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吾輩は剣である。
名前はまだない。いや、かつてはあったのかもしれないが、今となっては時の彼方だ。
一番古い記録は作った人物の満足そうな顔。
ひたすらに頑丈にと鍛えられた刀身に、映り込んだ彼の姿だ。
何かを言われた様な気もするが何も憶えていない。ただ、自分が何者であるのかさえ判然としないまま、以降人々の腰に提げられていた。
長い時をあれば、担う者も移り変わる。
あるときは盗賊の手に、またある時は戦士の手に。蛮族と呼ばれる人々に握られる事もあった。
多少研ぎ減らされはしたものの、たき火に突っ込まれたりしなかっただけ運が良かったのだろう。
ときに埋もれ、ときに飾られ、ときに使われながら吾輩はただ剣であった。
直近での担い手は墓荒らしであった。
彼は苦労の果てにこの場に辿り着き、運良く見つけた石室の引き上げ戸を、隙間に吾輩を突き込みこじあけようと努力した。
しかし、疲れが祟ったか。こじった際にバランスを崩し、吾輩を掴んだまま後ろに転倒。折れるかと思う程吾輩をしならせた上で手を離した。
限界までしなりこそしたが、曲がりも折れもしなかった吾輩は頑丈そのものだ。
そして、起き上ろうとしたところに運悪く──当然と言えば当然の結果なのであるが──しなりで跳ねかえった吾輩の、鋼で出来た柄頭が直撃。
重く鈍い音が石室に響き、哀れ墓荒らし氏はそのまま、もの言わぬ骸に変わった。
それから幾らかのとし月が流れ、幾人もの人がこの場を訪れた。その中で漏れ聞いた話によれば、ここはある偉大な王の墓であるらしい。
とし月の中で記録された知識から、吾輩にも聞き覚えのある名ではあった。
なんでも墓の場所こそ知られども、これまで墓室が見つかっていなかったとかなんとかで、墓荒らしの間では一攫千金の機会があると囁かれていたらしい。
吾輩も、この部屋は石積みを動かした先にあった部屋だったと記録している。
そこに忽然と現れたのが、吾輩とよそ者の、運が良くそして運が悪い墓荒らし氏の遺体である。
墓荒らし氏達の中で、彼は吾輩の持ち主(人違い)である王の逆鱗に触れ、吾輩によって誅罰を受けたと噂されたとか。
真実はもっと間の抜けた話であるのだが。とは言え、伝えようのない真実は噂にかなわない。
やがて噂は近隣へと拡がり(そんな話を入ってきた新参の墓荒らし氏が言っていた)、吾輩の元を訪れる人間も数を減らして行く。
そうして、千年の時が流れた──