第4話
気が付いたら、私はブラッドバーン家の屋敷で介抱されていた。すぐに駆け込んできた美少女――セリーナの魔法のおかげで私はこの世界の言語が理解できるようになり、状況説明もしてもらった。
そうして数日ほど療養したりセリーナたちと話をしたりしながら過ごしたのだけれど、その間、私を最初に保護してくれたあの男性を見かけることがなかったのだ。
私の説明にセリーナはすぐに合点が行ったようで、「ああ、ユーインですね」と納得の顔になる。
「ユーインなら、ここ最近はカジノに出向いています」
「ユーインさんとおっしゃるのね」
「使用人なのだから、呼び捨ての方がいいですよ。彼はうちの従僕ですが、カジノではディーラーとして働いています。顔も頭もいいし魔法の才能にも恵まれているので、お父様もとても頼りにしているのです」
カジノのディーラーっていうと……確か、ルーレットを回したりカードを配ったり、「おやおや、残念でしたね」と言いながら、こんもり盛られたコインをがさっとかき集めたりする人のことだよね? で、従僕ってのは使用人の階級の一つだったような。
「お姉様を保護した日は、偶然彼が森に散歩に行っていたのです。あそこは動物が寄りつかない場所なのですがユーインは人の気配を感じ、もしかして噂のみに聞く異世界人かと思って探したところ、お姉様を見つけたそうなのです」
「……そうだったのね」
確か、異世界人は事故によって、あの森に落ちてくるのだと言っていた。現在の国に異世界人として申し出ても、保護してもらえるとは限らない。
ユーインが私を屋敷に連れて帰ってくれなければ、森で迷子になって餓死していたかもしれないし、国に連れて行かれてそれこそ見せ物にされていたかもしれない。それくらいなら突貫お嬢様になる方がずっとマシだから、彼には一度お礼を言いたいと思っていたんだ。
そう言うと、セリーナは首を傾げた。
「ユーインにお礼、ですか。まあ確かに、魔法で眠らせたお姉様を抱きかかえて彼が戻ってきた時は驚きましたね」
あっ、抱きかかえられていたんだ……てっきり担がれたとか背負われたとかって思っていたけれど。羽根のように軽いとは言えない私を抱っこするなんて、相当腕に負担が行っただろう。それも含めて礼を言いたい。
「ユーインは今日、帰ってくる予定になっている?」
「そうですね……彼は昨夜から今朝まで夜勤で、カジノの仮眠室で休んでからこっちに戻ってくるはずです。よかったら、彼が帰って着替えをした後にお姉様の部屋に来るよう言っておきましょうか?」
「う、うん。そうしてくれたらありがたいな」
こういう時、日本であればお礼を言いに行く私の方から彼の部屋を訪ねるべきなんだろうけど、今の私はインスタントとはいえお嬢様で、彼はブラッドバーン家の使用人だ。セリーナの言うとおりにした方がいいんだろう、多分。
その後、午後のお茶をしながら侍女長やセリーナ、シャノンと一緒に今後の教育計画を立てた。
「キーリ様には、礼法、ダンス、読み書きを基本に学習していただきます」
屋敷の女性使用人を束ねる侍女長に言われ、テーブルにたんと積まれていた様々な教本を見ていた私は顔を上げた。
「わ、分かりました。あの、あまり勉強は得意ではないのですが……頑張ります」
「そう固くならなくてもいいのですよ。旦那様もおっしゃったように、結婚ための準備だと思ってください」
「……その、私の結婚相手となる方は、私が異世界人だと知って結婚してくれるのですよね?」
「ええ、そのような人を旦那様やアラスター様が見繕います。ですから教育に関しては、あなたが夫人として人々と接する際に必要なものだけに特化するのです」
侍女長に言われ、ああそういうことかと合点が行く。
この国には、魔力こそ正義と考える人もいる。そういうのは貴族に多く、私が異世界人――つまり魔力なしだと分かると、明らかに差別したり見下したりするそうだ。だから、私が異世界人であるというのは秘密にするべき。
侍女長曰く、人間の魔力保有量は肌に触れれば分かるそうだ。つまり私は結婚しても、素肌に触れられず、身の振る舞いとかでぼろが出なければ、異世界人だとばれることはない。
だからひとまずのところ、結婚してこの家を出てもぼろが出ないよう、この世界の礼儀作法と上流市民階級の夫人の必須スキルであるダンス、そして生きていくために必要な読み書き能力だけは身につけなければならない。歴史とか政治経済とか、そういうのは後回しでもいいってことだ。
侍女長に勧められ、礼法の教本を開いてみた。まだ読み書きはできないけれど、幸いこの本はイラストが多くて、ぱっと見ただけでもなんとなくの概要は掴めそうだ。
といっても、この世界は礼儀作法の一つを取っても地球とは異なる。頷けば「はい」、首を横に振れば「いいえ」、首を傾げたら「なぜ?」を表すのは共通しているけれど、おじぎの仕方、部屋に入る時の作法、食器の持ち方も全く異なる。
「あ、ここに食事の作法がありますよ」
セリーナに言われてそのページを見たけれど……うっ、私これまで、ナイフとフォークの使い方が間違っていたみたいだ……!
なんか変な形の食器があるな、と思っていたけど、あれはバターナイフだったんだ……これは襟を正して作法の勉強をしないと、それこそぼろが出てしまう!
そんなこんなで話をしながらティータイムを過ごしたのだけれど、皿に載っているお菓子は見たことがあるものもあれば、素材も味も想像できないものもあった。
スコーンっぽいな、と思ったけれどナイフを突き立てないといけないくらい硬かったり、赤いからイチゴ味だろうと思って舐めたらものすごく酸っぱかったり、ホットチョコレートのようだと思って舐めてみたら本当にチョコレート味だったりと、一つ一つ食べるたびに驚きの連続だ。
普段の食事も、見た目と色と味が私が知っているものと一致しないものが多くて、給仕してくれる使用人に色々尋ねているんだ。
ぼろが出ないよう、知識は蓄えておかないとね!