第6話
「すまねぇな、先生。こんな偏屈の巣窟みたいな場所まで来てもらって」
「いいよ、いいよ。患者のいるところに我ありってね。そこの偏屈とも十年くらいの付き合いだし」
「偏屈…? 誰のことを言っているのだね」
探偵事務所に訪れたのは白髪ながらも艶やかな長髪を後ろでくくり、容貌はさながら16・17歳ほどの少女。白衣以外もそれ相応の格好をしている人間の女性の医師、スズムラ マトイ(鈴村 纏)である。
彼女と探偵事務所の二人もそれなりに長い付き合いになる。また彼女が経営している
診察所と養護施設がこの探偵事務所の近くにあることから、ユウマもよくお世話になっている。
彼女は早速少女の側に寄り、持ってきた様々な機材で身体を検査していく。そして10分経つか経たないかといった時点で機具を置く。
「これはまた…、スゴイ患者拾って来たね。魔術回路は馬鹿みたいに弄られているし、魂の定着も常人と比べ不安定。おまけについ最近生まれてきた赤子のような筋肉量だね。ともかくマトモとは到底言える部類じゃない。この子を生み出したヤツを見つけたら間違えなくひっぱ叩くとこね。少なくとも君の妹さんじゃない。ただ…」
「「ただ…?」」
呆れた彼女の続く言葉に二人は耳を傾ける。
「彼女を作り出した連中の意図、君なら分かってるんじゃないの?」
「…ちょっと外出てくるわ。待ち人もいるし、帰りは遅くなる」
ユウマは顔を背けて、そう言って外に出ていく。彼女の言葉が突き刺さったのが目に見えて分かった。そしてユウマが乗る車のエンジン音が消え去ったのを確認してから、彼女は再び呟く。
「まぁひっぱ叩いたのが先なんだけどね」
「あの時の気迫は相当なものだったね。聖母のような君が地獄の門番のような、もしくは君の出身国のアレ、フドウミョウオウみたいだったか」
「レディにそんなこと言うもんじゃありません」
「これは失礼。あれから五年か…。時はずいぶん早く流れるものだね」
レイは苦笑しながら静かに呟いた。彼が思うに目の前にいる年齢不詳の先生や自分といった名だたる偏屈者の集団、それを束ねられたのは『ある人物』のカリスマ故だと考えている。ただの烏合の衆となり得た集団を纏めて、あの地獄を生き抜いた人物は尊敬に値する。
しかし五年前、その人物とレイは纏と共にたもとを分かった。
その理由が目の前の少女だった。いやもしかしたら『別の』彼女だったかもしれない。二人とも「人道とはなんたるか」を説くなど憚られるような人間だったが、だからこそ超えてはならない一線を理解していた。
当時レイは激昂した彼女を側で見たが、それは彼女を知り合ってから今日まで一回しかない出来事だった。彼女は怒り彼の頬を叩いて、レイは別れを告げた。
レイは苦い思い出を思い出しながら、纏に話かける。
「でも、まさかまた彼女に出会すとはね」
「『彼』に連絡を取ったが、彼は動いてないらしい」
「首謀者(仮)に聞いてもしょうがないでしょ? まずは彼女に聞かなくちゃ」
レイと纏が少女の顔を覗く。幾ばくかの時がたった後に、少女の瞼がピクリと動いた。
「…おにい…ん」
欠けた月が半分の空を登った頃の話である。