや「災い」は発動しなかった。
《 おしまい 》
おまけあります、良かったらどうぞ!
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