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第2話

 ブラッドバーン家には、二人の子どもがいる。次期当主である長男のアラスター様と、その妹であるセリーナだ。


 セリーナは異世界に連れてこられて混乱する私に親身になって寄り添い、相談に乗り、この世界についてたくさんの話をしてくれた。年は十七歳とのことだけれど私よりずっと大人びた顔つきだから、お互い「キリカ」「セリーナ」と呼ぶ仲になった。


 アラスター様には既に奥さんがいて、普段は屋敷の離れで夫婦仲睦まじく暮らしている。セリーナはまだ独身だけど、大商家ブラッドバーン家のご令嬢ということで、裕福な市民のみならず、貴族からも求婚されているという。


 セリーナは金の巻き毛にヘーゼルの目の美少女だから、引っ張りだこになるのも納得だ。当主も、愛娘の婿にふさわしい男を見定めているという。


 ……で、そんな中当主は、私に養女になってくれと申し出てきた。セリーナがいるのにどうして、と問うたけれど、簡単に言うと「娘は一人でも多い方がいい」とのことだった。


 ブラッドバーン家は爵位がないしものすごく高名な魔法使いを輩出しているわけでもない。でも、リベリア王国の流通を牛耳っているだけでなく、王都に複数存在するカジノを経営していて、そこらの貴族よりよっぽど金持ちだ。


 そんなブラッドバーン家と縁組したいという者は多く――要するに、実子セリーナの婿の最有力候補とまではいかずとも、第二候補くらいの男を捕まえてくれる娘がほしかったそうだ。


 夫人は、セリーナを生んで間もなく亡くなったとのことだ。当主も再婚する気はないらしいので、第三子は望めない。ならば養女をもらうのがいい。しかも異世界人の私には親戚がいないので、扱いやすいそうだ。


 その他諸々の理由があり、当主は私を遠縁の娘として登録し、自分の養女に迎えたいと思っているそうだ。私にはよく分からないけれど、魔力を持たない私でも養子にすることで、ブラッドバーン家にとっては利益にしかならないそうだ。


 養女になったら淑女教育を受け、いずれ当主が決めた相手と結婚する。ただ、相手は家族全体で吟味し、私が異世界人でも気にしない、誠実で、優秀な男を必ず見繕うと約束してくれた。


 人と人との信頼を何よりも重視する商人ということもあり、ブラッドバーン家の人たちは「約束」を絶対に破らない。それに、私は行く当てがないし、ブラッドバーン家の養女になれば衣食住も確保できる。

 ……よく知らない相手といずれ結婚するというのはちょっと気が引けるけれど、文句を言える立場じゃなかった。


「……分かりました。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「うむ、こちらこそ感謝する。……これから君はキーリ・ブラッドバーンだ。よろしく頼むぞ」


 ブラッドバーン当主――私の養父は、心底嬉しそうに笑って言ったのだった。









 私は、キーリ・ブラッドバーンになった。

 ブラッドバーン家当主の従姉の子で、両親の死後、使用人たちに育てられてきたが、二十歳になったのを機に王都に上がり、当主の娘として養女登録された――ということになっている。


 当主の従姉は実在した人物で、二十年ほど前に事故死したそうだ。彼女には子どもがいなかったが、生前「もし何かあれば、自分の名を使ってくれて構わない」と言っていたらしく、ちょうどいいので彼女には恋人との間に生まれた娘がいたということにしたらしい。


 つまり、私は物心付く前に生みの母と死別し、つい数ヶ月前に王都に来たばかりのあか抜けない娘、ということになっているのだ。私はこの世界の礼儀作法はからっきしだったから、そういう設定にしてくれたのはありがたかった。


 私はこの世界に来た当初、皆の喋る言葉が一切理解できなかった。でもセリーナが魔法で、言語を理解できるようにしてくれたので、話す聞くに関しては問題なく過ごせている。

 ただ読み書きまでは魔法ではどうにもならなかったらしく、淑女教育をするにあたり、子どもが使うような教本で字を書くことから始める予定だという。


 ちなみにこの世界はヴィクトリア朝イギリスくらいの文明で、電気やガソリンなどの燃料を魔法で補っている感じだった。


 侍女に手際よく着せられたドレスはいわゆるバッスルスタイルに近く、レースやチュールで華やかに飾っているわりにはスカートの広がりは控えめで、お尻の方に布を固めてシルエットを作っていた。社会科の教科書に載っていた鹿鳴館のドレスっぽいかな。


「……これ、ドレスが浮いていない?」

「そんなことありません! お姉様にとてもよく似合ってらっしゃいます!」


 鏡の前でにらめっこしていると、セリーナがはしゃいだ声を上げた。

 養女とはいえ大商家ブラッドバーン家の娘になったので、私は身分相応の生活を送ることになる。

 当然、着るものもセリーナと同じくらい立派なドレスで、こんな素敵なものを私ごときが着ていいのかと、尻込みしてしまった。


 私のために仕立ててくれたというドレスは既に、クローゼット一つを占領するくらいまでになっていた。金髪にヘーゼルの目のセリーナのドレスが暖色系が多いのと対照的に、黒髪黒目の私用には、青や緑、紫などの寒色系のものを揃えてくれた。


 今日着せられたドレスも少し暗めのエメラルドグリーンで、全体的に装飾が少ない。その分、袖口のフリルやスカートのドレープ部分、喉元のリボンなどの意匠を凝らしている。外出時にはこの上にケープを羽織り、つばが広くてリボンや花などを飾った帽子を被るそうだ。


 セリーナは私が姉になると知って、とても喜んでくれた。そして私のことを「お姉様」と呼び、こっちが申し訳なくなるくらい親しんでくれていた。絶世の美女ならまだしも、こんなこけしが姉ですまん、と思うけれど、私の容姿は別に気にならないそうだ。


 どうやら遠く離れた異国には醤油顔の人種もいるらしく、私はブラッドバーン家の遠縁の娘が旅人との間に生んだ子ということになったようだ。そんなんでいいのだろうか……。

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