"僕"
そこそこ長いです。
気がつくと目の前に僕がいた。何が起こっているかさっぱりわからない。どうやら相手のほうも同じようで、こちらを見て困惑している。だが次の瞬間、彼は僕を見て笑った。それはどうやら状況を把握したというのを意味するらしかった。小さく何かを呟きながら、にやにやと笑っている。正直とても薄気味悪いが、この状況を説明できる解がある。これは夢なのだ。とても気持ち悪い夢。それですべて説明がつく。そうと決まればやることは決まっている。僕は思いっきり自身の頬をつねった。ちゃんと痛い。だがしかし、依然として状況は変わっていない。目の前には僕がいるし、彼は僕を見てにやついている。どういうことだろうか。もしかしてこの痛いのも夢で、実際には僕の体は動いていないのかもしれない。明晰夢ってやつで、こんなに意識がはっきりとしているのは夢を夢と認識できているからと考えることもできるだろう。そしてこれが明晰夢なら、思う通りの現象を起こして遊ぶこともできるだろう。試しに僕は、目の前の僕に水がかかるところを想像した。そして、それは起こった。僕でない僕は急に宙から現れた水を浴びた。そしてようやくそのにやけ顔をやめた。
「急に何すんだよ!びっくりしたじゃねえか!急に水かけるなんて失礼だと思わねえのか!?」
突然の怒号に僕は思わず怯んでしまった。予想以上に相手に怒られたから。
「ご……ごめんなさい………」
それにしても見た目は僕でも性格は僕には似ていないようだ。僕は激しく怒るようなことは滅多にしないし、するとしても相手のことを思ってやる。それに、無闇に怒声を飛ばしたりしない。こんな怒り方をしたのなんて、最後にしたのはいつだったかというほどだ。
そこで僕はとんでもないことに気がついた。過去の記憶が一切ないのだ。僕が覚えているのは、ただ自身についてのこと、それだけである。どんな生活をしていたか、知識として思い出すことはできる。だが、具体的に思い浮かべることはできない。というか、目の前の人間が本当に僕と同じ容姿をしているのか怪しくなってきた。一応、僕の記憶には僕の容姿がある。それは鮮明に記憶しているし、鏡に映った綺麗な姿をありありと思い浮かべることもできる。突如、違和感を覚えた。何かがおかしい。普通、こんな綺麗に自分の姿を覚えているものだろうか。というか、何故僕の記憶には後ろから見た姿もあるのか。見えないはずの部分まで丁寧に覚えている。わからないはずなのに。この記憶は一体なんなんだろうか。いや、これは夢だ。きっといつか見た人体図鑑か何かを利用して勝手に脳内で補完されているのだろう。脳とは不思議なものだ。きっとこんな夢を見たのにも何か意味があるに違いない。起きたら調べてみるとしよう。問題は、その起きる方法なのだけれど。
「お前、さっきからなんで黙ってるんだよ?もしかして今の状況がわかってねえのか?わかってたら俺を消そうとするはずだもんな?」
「消す…?どういうこと…?意味がわかんないから黙ってるだけだよ。だってこれ、夢でしょ?」
何やら目の前の僕は物騒なことを言っている。消すなんてやり方がわからないうえ、動機もない。そもそも現状がわからない。どうやら彼はその全てを知っているらしいが、僕が知りたいのは現状だけだ。だが彼は僕に敵意を抱いているらしく、話を聞くためには誤解を解いてそれを解消してもらったほうがいいだろう。
「あなたがどう思ってるのかは知りませんが、僕はあなたを消すつもりなんてないし、現状だってわかってません。だから話を聞かせてもらえませんか?まずは現状から」
「ハハハハハ!そいつはいいなあ!じゃあ説明してやるよ!ハハハハハ!ついてるぜ!!」
高笑いされてしまった。だがどうやら話は聞かせてもらえるようだ。よかった。これで現状を把握できる。そうすれば、この夢から出る方法だって見つかるだろう。
「ありがとうございます、まずここはどこなんですか…?」
「ここかあ?ここは……そうだな…夢の中だよ!そうだ!夢の中だ!そんでお前が夢から覚めるためにはどうにかして自分をやらなきゃなんねえ、方法はなんでもいい。ナイフでもハンマーでもな!」
「そ……それってつまり自害する必要があるってことですか…?」
彼の話が正しいとすれば、僕はさっき水を出したみたいな感じで、なんらかの凶器を取り出してそれで自分を傷つけなければならない。とても苦痛が伴うが、それでこの夢から覚めることができるならまぁいいだろう。でも、せっかくなんでもできる夢の中なら、もう少し居座って遊んでみるのも悪くないのかもしれない。ここが夢の中だと知って安心したからか、どっと気が抜けてしまった。だがそんな僕を見て、彼は警告してきた。
「そうそう、言い忘れてたがこの夢には時間制限がある。それを過ぎると一生寝たまんまになるから気を付けろよ、ひゃはは!」
「な…………っ!」
そういうことはもっと早く言うべきだと思う。僕は途端に焦って、ひとまず銃を出してみる。具体的な造形を知らないためか、出てきた銃は安っぽく威力の低いもののように見えたが、夢の中なら何の問題もない。そうだ、わざわざ傷つける必要はない。僕が想像すればいいのだ。この銃で撃たれた者は傷もなく苦しむこともなく即座に絶命する。そう設定してやればよいのだ。なぜこんな単純なことに気づかなかったのだろう。念のため、彼に残り時間はどのくらいか聞いておこう。ギリギリまで遊んでいたい。ついでに気になることもあるし。
「時間制限まであとどのくらいなの?あと、なんでそんな親切に教えてくれるの?あなたは誰?」
「時間制限は短くてなぁ、もうすぐだからここを楽しんでる暇はねえよ!俺が親切に教えてやってるのは、俺がお前の分身みてえな存在だからだよ、はははは!」
やたらと笑う僕の分身だが、まあそういうことらしい。それなら躊躇している暇も理由もない。僕はこめかみに銃口を突き付け、引き金を引いた。
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