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第1話

 子どもの頃、私は将来の夢を聞かれたら、「おじょうさまになりたい」と言っていたらしい。


 多分、童話に出てくるお姫様に憧れていたんだろう。でも、「お姫様」は王様の子どもだから、サラリーマンの娘である自分がなるのは難しい。

 それじゃあ「お嬢様」くらいなら妥当だろう、と思っての発言だったのだろうと、今では分かる。


 そんな私もいつの間にか二十一歳になった。もし同じような質問をされたなら、「石油王の第三十夫人くらいになりたい」と答えると思う。色気も華もないこけしだけど、それくらいなら許されるだろう。


 いやだって、石油王の愛人になったらお小遣いガッポリじゃない? 毎月百万円くらい振り込んでくれるなら、名ばかりの愛人だろうとオッケーオッケー。


 そうしたら、「ごっめーん! パパが病気でぇ」とか言っておきながら彼氏とのデートに行くクソ女に仕事を押しつけられずに済むし、「今月のノルマはここまでね。えっ? 無理? じゃあクビだけどいいの?」と無理難題を吹っかける上司にへつらう必要もない。


 短大卒業後に就職した会社はパワハラとモラハラの嵐だけど、給料は悪くない。だからハゲそうになりつつも頑張っていた。


 いつか、もっといい条件の職場が見つかったら、さっくり辞めてやる。

 お嬢様になる、石油王の愛人になる、なんてのは夢物語だと分かっているから、今を堅実に生きていきたい。


 ……そう思っていたのだけれど。


「キーリ様、上の空ですね?」


 つう、と細い指先が喉に触れ、悲鳴を上げそうになる。

 いや、だめだ。ここで悲鳴を上げれば、余計面倒なことになるのは分かりきっている。


 悲鳴を飲み込み、かといって顔を歪めたりもせず、私は鉄壁の微笑みを心がける――が、甘い声はなおも私を苛み、甘美な泥濘に引きずり込もうとする。


「だめですよ、これも授業の一環なのですから。……さあ、続きをしましょう。教本の五十二ページを開いてください。……上手にできたら、ご褒美をあげますからね?」


 床次とこなみ桐花きりか、二十一歳。

 現在、異世界にて壮絶なほど色っぽいイケメンにでろでろに口説かれています。


 辛いです。











 あれは、今から一ヶ月ほど前のことになるだろうか。


「ごっめーん! おじいちゃんの体調が悪いらしくってぇ、すぐに帰ってこいって言うのぉ。いっつも悪いけど、後はユカジちゃんにお願いするね!」


 黄色に染めた髪をぐりんぐりんに巻いたその女は、言うだけ言うと私に書類の束を押しつけ、軽い足取りで退勤していった。正直、「あんたは何遍自分の親戚を瀕死にすれば気が済むんだ」って言いたいし、もし彼女の言っていることが事実ならお祓いでもしてもらうべきじゃないかと思う。


 ちなみに「ユカジちゃん」というのは、彼女が勝手に付けた私の渾名だ。「床次」という名字だからだろうけど、その呼び方は小学生の頃にムカツク男子が呼んでいたのと同じなので、ぶっちゃけ嫌いだ。

 でも本人にそれとなく言っても、「えー、ユカジちゃん、可愛いからいいじゃん!」という謎理論で返されてしまったので諦めた。


 はいはいどうせ彼氏とのデートなんでしょー。自分はコネ入社だからやりたい放題、もし私が逆らえば社長にチクってクビにさせるんでしょー、と言いたい気持ちを抑え込み、鉄壁の笑顔で書類を受け取った。彼氏にフられてしまえ、と呪いを掛けながら。


 短大卒の冴えないOLである私は、職場の華として男性社員にちやほやされる彼女に逆らうことはできなかった。いつものように無言で書類を受け取り、黙々と作業をする。

 言い返したいけれどクビになるのは嫌だから、仕事を押しつけられても我慢する、そんな毎日。


 で、こりゃ長丁場になるわと思った私は、財布を手に缶コーヒーを買いに休憩室に行ったのだけれど――気が付いたら、異世界に移動していた。ええ、自分でもわけが分かりませんとも!


 休憩室からどこかのこんもりした森に移動した私は混乱して途方に暮れていたけれど、そんな私を保護してくれた人がいた。


 魔法が存在する異世界の王国、リベリア。保有する魔力量と爵位の有無が立場を左右するこの世界で、平民でありながら優れた魔力と財力によって権力を握る大商家・ブラッドバーン家。

 その使用人が森の中で私を見つけ、ブラッドバーン当主に掛け合って保護してくれることになったのだ。


 あの森にはたまに異世界人が落っこちてくるらしく、そういう人は国に保護されることが多い。何らかの「事故」によってあの森に落っこちた異世界人が元の世界に戻る術はないらしく、私も最初の数日は泣くわ喚くわ八つ当たりをするわで、皆に迷惑を掛けてしまった。


 ブラッドバーン家の当主は厳つい見た目の割に気さくなおじさんで、国に異世界人として申告するかどうか尋ねてくれた。

 ただし、当時の上層部の気分によって異世界人への扱いは大きく異なるらしく、異世界人嫌いの国王の治世だった場合、魔法を使えない異世界人は見せ物にされたり売り飛ばされたりと、さんざんな目に遭うそうだ。


 現在の国王は穏和な青年王だけど周りの重鎮がきな臭いので、国に保護されるよりもブラッドバーン家に引き取られ、家事手伝いでも何でもするから生き延びたいと申し出た。


 そうすると当主は葉巻をくゆらせ、大きな傷のある顔を緩めて笑った。


「そうか、何でもしてくれるか」

「は、はい。あの、ただ私ごときにできることは限られているし……その、痛いのとか怖いのとかは遠慮したいな、なーんて……」

「そんなに縮こまらなくていい。むしろ、君にしかできない頼み事があるんだ。怖くはないし……まあ、痛くもないはずだから、受けてくれると嬉しい」


 なんで「痛くもないはず」ってちょっと言葉を濁したのかは気になったけれど、この当主は見た目を裏切るほど陽気で優しい人みたいだから、奴隷扱いはされないはず。


「はい! いったい何のお仕事でしょうか」

「うちの養女になってくれ」


 ぷかぁ、と口から煙を吐き出し、不良すら怯えるような厳つい顔で微笑む当主は、さらりと言ったのだった。

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