17 赤ん坊、秘密を作る
「いつもよりかなり早寝だから夜中に目を醒ますかもしれない、俺が面倒を見るって言って、こっちに寝かせたんだ」
「ん」
「話して、大丈夫かな」
「ん」
「とにかくわけ分からなくて、焦ってるんだ。さっきの何だ? あの、ウサギの動き止めたの」
「カゴの『ひかり』」
「いや、あのときもお前、そう言ってたけどさ。加護のであんな遠くの野ウサギを一瞬で止めちゃうようなこと、できるわけないだろう」
「できりゅ」
「はあ? どうやって?」
「ひかり、ほそく、する」
「何?」
「ほそいと、つよくなる」
「そうなのか?」
「それに、ひかり、とおくとどく。まがりゃない」
「まあ、そこは、言われてみればそうか。火や水みたいに、強い風で吹き飛ばされるとか、ないものな」
「よわまりゃない」
「それも、そう、そんな感じだな」
前のめりになっていた上体を戻して、兄はもう一度大きく息をついた。
少し視線を天井に上げて、昼間の記憶を辿っているらしい。
「それにしてもあんな……あれ、ウサギ、ほとんど気絶していたよな。そんな威力出るものなのか。いや確かに実際ああなったんだから、まちがいないんだろうけど。この目で見ても、信じられないぞ」
まちがい、ないのだ。
光は大雑把に言って、同じ光量でも細く集めれば、当たった点での威力が増す。
『記憶』が『レンズ』というイメージを伝えてきたけれど、やりようによって日光で火を点けられるらしい。
加護の『光』は元の光量に限りがあるが、使う側の操作でいくらでも細くできるのだ。
しかしこんなこと、この世界でも『記憶』の世界でも、ふつうには思いつかないと思う。
この世界ではまず、おそらく『レンズ』など存在しないだろうから、光を集めて火が点くほどに威力を増すなど、誰も考えない。
加護で部屋を広く照らすのとサーチライト風に使うのとで、後者の方が明るいな、と思う程度だ。
明るさは考えても、熱やそれ以上の物理的影響に思い至る知識はないと思う。
また『記憶』の世界では、光の威力を増す目的のためにはまず光源を強くする方に頭を向けるようで、弱い光を細くするなど、理屈が分かっていてもそうそう考えないようだ。
実際僕が加護の『光』を「このまま細くし続けていったらどうなるんだろう」と考えて『記憶』を求めてみても、すぐにはうまい返事が出てこなかったくらいだ。
時間をかけてようやく『レンズ』というイメージが返ってきたけど、それ以外に光を細くするなんていうような概念はないんじゃないのだろうか。
加護で思い切り細くしていったら木を焦がすくらいになると分かったのは、何度かこっそり実験しての結果だ。
兄とは漠然と「ウサギを気絶させる」という感じで話をしているが、実際には目を狙ってしたことなので、あの野ウサギたちはおそらくみんな、片目失明している状態だと思う。
しかしそこまでくわしく、兄には伝えたくない。
何しろ――。
「でも、これ、ひみちゅ」
「秘密? またか。いやでもこれ、大発見じゃないか。お前がやったということは知らせないにしても、うまくみんなに伝えたらすごいことになるぞ。『光』加護の奴らを使って野ウサギを根こそぎ狩ることだって夢じゃない――」
「ひみちゅ」
「何でだよ」
「きけん」
「え?」
「ひと、ころせる」
「あ……」
危険すぎる、と思うのだ。
この世の人間の四分の一が持つふつうの能力で、離れた相手を簡単に気絶させることができる。
失明させられる。
あるいはもっと細くすれば、動物の皮膚など貫通して即死させることさえ可能かもしれない。
それが、今日の野ウサギのようにかなり離れていても、相手がよほど警戒して完全防御していない限り、あっさり実現してしまう。
危険度は、そこらの武器などに比べても桁違いだ。
人口の四分の一を、そんな殺人集団にしてしまうかもしれない。
あまりに、恐ろしすぎるのだ。
騎士でも一般人でも、これまで『光』加護は肩身の狭い思いをしているという。
ここでこの効果を、たとえちょっとヒントだけでも伝えたら、喜び勇んで暴走を始める者が出てくることさえ、十分に考えられる。
絶対、片鱗さえ広めてはいけない事案、だと思う。
今話した範囲だけでも、兄はその危険性を理解してくれたようだ。
「なるほどな。あれだけ離れた相手を気絶させて、あとはとどめを刺すだけにできるんだ。危険すぎるよな」
「ん」
「はああ、まあじゃあ秘密でしかたないか。てことは、これからも野ウサギ狩りは今日の要領で、俺の弓技のお陰だということにするしかないわけか」
「ん」
「人任せにできない、お前と俺の二人でやるしかない、と」
「がんばって」
「体力担当は、俺だものなあ。しかしお前の方も、加護でどれだけ疲れるか気をつけていかないとダメだぞ」
「ん」
「雪の前にあと何回狩りができるか。百羽くらいも狩ることができれば、みんなの冬の備えにもなるし、来年の野ウサギ被害を減らすことにもなると思うんだが」
「……がんばろ」
「だな」
翌日、午前中の勉強時間に兄が『光』加護の野菜栽培への利用について話をすると、ベッセル先生は目を丸くして驚いた。
「何だって? 加護にそんな効用があるのですか?」
「ええ。まだ確証できるほどじゃないんですが、今のリヌスによる実験で、かなり確実になると思います」
「それが本当なら、すごいことですよ。学術論文にして発表してもいいぐらいだ」
「この一冬分の経過を見て、本当にそれほど価値があるようなら、先生に論文をお願いしたいですね」
「おお。いや、うん。ウォルフ様と共著の論文ということで、乗せてもらえたら嬉しいですね。初めてだから、生徒に著述の指導をするということで」
「僕の柄じゃないと思うんですけど。はい、その辺相談してということでお願いします」
そのまま興奮の続く先生は、午後も帰らずに栽培小屋まで兄と一緒に赴いた。
午前中から同席して話を聞き、大喜びのベティーナも僕を抱いてついていく。
この日は空模様が狩り向きではないということで、兄と先生、アヒムとリヌスの四人で何だかんだと実験の方法の議論などをずっと続けていた。
次の日は快晴となったので、午後は狩りに出かけることにした。
前回のディモとアヒムに加えてもう一人同年代の少年を連れて、当然兄は僕をおぶった格好だ。
これまで思い知ったように、狩りは兄しかできない。
ディモは少年たちの目付役と道案内、あわよくば獲物を仕留められないかという弓矢持参。
前の反省から、野ウサギの収獲数は運べる人数次第ということが分かったので、少年一人の追加は運搬係としてだ。そのため、少年二人とディモはかなり大きめの背負子を持参している。
先日と同じ要領で、兄は次々と野ウサギに矢を射込んでいった。
何しろ、野ウサギが今までの調子で矢の射程より距離をとってのうのうと姿を曝す限り、僕の『光』は当て放題なのだ。
気をつけなければいけないのは、同行している三人に『光』を当てている事実を知られないようにする、その一点だけなのだった。
これまでのように複数の野ウサギが姿を見せている限り、その辺は何とかしやすい。三人の目が向いていないターゲットを選んで、僕は兄に合図を出していく、その要領でことは進んでいった。
次々と仕留め、この日の獲物は五十羽を超えていた。
「すげえ、すげえ」と少年たちははしゃぎっ放しだ。