表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この初恋は譲れない  作者: 花田藍色
裸の心で世界は変わる
26/27

04


 周りで飛び交う推論を、アリーは唖然として傍観する。

 そんなことってあるのだろうか。疑ってみても、三人がアリーを騙しているようには見えない。騙すメリットも無い。

〈さあ? 一度死んでみたら分かるのではなくて? 試してごらんなさいな〉

「あーあ! さっきまでの殊勝な態度はどこへ行っちゃったんだか!」

 アリーは唐突に天井を見上げながら叫んだレンリーに驚く。

 慌ててスーイを見れば、目の合ったスーイが「プリンセス節のご帰還だね」と肩をすくめた。


〈待って、待って。なんの話?〉

 アリーは肩を震わせて言う。レンリーとスーイは顔を見合わせた。

「そうか、声も聞こえていないんだな」

 ジンがそう言うとアリーは悲壮な顔で〈やっぱり!〉と嘆く。

〈わたしには見えない聞こえない、だけどみんなには見える聞こえる……ホラーじゃない!〉

「いや、姉さんもホラーって言われる側なんだけどね、今」

 フェリアナは空中に腰掛けるようにして四人を見下ろす。そうしてアリーを眺めては〈騒がしい方ですこと〉と呟いた。


〈ああもう、フェリアナさんが消えたってわけじゃないならいいわ! 早く戻らないと〉

 アリーは自分の身体に近づき、その頬に指をかざしてみる。予想通り触れることはできない。

 今度は思い切って腕を胸にしずめてみる。アリーの腕は身体を通り抜け、ソファの中に姿を消す。

 半ばやけになってアリーは自分の身体を抱きしめるようにして、ソファに身を投げた。だがアリーの身体は抜け殻のまま、アリーは〈大変だわ!〉と叫ぶ。

〈どうしよう! 戻り方が分からない!〉


 一連を見守っていたジンもこれには頭を悩ませる。

 アリーを含め四人は、てっきりフェリアナがアリーの身体を解放すれば自動的にアリーは元に戻るのだと思っていたのだ。

「フェリアナ嬢。どうすればアリーは戻れるんだ?」

 ジンは空中のフェリアナを見上げて尋ねる。

 しかしフェリアナはぷいっとそっぽを向いて、つれない態度で答える。

〈さあ存じませんわ。だって、わたくしが彼女を追い出したのではないのですもの。彼女が勝手に身体から出たのに、わたくしにはどうすることもできませんわ〉


 渋い顔でジンはフェリアナを見上げる。

 そんなジンを見て、アリーは何か悪いことでもあったのかとジンに声をかけた。

 フェリアナの返事をジンから聞いたアリーは〈た、たしかに……〉と肩を落とす。


 アリーは身体から精神体が抜け出た瞬間のことを思い出す。

 アリーの精神が身体から離れたのは、フェリアナに身体の自由を奪われ、自分では動くことも喋ることもできずにいた時だ。

 ジンの部屋に続く階段をのぼる途中、ジンに婚約破棄の意思を伝えるフェリアナに抗議した瞬間、アリーは自分の身体が精神から離れたことを知った。

 あの時はまるで透明人間のようだと思っていたけれど、まさかほとんど幽霊に近い状態だとは。


 きっとあの時、フェリアナでさえも想像していなかったに違いない。

 抑えつけられようとしていたアリーの精神が、その抑圧から逃れるために身体から抜け出るとは。

 ともすれば、やはりフェリアナの言うとおり、アリーの精神が身体を脱したのはアリーの意思によるものなのだろう。フェリアナにはどうすることもできない。


〈ど、どうしよう……〉

「糸はまだアリーの身体と精神を繋いでる……けど、このままじゃ──」

 スーイは眉間に皺を寄せてうつむく。

〈大丈夫よ。きっと何か方法はあるはずよ〉

 つとめて明るい声を出すアリーを、レンリーが眉を下げて見つめた。

 ジンはフェリアナを見上げたまま話しかける。

「フェリアナ嬢。魔力を提供してもらえないか」

〈ジン?〉

「強硬手段ではあるが……想定の範疇だ。力業で精神を身体に戻そう」

 ジンはアリーを見下ろした。


「兄さん、正気? 無茶だ……出来るわけがない。精神に干渉する魔法に、どれだけ魔力が必要か分かっていないとは言わせないよ」

「魔力なら問題ない。俺と、スーイ、レンリー、そしてフェリアナ嬢の魔力を合わせる」

 ジンは再びフェリアナの顔をうかがう。

 四人を空中から見下ろしていたフェリアナは目を細める。そうして深いため息をついて、ゆっくりとアリーの身体が横たわっているソファへ降下した。

〈……わたくしが助力できるのは魔力だけでしてよ。結果、どうなろうと責任はとれませんわ〉

「ああ、かまわない」

 二人の会話を、レンリーとスーイは神妙な顔つきで聞く。


「他人の魔力は抵抗が強い。複数の魔力を扱うには技量がいる。精神に介入するのだって……」

「承知の上だ。他に方法があるか?」

 スーイは苦虫を噛み潰したような表情で、口を引き結ぶ。

「だけど、最悪……アリーは死ぬ。命を落とさなくても、廃人だ。それじゃ死んだのと同じじゃんか……!」

 やっと想定しうる最悪の事態を知ったアリーとレンリーは、ぐっと息を飲み込んだ。


 アリーは自分の顔を両手でパチンとはたいて、目をしっかりと見開く。

〈ジンの作戦に乗るわ〉

「アリー!」

〈だって、わたしが知っている人の中で一番魔力コントロールが上手くて信頼できるのは、ダントツでジンなんだもの〉

 反論はできないまま、スーイは納得がいかずに拳を握る。

「姉さんはもう決めたの?」

〈ええ。やらなきゃ何も始まらないし、立ち止まってばかりじゃもっと困難になるだけだわ。女は度胸!〉

 アリーはもう一度〈女は度胸!〉と言って、腕を振り上げた。


「ねえジン、それなら俺はどうしたらいい?」

「ありったけの魔力をくれ。純粋に、ただ手のひらに魔力を集めるだけでいい」

「よしきた!」

 レンリーは力こぶをつくって笑う。

「フェリアナ嬢も」

〈……そうと覚悟を決めたのなら、よろしくてよ〉

 相変わらずのプリンセスぶりにレンリーはにやりと笑う。ジンからフェリアナの言葉を聞いたアリーも、つられてにやりと笑った。


 スーイは深い深いため息を長く吐き出した。そうして苛立ったように、がしがしと頭をまぜくる。

「分かったよ……、キミら昔からそういう人だった。一度決めたら止めたって聞きやしないんだから。僕も魔力を譲渡すればいいんでしょ、全部」

 ジンはひとつ頷く。

「ああ。あと、レンリーとフェリアナ嬢の魔力を調節してくれ」

「分かったよ……やればいいんでしょ、やれば」

 スーイは力無い声でそう言い、肩を落としてうなだれた。


 ジンはアリーに向き直り、胸の辺りに手のひらをかざす。

 その手が震えていることに気づいたアリーは、そっとジンの手を両手で握るようにして被せた。

〈ジン〉

「大丈夫、必ず元に戻すから」

〈もし万が一、わたしが死んだら〉

 ジンは顔をしかめ、目をつぶる。

〈わたしが死んだら、わたしたち、世界で最初の幽霊と人間の夫婦ね〉

 アリーはぎゅっとジンの手を握り直して笑う。


 ジンはすぐにアリーの言葉を飲み込むことができなかった。

 ジンの手にアリーの手の感触は無い。だがどこからかあたたかさが伝わるような気がする。

 ぽかんといつになく間抜けな顔でアリーを見つめ、そうして眉を下げながらクククと笑って言う。

「困ったな。結婚するには、世間様に幽霊が居るって証明する論文を発表しなきゃならない。待っていてくれるか?」

〈ジンが死ぬまで待っててあげる〉

 アリーとジンは見つめ合って微笑んだ。


 ジンはすっと息を吸い込み、手のひらに魔力を込めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ