02
「あなたの言う恋なんて、ただのおままごとだわ。だって欲しいもの、欲しくなるの。あの方がわたくしを見つめてくださったなら、わたくしだけを……そう思うことの何がいけなくて? 恋ってそういうものなのだわ、だってどんどん溢れてくる。あの方を独り占めしたくてどうしようもなくなる」
フェリアナは溢れる涙もそのままに胸に手をあてて叫ぶ。
「恋ってもっと汚い気持ちなのだわ。汚くって、醜くて、どんどん自分が自分でなくなるような」
フェリアナの気持ちには、少しだけアリーにも心覚えがあった。
恋は理屈だけではない、不思議な作用がある。
つまらないことで不安になれば、なんてことないことで喜びに変わることもある。
食事会で誰かがジンにアプローチをかけていたら嫌な気分になるし、誘惑されないだろうかと気になってしかたがなくなる。ジンの気持ちが変わっていなかったとしても。
〈だけど、好きって気持ちを醜くするのはいつも自分だわ〉
ぽつりとアリーは呟いた。
その言葉にフェリアナはハッとした顔でアリーをまじまじと見つめる。
「ええー……? いやなんかさ、よく分かんないだけどさ」
レンリーはジンからフェリアナの事情を聞き、そうしてフェリアナを真っ直ぐに見据えた。
「次の恋を頑張るぞっていうのじゃダメなの?」
フェリアナはアリーから視線を外し、間抜けなレンリーの顔をじろじろと見て思わず眉を吊り上げた。
「わたくしの恋はそう簡単に諦められるほど安くはありませんわ!」
しかしレンリーは首をひねって唸る。
「俺の初恋はさ、まあ恥ずかしい話なんだけど、スーイたちのおばさんなんだよね。好きになった時には結婚してるどころか子持ちだし。もう諦めるしかなかったんだけど」
あくまでマイペースにレンリーは語る。フェリアナは口をひん曲げて、まるであなたとわたくしは違うと言いたげな顔だ。
「だけど好きになったことが悪いわけじゃないしね。むしろさ、すごいことだと思うよ、誰かを好きになるって。だって、自分以外に誰かを大切にしたいと思えるってことでしょ? 他人の良いところとか、すごいところとか、そういうのを素直に認めて好きになれるって、簡単なようでとてもすごいことだと思う」
フェリアナはぐっと息を飲み込んだ。
「だから何て言うか……何て言ったらいいか分からないんだけど。成就しなくたって良いかなって。そりゃ結ばれれば最高だけど、諦めないのも悪いことじゃないけど。無理を通して好きな人を不幸にしたら、もっと不幸になるのは自分じゃん」
レンリーはじっとフェリアナを見つめる。
「失恋したって、誰かを好きになれたことは変わらないよ」
フェリアナは言い返す言葉を失って、ただその場にたたずんでいる。
「ふうん。まさかあのレンリーに恋愛についてご弁説していただけるとはね」
スーイが横目でレンリーを見やる。独特の嫌味ではやしたてられたのだと分かったレンリーは、ほのかに頬を赤く染めて「うるさいなあ!」とわめいた。
「だけど……わたくしには、もう次なんて無いのだわ。だって死んでしまっているんですもの……。死んでしまったら、もう、何もかも終わりなの」
〈終わってなんかいないわ〉
アリーは宙に浮いた足を活かして、すうっと静かにフェリアナのそばへ近寄った。
〈幽霊ってもっと一つの気持ちに捕らわれているものだと思ってた。だって、怖い物語に出てくる幽霊は、みんな恨みつらみで会話にもならないし〉
アリーはうつむくフェリアナの顔をのぞき込む。
〈だけどあなたと話して幽霊の定義が変わっちゃった。だってあなた、死んでるのにまるで生きている人と変わらずに怒ったり泣いたり考えたりしているんだもの。……ちょっと仕草は古風だけど〉
アリーの余計な一言に、思わずフェリアナも少しだけ頬を緩ませる。
二人の後ろでレンリーが「ちょっとどころじゃなかったよな? な?」とジンやスーイに話しかけるも、ジンが「こら」とたしなめた。
〈今からだって遅くはないわ! 幽霊になったって、幽霊を見ることができる人間もいるし、他の幽霊に恋したっていいじゃない〉
アリーは後ろを振り返ってジンを見る。
〈ねえ、彼女以外にも幽霊はいるんでしょ?〉
まだフェリアナを『幽霊』とは定義づけしきれていないジンは肩をすくめ、そうして肯定する。
「そうだね、彼女みたいな存在はごまんといるよ」
〈ほら! もしかしたらあなたが生きていた頃よりもずっと昔の、何百年も前に生まれた素敵な方と恋愛ができるかもしれないわ。これは生きていた頃じゃできなかったことよ〉
フェリアナはジンを見て、そうしてもう一度アリーを見つめ直す。
「幽霊が恋愛って変ではなくて? だって、もう死んでいるのよ。結婚も子どももできなくてよ」
ジンはフェリアナの心が揺れ動いているのを感じ取った。そんな機微にアリーは気づかないまま、あっけらかんと笑い飛ばす。
〈いいじゃない、幽霊が恋愛をしたって! 幽霊が恋しちゃダメって法律も無いんだから。それに結婚は相手と気持ちが通じればできるわ。その人との子どもはできないかもしれないけど、だからって恋愛に意味が無いわけじゃないでしょ?〉
アリーはにかっと笑って、〈もしかしたら養子だってできるかもしれないわ。お母さんを求めている子どもの幽霊だっているかもしれないもの〉と言ってのけた。
アリーの提案に一際早く乗ったのはレンリーだった。
「へえ、いいじゃん。ナイスアイデアだよ! もうフェリアナ嬢は自由なわけだし」
「自由?」
フェリアナは鸚鵡返しで尋ねる。
「そうじゃないの? だって、もう家だとか政治だとか、あとはー……魔法解放運動とか。そういうしがらみが何も無いじゃん。誰を好きになっても良いんだよ。あとは誰かを好きになって、ちゃんと好きって伝えて、好きになってもらえるように努力するだけだ」
レンリーはいきいきと答える。小さく「自由」と反復するフェリアナの声に、うんうんと大きくうなずいた。
「まあ、その好きって伝えた時点で、アリーを通してレンリーは何度目かの失恋を迎えたわけだけどね」
「おい! せっかく立ち直ったのに思い出させるなよ!」
スーイがレンリーをからかい、レンリーは勢いをつけて憤慨する。
そんな二人を見て、ようやくフェリアナの表情に微笑みが戻った。アリーもつられて笑みを浮かべる。
遠目に様子をうかがっていたジンは、ホッと息をついた。どうやらジンの想定していた最悪の事態を免れたらしい。
ジンの予想では、あのフェリアナとアリーやレンリーがこんなに打ち解ける未来など存在していなかった。
この部屋で最初にフェリアナと言い合った時のことを思い出す。あの時はまるで話し合いにならなかった。
フェリアナはスーイを高祖父に仕立て上げようと、半ば己に暗示かけるようにしていたし、恋を成就させることだけに目を向けていた。




