表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/298

27 赤ん坊、墜落する

 さしあたって命の危険などはなさそうなので、僕は腕組みで考えた。

 おそらく数百マータ先かと思われる後方に王宮が見えているので、今来た方向は疑いようがない。

 そちらを背にして見たところ、石畳の道路はこの地点で、真っ直ぐの径路と左側に折れる道とに分かれているようだ。

 どんな理由か僕は馬車からこの桶の上に転移したらしいが、僕を置き忘れた車はどちらに向かったか。もう影も形も見えず、分からない。

 まあ置き忘れに気がついたら探しに戻ってくるとは思うが、それまでどうしているべきか。

 こんな高い場所、落ち着かないし、戻ってきた馬車に見つけられる当てもない。

 しかし、下りたくても。

 少なくとも、僕が自力でここから下りるには、やや危うさがありそうだ。

 両手で縁に掴まって、足ぶらん、の格好から、飛び下りる。できなくはなさそうだけど、その高さの落下の経験はないので、自分に無事の保障を言い切れない。

 一方、今のところ僕に気がつく人はいないようだけど、縁から身を乗り出したり、声を上げたりしたら、誰か気がついて下ろしてくれそうだという期待は持てる。

 しかしそれで絶対無事、の保障もない。

 問題は、今の僕の服装だ。

 誰が何処から見ても、貴族の子ども。

 ある一定層の人間からは、金が服を着て歩いている、としか見えない可能性がある。

 つまりぶっちゃけ、そのまま誘拐されてしまう可能性、ないと笑い飛ばすことはできないだろう。

 とすれば、とるべき行動は、その層の人が『出来心』を起こさないように、まず周囲の大勢の人目を引くこと、だろうか。


――どんな行動が、いいかな。


 さほど真剣ということもなく、考えを巡らせる。

 ただ泣き声を上げる、でもいいか。

 赤ん坊らしく手足ばたばた、でもいいか。

 あるいは――。

 などと思いながら、腰を浮かせかけたとき、だった。


「わ、わ、わあああーー!」

「ごめん、どいてどいてーー!」


 ガコーーーン!


 予想もしていなかった音声と、振動。

 起き上がり中途の足腰が、均衡を取り損ね。


――わああーー!


 ただでさえ、重心が頭方向に寄っているらしい、体型なのだ。

 たちまち僕はよろけ、踏みこたえる余裕もなく、板蓋の縁を越えていた。


「ひやあ!」


 制止も支えも、何もすべはない。

 さっき考察していた、両手で掴まり足ぶらん、の形をとることさえできず。僕からは、そのままの高さからの落下、以外の道が奪われていた。

 もんどり打って、落ちる。

 下は、石畳。背中を打って、無事に済むものか。

 などと、もちろんのんびり考えるほどの時間があるわけでもなかった。

 たちまちのうちに、ぼん、と背中に衝撃。

 わずかの間に、仰向けから俯せ、再び仰向け。

 背中は何かに埋もれ、両足は何かに乗ってわずかに高く。


――え、え?


 何だ、これは?

 少なくとも、石畳の感触じゃない。

 と思ううち、背中の土台が動き出した。

 横へ。横へ。

 ぐいぐいと、ひっきりなしに細かく向きを変えながら。


「こら、こら、止まれ!」

「止まらないんだってーー!」

「止まれーー!」


 ほとんど絶叫の若い声が、重なり飛び交い。

 背中下が、止まりかけ、動き、また止まり。

 がくがく揺すられて、再び僕は一回転。

 仰向けに戻った顔を横向けて、ようやく事態のとっかかりを、目に捉えた。

 僕は今、そこそこ大きな木の箱のようなものに乗っている。

 そこから突き出た持ち手のようなものを、少年二人が引いている。

 どうも、乗っている箱には車輪が付いているようだ。

 つまり、木造の荷車のようなものの荷台に、僕は落下したらしい。

 そもそも落下の原因も、この車と防火水桶の衝突だろう。

 道脇に寄り、二人踏ん張って、ようやく荷車の停止に成功したようだ。

 荷台には、木材や何かの道具やぼろ切れなどが載っている。

 現状の僕は、そのぼろ切れに背中が埋もれ、荷台の縁に両足が乗ってしまっている。

 背中の座りが不安定、足が高くなった姿勢、情けない僕の腹筋の力では、すぐに起き直りが果たせそうにない。

 わたわたと、両手両足を蠢かすばかり。


「あああーー、焦ったあーー」

「畜生、これじゃまだ使えないぞ、これ」

「しっかり作ったのになあ」

「前輪制御の問題だと思うんだよなあ、たぶん」

「前輪は軽くなったはずだろう、これで」

「そうなんだけどさあ。もう少し、向きを変えれるようになればなあ」

「あのお……」

「車軸にもっと、遊びを作れれば、と思うんだけどさ」

「いや、遊びはダメだ。安定しなくなるだろ」

「あのお……おにいさんたち……」

「だよなあ。安定して回転を滑らかにするのが、第一目標なんだから」

「向きを変えるって、何か方法が……」

「おーーい」

「何だよさっきから、うるさいな!」

「え、何? 赤ん坊?」


 何度目かの呼びかけで、ようやく二人は振り向いてくれた。

 当然こんな無断乗車がいるとは知らなかったらしく、驚愕の顔で。


「わるい、おこしてくれない?」

「何だ、この赤ん坊、喋ってる!」

「何だこいつ?」

「とにかくまず、おこして……」


 さらに何度かの懇願の末。

 何とか少年の一人が寄ってきて、僕をぼろ切れの上に座り直させてくれた。


「ありがと」

「何だお前、どっから来た?」

「さっきこれがぶつかった、おけのうえ」

「ああ、衝突の衝撃で?」

「いやしかし、何だってそんなとこに?」

「それに何でお前、喋る?」

「はなせば、ながい」

「いや、しかし――」

「それより、これ」


 僕の喋りで、説明などしきれない。何より、面倒くさい。

 とりあえずそういうときは、話題をずらすに限る。


「このくるま、きみたち、つくった?」

「ああ」

「分かるか? すごい発明なんだぞ、これ」

「はつめい、どこ?」

「車の回転が、無茶苦茶滑らかなんだ」

「へええ」


 乗り出して見ると、荷台の両側に二つずつ、計四つの大きな車輪が付いている。

 その車輪に手をかけて、少年二人はどこか仏頂面だ。

 見直すと、二人とも兄と同じくらい、十一~二歳といったところか。

 継ぎの当たった、かなり古びた服装。上も下も短く、手首足首が剥き出しになっている。

 年頃は同じくらいのようだが、灰色の髪の少年より赤黒い髪の少年の方が大柄だ。


「すごいはつめい、だけど、まだふび、ある?」

「ああ」

「まだ試作品だからな、しかたねえだろ」

「もしかして、さゆうせいぎょ?」

「え、分かるのか?」


――わからいでか。


 さっきからさんざん、衝突したり左右ぐだぐだしたりしてたじゃないか。

 指摘するまでもなく自覚しているようで、二人ふてくされたような顔になっている。


「しゃりん、よっつ、いらない」

「え?」

「ふたつでいい。そのほうが、せいぎょしやすい」

「いやそれじゃ、安定しない――」

「いや――」


 赤黒髪の言いかけを、灰色髪が遮る。


「二輪でいいんだ。前を人間が支えているんだから、それで安定する」

「そ」

「そうなのか?」

「そうだ、やってみよう。ホルスト、前の車輪、外すんだ」

「お、おう」


 灰色髪が張り切り出し、身体の大きな赤黒髪に指示をして動き始める。

 赤黒髪の名前が、ホルストのようだ。

 ホルストが僕を地面に下ろし、箱の下に潜って作業を始める。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] もう、下町で、地域改革。 赤さま、もう3ヶ月くらい王宮に帰らなくても良いよ! 赤さま、真面目なのでこの出会いで国家規模の改革案を考えて王宮に帰るんだろうな。 ナディ―ネ・セリアは、しっかり罰…
[気になる点] 赤さま危機一髪(≧∀≦)!今の赤さまに必要なのは体裁だけ整えられた王族の地位(掛け持ちの侍女ひとりしかお付きがいない、笑)なんかではなく水火に飛び込む白狼ザムや守護騎士テティスたちのよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ