第7-3話
「アーァぁぁぁぁぁ…、やっちゃった…、ホントもう、私って…」
「ごめんなさいね、私がもっとシッカリしとけばよかったのに」
ダンが表に出て行ったあと、グデ〜と机に突っ伏しながらリンナは呟く。彼女は酔っ払っているが、決して酔っ払っての行動ではなく、本心である後悔から出てきた言葉だった。
そんな彼女の様子を見るママのアルナも慰めようとするが、どこか胡乱気な様子。彼女も空回りしていた人の一人だったからだ。
ことの発端はユウマが少女を抱えてリンナの部屋に来た時。その時彼女は先ほどまで話していた妹さんのことを思い出し、もはや彼女がそうなのではと思い込んだ。そして彼女はユウマの言いつけを守らず、そのままママであるアルナに報告した。
アルナに関しては終戦当時自身がボロボロにも関わらず、『いないはずの妹』を探す痛たましいユウマを見ていた。そして彼女やダンが認識していないと知ると、自分たちに隠して探すようになったことも知っていた。彼女は手伝うか止めるかを迷い、結果『見ないフリ、知らないふり』をして今日まで過ごしてきた。
そして今日、リンナから連絡を受け取った時に、彼女はユウマを信じることができなかった自分を責めた。そして彼女はダンからも連絡があったこともあり、ユウマに秘密でリンナとパーティを企画した。
結果、ユウマは乗り気にならず、二人とも空回りして行き、最終的には主役は抜け出すわ、ダンには暫く酒以外を飲んどけと釘を刺される始末。惨憺たるパーティになってしまった。
現状、通夜のような空気が流れる中、ポツリとリンナは漏らす。
「…ママさんは昔からユウマの仲間なんですよねぇ」
「う、うん。そうだけど、それが?」
「どうしてユウマみたいな人、仲間に入れたんです?」
「え…?」
突然投げ掛けられた言葉に戸惑うアルナ。そんな様子も構わずリンナは続ける。
「ママさんって何というか『安全第一!』みたいな人が、なんで平和な時なら学生やってる歳の子を軍に入れたのかなって」
投げ掛けられた質問、それは8年前のこと。彼女はその時のことを如実に覚えている。
「その時ダンと私、それともう1人で部隊を組んでたんだけど、辞令を持って来たのがこんな小さい男の子だったの」
そう言ってアルナは親指と人差し指で輪っかを作るように小ささをアピールする。その様子を見て、リンナは突っ伏しながらニヤニヤする。
「時世が時世だし、少年兵はそこら中いたわ。最初見たときは即座にその1人だと思って団長に直訴しようしたんだけどね。彼が言ったの。
『俺がいれるのはここだけです。だからお願いします』
って」
「それはまた。私はまだいい暮らししてましたけど、そんなことが」
「身嗜みはそれなりだったし、孤児みたいな野性感はなかった。けどね、彼の黒い目には『幸福感』がなかったの。受けた愛情みたいなものが」
当時の彼を見た時、アルナは戦慄したと同時に『守らなければならない』という保護欲が起きた。勿論その保護欲は小さなもので、一旦保留にしたものの日に日に大きくなっていた。
エルフは寿命が長く、生きていくうちに時間の感性が鈍くなっていく。その過程において他の生物を側に置くことで時間の経過を測る習性がある。
最初はその習性が出てきたのかと頭を抱えていたのだが、彼女はやがてそれが母性愛だということに気付いたのは大体三ヶ月後の話だった。
「そんなくせに1番困ってたときに嫌われたくないからって、見ないフリ知らないフリしてたって、本当に情けないわね…」
一通り語り終えた後に今の罪悪感や自分への嫌悪感を吐露した。都合の良い時には母親面して、悪い時には友人のような振る舞いをしていた自分許せなかった。
「…本当に必要なら彼からママさんに声を掛けてくれると思いますよ。でも悪いと思うなら面と向かって…謝って…」
突っ伏しながらそう言うリンナだが、最終的には力尽きてしまった。
そのことを聞いてアルナは暫く呆然としていたが、やがて奥から持ってきた毛布をリンナの肩に掛けながら、語りかけるように言った。
「ありがとう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時はユウマがダンと話し終えたところ。
彼らが他愛のない世間話をポツポツと話していると、ユウマのデバイスが鳴った。表示されている氏名は『上司』。レイからだった。
ユウマはあの場から何も言わずに立ち去ったことについて掛かって来たのかと思ったが、その下のショートメッセージにはこう綴られていた。
『お楽しみのところ申し訳ないが、非常事態。事務所が囲まれた。応援求む』