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第9話

 結局その後はセリーナとシャノンから、「まあ、やるしかないですね」「頑張ってくださいねー」と励ましだけいただき、私はしょぼしょぼと肩を落としながら自室に向かった。


 ああ……考えるだけで胃が痛くなる。

 あんな色男に口説かれたら、私は爆発四散する。間違いない。

 セリーナたちは、私の破片をかき集めて墓を建ててくれるだろうか。ああ、気が重い。


「……おや、そちらにいらっしゃるのはキーリ様ですか?」


 ――漫画であれば間違いなく、「ぎくっ」という擬態語が書かれるところだ。


 ぎこちなく振り返ると、なにやら瓶のようなものを片手に持ったユーインの姿が。廊下の灯りに照らされる彼の横顔は相変わらずとてもきれいで、眼福である。


 ……まあ、目の保養として眺めるだけじゃ済まないこの人が、私の胃痛の原因なんだけどね!


「ユーイン……それは、お酒?」

「ええ、アラスター様が飲みたいとおっしゃっていた銘柄です。寝酒としてお届けしたのですが……キーリ様は、お部屋に戻られる途中ですか?」

「……そんなところ」


 ユーインは優しく問うてくるけれど、彼の目を見るのが怖くてつい視線を逸らしてしまった。彼の青紫の目はとてもきれいだと思うけれど、彼が「口説き文句の先生」になった今は、純粋に見とれることができない。


 ……ひとまず、退散だ。


「それじゃあ、私は部屋に戻るわね」

「部屋までお送りしますよ?」


 結構です、と言いたかったけれど、ぐっと言葉を飲み込む。


 礼法の教本には、「身分の高い女性が低い男性にエスコートを申し出られた場合、よほどのことがない限りは受けるべきである」とあった。

 下々の者の手を借りるというのは、権力者の立場を明確にするためにも必要なことらしい。別に部屋まで送られなくても迷ったりしないけれど、ここで突っぱねるのは令嬢として不合格なのだ。


「……頼むわ」

「はい、喜んで」


 ユーインは本当に嬉しそうに言うと、それまで持っていた酒瓶をほいっと上に投げた。思わず腕を伸ばしそうになったけれど、酒瓶はふわりと宙に浮き、そのまま平行移動しながら廊下の奥に飛んでいった。


「魔法……」

「そういえば、キーリ様の世界には魔法が存在しないのですよね。不便ではなかったですか?」


 思いがけずユーインは、私に話題を振ってくれた。「口説き文句の先生」ということで身構えていたけれど、特に変わった様子も私に迫ってくる雰囲気もない。


 ……警戒しすぎていたのであって、普通に会話すればいいのかもしれない。

 私は肩に込めていた力を少し抜き、彼を伴って歩きながら答える。


「魔法はないけれど、その代わりのものがあった。さすがに今みたいにものを宙に浮かせることはできなかったけれど、ほとんど手を使わずに食べ物を冷やしたり掃除をしたりといったことは、技術の進歩によってできるようになったの」

「それは興味深いですね……私は生まれた時から魔法を使えるので、逆に魔法が存在しない世界というのが想像できません」

「あはは、そうかもしれないね。私も初めてセリーナに魔法を見せてもらった時は目の前の光景が信じられなくて、叫んでしまったから」


 本当のところの「初めての魔法」はユーインが森で私を眠らせた魔法だけど、セリーナは手の平から炎を噴き出したり花を出現させたりと、私を驚かせてくれた。


 ブラッドバーン家の先祖はそれなりに名のある魔法使いで、皆も平均よりかなり高い魔力を持っている。それでも使用人であるユーインの方が魔法の扱いに長けているのだ、とアラスターが教えてくれたっけ。


 ユーインと話をしながら、廊下を歩く。そうして分かったのだけど、養父も言っていたように彼は話術が巧みなだけでなく、かなりの聞き上手だった。


 私が日本で使っていた電化製品を話題に挙げると興味深そうに聞き、私の説明がごちゃごちゃしていても、「今のは、……ということですね」と非常に分かりやすく的確にまとめてくれる。

 質問する時も私が答えやすいような形で問うてくれるから、こっちもぽんぽんとリズムよく答えられた。


 ……うーん。彼のことをちょっと穿った目で見ていた過去の自分に、説教しなければならないだろう。

「口説き文句の先生」ということで警戒してしまったけれど、普通に話せばなんてことない、気さくでノリのいいお兄さんじゃないか。


 お喋りをしながら歩いていると、部屋までの時間もあっという間に感じられた。

 私の部屋のドアの前で立ち止まり、ユーインはおじぎをした。


「おや、もう到着してしまいましたね。楽しい時間はあっという間に過ぎる、というのは本当ですね」


 残念そうに言われるので、私も素直に頷いた。


「ええ。私も、あなたと話ができてよかったと思ってる。もうちょっと色々お喋りしたいと思ったくらい」

「そうですか」


 ユーインが相槌を打っている。私は、それじゃあ、ということで部屋のドアノブに手を掛けて回し、ドアを開け――


 腰に、何かが当たった。

 そしてくるんと体が回転して、後方から引っ張られ――


「……あれ?」


 気が付けば私は、ユーインもろとも部屋に転がり込んでいた。

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