第1話
入りくねった暗く細い路地裏は普段よりも倍以上の足音が響いている。住民は窓からチラリと覗き込んで、外の様子を確認する。彼らは足音が中央にある広場のある方向に向かっていることは理解できたが、それがどういう事態を理解できたものはそう多くなかった。
やがて響いていた足音は広場に着くなり鳴り止み、静まり返る。そしてその集団から一人の男が広場に面する建物に入っていく。そこは周りの建物より一際大きく、ギラギラとネオンを光らせる街有数の酒場であった。
「おい、マスター! 今日俺らがここに来た理由は分かってるよなぁ!?」
男は入り口に立つと大声でそう放つ。そういって胸元から出した一枚の紙切れを広げて見せびらかす。
その紙切れは『捜査令状』から始まる書類。この男たちは行政府の警察の人間で、立ち入った酒場は薬物の密売の容疑がかかっていた。捜査は相手側の隠匿が予想以上に上手く難航していたが、慎重に周りを切り崩していき、今日立ち入り調査に踏み切るに至ったというわけである。
ただ酒場の人間だっておいそれと逮捕されわけがない。
「酒も頼まねぇお巡りさんは帰ってくんな」
男を出迎えるは大人数の黒服に無数の武器。それらは男に向けられていた。男は意気揚々と入口に立っていたはずなのに、今や顔を引きつらせている。
「あ、やべ。いったん仕切り直すとかは…」
「そう甘くはねぇってお巡りさんも分かってんだろ?」
その言葉は多数の閃光と轟音と共に男を貫き、男は外に吹き飛ばされた。そしてそれが抗争の合図と言わんばかりに、警察側の人間は男を乗り越えて酒場に乗り込んでいく。そして吹っ飛ばされた男は一人大の字で空を仰ぐ。
「体起こしてくれるとか、優しいところあってもいいんじゃねぇかなって思うんだが」
そう愚痴りながらムックリと身体を起こす。常人なら即死してもおかしくない攻撃を受けたはずなのに、彼はそれが無かったかのような振る舞いで建物の中に入っていく。
光に照らされる彼は身長が2mを優に超えていて、ガタイがいい。銀色の体毛は肌を覆い隠し、頭から二本の突起物-立派な三角の耳が生えている。そして顔は口部分が前に突き出していて、鼻が突き出ていた。
彼は言うなれば狼男であった。
また、建物内の様子をよく見れば先程の閃光を発していたのは御伽噺に出てきそうな『ステッキ』を持つ長い耳と白い肌を持つ『エルフ』の黒服男。マスターはやたら小さい『ドワーフ』の癖に大砲じみた巨砲を使って応戦している。
対して警察側にもそれらしき人物もいれば、少し変わった拳銃で立ち向かう人間もそれなりにいる。
多くの種族がドンパチを繰り広げる、この混迷を極めた酒場の戦場こそがこの世界の縮図と言えるものだった。
やがて喧騒が薄れてきた頃には警察側が鎮圧していた。あとは上の者をひっ捕らえて薬の場所やルートを吐かすのみとなった。しかし前線に出ていたのは下っ端ばかりで誰も知らぬ存ぜぬとのたまうばかりである。
次第に焦りを覚えた狼男の指揮官は酒場の裏手の捜索も開始する。しかし部屋の隅々まで見ても、それらしき物も人もいない。これには現場も離れた場所に構えている指揮車も諦めの雰囲気が無線機から流れてくる。
「ここに仕掛け扉が!」
そこに吉報が舞い込んできた。狼男が声のする方向に走っていくと人間の男が壁を指差していた。指差す場所は酒蔵の隅にある木製の壁。一見、普通の壁に見えるが、じっくり観察すると下の方に妙な凹みがあった。そしてその歪みを押すと回転する仕掛けとなっていたのだ。
「よくやった!」
狼男は人間の背中を叩くと人間は吹き飛ばされそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまる。数秒、本気で痛がる様子であったが、微笑んで「ありがとうございます」と返した。
そのままギリギリ回転扉を通れた狼男はそのまま奥に進んでいくと…
こじんまりとした書斎に両手足を縛られて目や口は布で覆われていて横たわりながら泣きじゃくるエルフの少女、そしてその少女を眺めながら机に腰掛ける人間の青年がいた。
「遅い。どんだけ待ったと思ってんだ」
青年は憎まれ口を叩いて、バッと立ち上がり部屋から出て行こうとする。その青年の肩を狼男がガッチリホールドした。
「なんだ?あとは警察官の役目で俺みたいな一般人はいらねぇだろ?」
「健気な淑女監禁の現行犯逮捕」
「は?」
こうしてこの一連の強襲は青年の逮捕によって幕を閉じた。