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この初恋は譲れない  作者: 花田藍色
あなたの恋を叶えてあげる
9/27

03


 スーイは何度かアリーとレンリーの顔を見比べ、深く長い息を吐いた。そうして観念した顔つきで「本当はずっと言わないでおくつもりだったんだけど」と話し出した。

「僕はさあ、みんなと違って普通の人には見えないものが見えるんだよ。なんていうか……幽霊って言えばいいのかなあ」

〈ゆうれい……幽霊!?〉

「ええっ?! 本当に?」

 一緒になって目を丸くして驚いてみせる姉弟に、スーイは呆れた目で「キミらって本当にそっくりだよね」と呟いた。


「さっき幽体離脱って言ったけど、アリーはほとんどその状態に近いんじゃないかなあ……たぶんだけど。精神が身体から分離してるでしょ。普通の幽霊はさ、僕には何からも切り離されたように見えるんだけど。でもアリーの場合は……何て言ったらいいかなあ……紐というか糸みたいなものが見えるんだよ。細い糸みたいなのがくっついて見える。きっとアリーは生きたまま精神と身体が分かれてしまったから、普通の幽霊と違って完全には離れきることができずにいるんじゃないかなあ……。糸の先を追ったら、たぶん兄さんの部屋に行き着くんじゃない? そこに身体があるなら」

 スーイは言葉を選びながらこんこんと説明を続けた。だがアリーとレンリーには驚きの連続で事態を上手く飲み込めずにいるのが目に見えて分かった。

「つまりさあ……僕には幽霊が見える。小さい頃から。今のアリーは幽霊に近い状態。だから見えたってわけ……分かった?」

 アリーとレンリーは目も口も大きく開いたまま、じっとスーイを見つめた。あまりの間抜け面にスーイはクスリと漏れる笑いをこらえる。


 先にスーイの言葉を飲み込んだレンリーが額に手をあてながら「待ってよ、ちょっと待って」と言う。

「ということは……え? ずっと幽霊が見えてたってわけ? いやでもでもでも! みんなで肝試しとか昔はよくしたじゃん。その時にも何も言わなかったじゃん?!」

「じゃんじゃんうるさいなあ……」

 動揺するレンリーの主張を聞きながらアリーは昔のことを思い出す。

 幼馴染であるアリーたち姉弟とジンたち兄弟は、昔から四人一緒になって遊んでいた。ずいぶん幼い頃には四人で肝試しをしたこともある。

 ジン宅の別荘近くで見つけた古い廃墟に、大人たちには内緒で深夜に忍び込んだのだ。屋敷内を一周して帰るはずが、途中でスーイとはぐれてしまった。大捜索の末に帰宅した時にはすでに大人たちが玄関で仁王立ちをしていたのが、今でもアリーの脳内にありありと思い出される。あの時の両家の両親の顔が蘇り、アリーはぶるりと身震いをした。


「見えてたよ、そういう時もばっちり。本当に幽霊がいたこともあったし、いなかったのにアリーもレンリーも怯えて風の音で叫んだこともあったね。大人にバレたいんだかそうじゃないんだか、はっきりしてほしいくらいにさあ」

「怖かったんだから仕方ないだろ! ……ん? 待って。今、いたって言った?」

〈……え? 幽霊、本当にいたの……?〉

「いたよ。本当に。三回に一度は」

「ギャーッ!」

〈ギャーッ!〉

 レンリーとアリーは声を揃えて叫んだ。在りし日の肝試しを思い出しながら、スーイは耳を塞いで「心底キミたちそっくりだね」と冷静に言ってのける。


「だからさあ、レンリーもやろうと思えばアリーのことを見ることはできるはずなんだよ。子どもの頃はできたんだから」

「ええ?」

〈どういうこと?〉

 スーイは一度目を反らし、そうしてゆっくりとアリーとレンリーの目を見た。

「言わないでおこうと思ってたんだけど、レンリーも本当は幽霊が見えるんだよなあ」

 レンリーは目を丸くさせて言葉をじっくり飲み込むと、勢いよく首を横に振る。

「いやいやいや! うっそだー! 俺、幽霊とか見た記憶なんて無いぜ?」

 激しく否定してみせるレンリーを、スーイはまるでかわいそうな物を見るかのような憐憫の目を向ける。

「そりゃそうだよ……レンリー、昔は見えてたやつらのこと、幽霊って気づいてなかったんだからさあ……」

「ギャーッ!」

〈ギャーッ!〉

 レンリーとアリーは再び声を揃えて叫び声を上げる。その間にも「道端で話しかけたり頻繁にしてたよね。結構マズいことに巻き込まれかけたことだってあったしさあ……。昔はわざとやってるのかと思ってたけど、本当に人間と勘違いしてたんだもんなあ」と、スーイは追い打ちのように昔話を語った。


「うそうそ……。ええ、じゃあ俺、今でも普通の人と思って話しかけたら幽霊でしたっていうこともあるってこと? 何それ、めっちゃホラーじゃん」

〈怪談するときはするって言ってよ!〉

「そうは言ってもさあ、怪談っていうか思い出話だしさあ……。ていうか最近は無いし。レンリーはたぶん、もう幽霊がいるなんて心の中で信じてなかったんじゃないの。大人に近づいていくにつれてさ、レンリーは見る数が減っていったように思うんだよね」

 直近の話ではないと知ってレンリーはホッと息をつく。だが少しだけ考えて、「そういうモンなわけ? 信じなくなったから見えなくなったなんて」と首を傾げる。

 アリーもつられて首を傾げる。レンリーの言うこともごもっともだ。もし存在を信じるか否かだけで可視不可視が決まるなら、見たくて見たくてどうしようもない人々にかぎって見えないなんてことはないだろう。かわいそうすぎる。

 そんなアリーの的外れな心配もよそに、スーイはひどく落ち着いた声で「さあ。確かに見る素質があるかどうかもあるんだろうね。だけどさ、個人差はあるだろうけど、世の中そんなものじゃないの。どうせ誰だって、見たいように世界を見ているんだからさあ」と吐き捨てた。


 レンリーは椅子の上であぐらをかき、「なるほどなあ」と言いながら腕を組んだ。

「つまり、俺が幽霊は存在する、そこに姉さんがいる! って心の底から信じられたら、姉さんの姿を見られるし声も聞こえるってことかあ」

 スーイは無言で頷き肯定する。しかしレンリーは「そうと分かっててもなあ。信じるってどうすればいいんだろ。もう結構信じてるつもりなんだけど」と頭を悩ませた。

〈そうねえ……。ここにわたしが居るって証拠をつきつけたら、さすがのレンリーもびっくりして見えちゃうんじゃないかしら〉

「ああうん、そうかもね」

「なに。姉さんが何か言ったの?」

「何かアリーがここに居るって証拠が有ればって話」

 証拠、証拠。言ってはみたものの、アリーはこれといって思いつきそうもない。


「確かに証拠があれば。それかとびっきり驚くようなこと? 姉さんと俺くらいしか知らないことを言ってみる、とか」

 だけどそんなものあっただろうか、レンリーは顎に手を当ててうんうんと唸る。レンリーもアリーも普段から隠し事は苦手だ。嫌いなのではなく、思ったことが反射的に口から漏れてしまうことが多く、嘘をついてもすぐにバレてしまう。

 スーイも同じことを思ったようで、「キミらは隠し事ができないよう、脳が出来ているんだろうね。奇特なことに」と皮肉交じりに呟いた。その皮肉も皮肉と思えない素直さで、アリーとレンリーはごもっともだと頷く。

〈そうなのよ、実は今日、件のご令嬢から『レンリーにその気はないってお伝えして』ってわたし宛に手紙が来てね。でもレンリー、あんなに入れあげていたからふんわり隠しちゃおうかと思ったんだけど。いやでもどう誤魔化そうって考えていたら、こんなことになっちゃって……〉

 それを聞いたスーイが珍しくブフッと噴き出して笑う。

「へえ。だそうだよ」

「いやなんだよ。俺には聞こえないんだって」

 笑いをこらえきれないまま、スーイはアリーの言ったそのままをレンリーに伝えた。


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