表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/298

64 赤ん坊、危機に遇う

「抵抗はやめることだ」

「な――?」

「やはり、ロスバウトであったな」

「アドラー――騎士団長――と、ベルシュマン男爵?」

「久しいが、ロスバウト、今はディミタル男爵領の警備副隊長であったな。他領で不審な行為をした上、当地の警備の命に従わぬとあっては、明らかに王令違反だぞ。抵抗は、国家反逆に等しい」

「ぬ――」

「ここでは落ち着いて話もできぬ。その火は消して、大人しく縛につけ」

「く――」


 ロスバウトと呼ばれたリーダーは、忙しなく敵味方に視線を往復させた。

 それから、喘ぐような息を飲み込み、雄叫びを上げる。


「構わぬ、やれ! 全員始末しろ!」


 叫ぶや、弓を持たない四人は横手に飛び退る。

 弓は一気に照準を向け、矢を放つ。

 一瞬早く放たれたウィクトルの矢が、弓を持つ一人の肩を射貫いた。

 同時に、こちら四人は地面に転がり、矢を避けていた。

 すぐさまテティスは身を起こし、父と団長を庇って木の陰に誘導する。

 ウィクトルは次の矢をつがえ、相手の残る七人を牽制している。

 木の陰から、騎士団長が叫んだ。


「馬鹿な真似をするな! 当地の領主と騎士団長に刃向かうなど、国家反逆だけでも済まぬ重罪だぞ!」

「全員の口を封じれば済むこと! お前ら、数の有利はこちらにある、油断なく仕留めろ!」

「は!」


 弓を持たない者たちは木陰や荷物の陰に身を潜め、持つ者たちは矢をつがえて照準を合わせ合い、膠着状態になっていた。

 こちらの木陰ではテティスも弓を構えて、射手の数は三対三の互角だ。

 先に射て外したらその瞬間相手の矢の餌食と、慎重に互いの呼吸を計っているように見える。


 その緊張の中。僕を背負って元の位置に留まっていた兄が、動いた。

 そっと手を伸ばし、ザムの首を巻いていた革紐を外す。

 解放されたザムは、一気に駆け出した。

 一度岩山近くまで駆け寄り、そこから回って、敵の陣営に向かう。


「え?」

「何?」

「オオカミ?」


 慌てて、敵の弓方たちは向きを変えて矢を放った。

 飛んできた矢を、ザムは急転回して避ける。

 その隙に、こちらからの矢が放たれた。

 ウィクトル、テティス、騎士団長の矢が、続けざまに三人の弓方を倒していく。


「くそ、やれ!」


 矢が絶えた隙を突いて、残る四人が剣を抜いて殺到してきた。

 こちらの三人も抜刀して、応戦。たちまち剣が打ち合わされ、鍔迫り合いとなる。

 ロスバウトは仲間と二人がかりで騎士団長に対する――かのように、見えたが。

 数歩駆け寄るかに見せかけ、いきなり向きを変えていた。

 全速力で、草地を駆け抜ける。

 残された男爵に切りつける、でもなく。そちらに目もくれず。

 こちら。僕を背負った兄の方へ、向かってきたのだ。


「あ、ウォルフ!」


 気づいた父が、駆け出してきた。

 だが、間に合いそうもない。

 慌てて、兄は剣を抜く。

 勢いよく殺到したロスバウトの剣が、横に払われる。

 一閃、あっさりと、兄の剣は弾き飛ばされていた。

 仮にも一爵領の警備副隊長、剣技の差は歴然だった。


「抵抗はやめよ」


 次の瞬間、兄の腕は掴まれ、首元に剣が押し当てられていた。

 が、剣はそこで止まる。

 つまり兄と僕は、人質として目をつけられたということらしい。

 敵に見つからないと見越して、大人たちと距離を置いていた。

 残されていたザムまで、近くから離してしまった。

 それが、まちがいだったようだ。


「大人しく、従え」


 兄の腕が、ぐいと引かれる。

 向こうを見ると、護衛二人は敵と切り結び中。

 騎士団長は相手を屠り、こちらに駆け出している。

 父は距離をとって、こちらに手を伸ばしている。


「卑怯だぞ、その子を放せ!」

「男爵のご子息とお見受けする。子息の命が惜しくば、剣を捨てよ。警固にもそう命令せよ」


 肩越しに、ロスバウトは言い放った。

 父は立ちすくみ、逡巡している。

 その脇近く、ザムが駆け戻って足を止めている。


――いける。


 と、判断。

 精一杯伸ばすと、小さな指先は正面の目すれすれまで届いた。

 加護の『光』、サーチライト仕様。

 それだけで、刹那、


「ぎゃああーー」


 男は仰け反り、兄の喉元から剣が離れる。

 次の瞬間、


「ぎゃあああーー」


 さらにいっそう高く、男の悲鳴が響き渡った。

 その肩口に、ザムの口が食らいついていたのだ。


「わああああーー、やめ――助け、て――」


 転がり回る男の肩に、ザムの牙は離れない。

 すぐに、騎士団長が駆け寄ってきた。

 父が、兄の肩を抱き寄せた。


「もういい、ザム」


 兄が声をかけると、ザムは男を放した。

 転がる男を、騎士団長が捕縛していく。

 向こうでは、テティスとウィクトルも相手を斬り倒し終えたようだ。


「そこの火、消してくれ」

「はい」


 兄が声をかけると、二人は揃って枯れ枝の山を踏みつけ出した。

 立ち昇っていた煙が、たちまち絶えていく。

 兄を抱きしめていた父が、苦笑した。


「ウォルフは、冷静だな。父はもう、生きた気がしなかったぞ」

「力及ばず、申し訳ありません」

「お前たちから離れてしまった父が悪いのだ。一生後悔するところであった」

「父上……」

「それにしてもさっきは、何をしたのだ? あの男、いきなり悲鳴を上げて仰け反っていたが」

「その……隙を見て、指で目を突きました」

「ほお」

「騎士としてはあるまじき、卑怯な手かもしれませんが」

「いや、そんなもの関係ない。やられる方が未熟と笑われることだ」


 笑って、父は抱く手に力を込めた。

 背中の僕までまとめて、苦しい。


「本当によかった、二人が助かって。ウォルフ、でかした」


 気がつくと、ザムが兄の足元に首を擦りつけていた。

 騎士団長はロスバウトを縛り上げ、肩の傷に布を巻いて血止めを終えている。

 テティスとウィクトルが揃って駆け戻ってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「騎士としてはあるまじき、卑怯な手かもしれませんが」 子供を人質にする相手に卑怯もなにもないでしょう。
[気になる点] 意地悪男爵には副警備隊長なんて役職の者がいる、阿漕な分 羽振りがよかったようですね(赤さまの家は始めの頃警備なんて執事のヘンリックしかいなかったのに…貧乏はつらいよ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ