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新たな被害者の記憶は何を見せるのか

 翌日、警察車両の中で、夜になるまで聞き込み調査を重ねて得た情報を、二人は整理していた。

 一人目の被害者、一般人男性の方は、調べれば調べるほど荒れた生活を送っているようだった。


「現場付近の居酒屋でも何軒か、ツケを踏み倒して出禁になっているようです」

「呆れた……」


 九十九刑事は蔑んだ視線を手帳の紙面に落とす。事務所のデスクの上に資料が山積みになっていたり、応接机に開いた法律書が置きっぱなしになっていたりするのは棚に上げて、だ。

 もう一人の被害者、ヴァンパイアの方はというと、クラブにも入り浸っていたが、風俗店にもよく出入りしていた。クラブも酒に酔った女を持ち帰り、シケこむのが目的だったとか。


「ヴァンパイアには粗暴で荒れた奴も多いからねえ」


 ヴァンパイアは普通の人間と比べて身体能力が高い。良く言えば野性味があり、悪く言えば攻撃性の高い性格をしていることが多い。牙月区でヴァンパイアによる犯罪が後を絶たない原因だ。


「まあ、両方とも、とても褒められた生活はしていなかったですね。誰彼の恨みをかっても当然すぎます。これ以上の聞き込みは徒労に終わるかも知れませんね」

「となると現場に戻るのが吉かしら」

「そういえば、遺体に残されていた口紅の跡の成分分析はどうなりました?」

「ああ、カニちゃんの結果によると、大手化粧品メーカーのもので大して珍しくないものね。――ほら、私も持ってるし」


 と九十九刑事は、鞄から化粧ポーチを取り出して、そこに並べられた五本の口紅の中から一本取り出してみせる。それが、二人目の犠牲者、ヴァンパイアの男性の首元に残っていた口紅と同じものと考えられる。


「オシャレには気を使わない質の九十九さんでさえ、持っている口紅ですし。女性なら誰でも持ってるような代物ということですね」

「そうそう、って何言わせんのよ」


 そんな他愛もないやり取りをしているところで、ザッ、ザーッとノイズの混じった無線通信が入る。須藤が応答する。

 無線をかけてきたのは、牙月区をパトロールしている巡査。市民から、死体が見つかったと通報があったそう。


「昨日の現場とかなり近い場所ですね」


 現場は昨日に死体が見つかったばかりの廃ビル、その付近の裏通りから、距離にして百メートルも離れていないくらいの場所だという。


「遺体は人間? それともヴァンパイア?」


 須藤から華麗にマイクを奪い、巡査に尋ねる九十九刑事。


「若い一般男性で、昨日の死体と同じく袈裟斬りにしたような大きな傷があります」


 それに現場は、袋小路になっている場所。襲撃されて、逃げ惑った後なのか、袋小路へと続く複数の血痕もあったという。


「まだ早計だけど、場所の近さと遺体の様子から、昨日の事件と関連があるかも知れないわね」


 この手の無差別殺人事件にはよくあるパターンなのだが、遺体が増えてやっと手掛かりがつかめてくるというのは皮肉だ。また犠牲者が出てしまった歯痒さを噛みしめながら、須藤に現場へ急ぐ(・・)ように促す。

 程なくして須藤が、意気揚々とパトランプを車体に取り付け、アクセルを全開にしたのだった。


    ***


 いつも通り現場に、須藤はご機嫌な様子で、九十九刑事は青い顔で到着する。


「九十九さん、どうしたんですか。さっきまで元気そうでしたよ」

「どこの世界に公道でドリフト決める警察官がいるんだよ……」


 どう考えても原因はあんたでしょうが。

 と喉元まで出かかった言葉を九十九刑事は飲み込む。注意されたぐらいでは、須藤のスピード狂は治らないと知っているからだ。


 車を着けた場所から十数歩歩いたぐらいで、現場の袋小路へと続く血痕が見えた。アスファルトにこびりついた赤黒い血痕には、隣に番号札が置かれている。それを数えていくと、六番目の血痕で、死体が横たわる血だまりに辿り着く。

 その姿は見るも無惨だった。まずは背後から襲われ、逃げ延びたところで正面からぶった切られたように見える。顔の左側から右の脇腹にかけて入った大きな傷のせいで、顔はひしゃげて、臓物が飛び出ていた。


「これは……、常人の手口なのか」


 これには九十九刑事も、背筋を強張らせ、慄いている。


「明らかに昨日の遺体よりも状態がひどいですね。死んでからまだ時間が経っていないことは同じなようですが」


 ここまで大きな傷を残そうと思えば、得物の刃渡りは相当なもののはず。少なくとも三十センチはないと難しい。


「とにかく須藤君、私は近くで待機しているから、証拠として採取できる限りの血を持ってきてちょうだい」


 ひとまず現場から少し距離を置いて、現場の向かいの建物の影に移動し、須藤がした命を採取したバイアルを持ってくるのを待つ。

 血を飲むところを見られたくないのはもちろんだが、正直、死体の様子がじっと見ていられないくらいに凄惨なものだったというのもある。

 ひとまず、動揺を抑えて、血の味から得られる情報を、正確に捉えるために感覚を研ぎ澄ます必要がある。

 大きく深呼吸をしたところで、須藤がバイアルを持って現れた。


「ありがとう、早いわね」

「慣れてますから。巡査も慣れっこなのか、作業中に見てくる目つきも好奇なものではなくなりましたがね」

「それは、喜んでいいのかどうか、分からないなあ」


 ふて腐れた笑みをこぼしながら、ワイングラスに血を移し替える。今回採取できた量は、二十ミリリットルくらいか。

 いつものように、色を見て、匂いを嗅ぎ、そしてごくりと飲み干す。


 ――その瞬間、彼女の脳内に映像がなだれ込む。

 見えたのは、襲われたちょうどそのときの場面。街灯がうすぼんやりと照らすのはすぐ近くの路地だ。

 耳にこびりつくような荒い吐息。上下に激しく揺れる視界。声が聞こえる。恐れに塗れた被害者の声が。


“ば、化け物だぁあっ――”


 化け物、確かに被害者はその言葉を発した。

 昨日の被害者と同じく、襲われた当初、相当量のアルコール摂取していたということが血の味から読み取れたが、幻覚でも見たのか。

 そんな彼女の邪推を嘲笑うほど鮮明さで、奇怪な異形が姿を現した。


 てらてらと光った灰色の表皮には、無数の節がある。

 長い頭髪こそあれど、顔には目にあたるものが見当たらず。かろうじて人の形を保った唇からは長い二対の牙が覗いている。

 そして、両腕は地を這うほど長く伸びていて、軟体動物のようにぬるぬると動き、先端には血塗られた巨大な鉤爪がついていた。


 まさしく、化け物だった。

 

“この街を、(けが)すなぁああっ!”

 

 化け物は、憎悪に塗れた女の声を放った。


「来るな。来るな!」


 これが、血の味から読み取った記憶が見せる幻だとは分かっている。

 それでも九十九刑事は、恐れに塗れたうわ言を漏らさずにはいられなかった。

 現場である袋小路に追い詰められて、鉤爪が月光を返してぎらりと光った後に振り下ろされるところで映像は終わった。


「はあ、はあ……」


 恐ろしい光景だった。

 ようやく幻覚が重なっていた視界が、元に戻り始める。と同時に、こちらに向けてスマートフォンのカメラを向けている須藤の姿が。


「うわ、やっべ」

「須藤君……、今、私のこと面白がって撮影してたよね?」

「大丈夫です。調子が出ないときに、見返してニヤニヤするぐらいの用途でしか使いませんから。拡散したりはしません」

「ふざけんな、すぐにデータを消せ!」


 スマートフォンを須藤の手から奪おうとするも、彼が腕を上げれば、九十九刑事がいくら背伸びをしたって届かない。ぴょんぴょんと跳ねてたところで、簡単にかわされてしまう。

 子供の喧嘩みたいなやり取りのおかげか、少しだけ気分は紛れたが、あの記憶が見せた異形の姿は、しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。


(あの化け物は……、いったい……?)

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