01
アリーたち三人がジンの部屋に戻る頃には、フェリアナは目を覚ましレンリーと何やら話し込んでいるように見えた。
話をよくよく聞いてみれば、最初と同じように高飛車なプリンセス節のフェリアナをレンリーの天然ボケがあしらっていたことが分かる。
さすがのフェリアナもレンリーを相手にしてはプリンセス節も不調をきたしたように、疲れ切っている。
いかにも不機嫌そうな顔でフェリアナはソファに腰をかけている。そんなフェリアナをよそに、レンリーは三人を見つけると「遅いぞー!」と叫んだ。
「ねえねえ、びっくりなんだけど! 俺たちが肝試しした廃墟あったじゃん。あそこさ、フェリアナ嬢の家の一つだったんだって!」
アリーは肩をふるわせる。
思い出せるあの屋敷は、荒廃して何十年も経っているのが子供の目でも分かった。
天井は高く、わずかに残ったカーテンや絨毯の切れ端は分厚い素材で、当初はさぞ立派な屋敷だったのだろうと簡単に想像がつくほどには。
だがフェリアナの死後、アリエス家は衰退の一途を辿り、保守派の名誉を回復するために家名さえも捨ててしまった。当然、屋敷のほとんどは解体されてしまったことだろう。
あの廃墟はきっと、フェリアナの生きていた、繁栄していたアリエス家の象徴だったのだ。
そんな廃墟にアリーたち四人が肝試しをすることになろうとは、いったい誰が想像していただろう。
フェリアナの死やアリエス家の衰退とも関係する、魔法解放運動の主導者の子孫とその婚約者家族が、まさか。
アリーはこの偶然か必然か判断しきれない巡り合わせに、恐ろしささえ感じた。
〈フェリアナさん、あなたはわたしの身体を乗っ取って何がしたかったの?〉
アリーは一歩前に出てフェリアナに問う。
フェリアナは何も言わずふいっと顔をそむけた。
〈他人の身体で結婚したって、何も変わらない。あなたが死んだ過去は変わらない。スーイだって、あなたが本当に好きになった人じゃないのよ〉
その言葉に、フェリアナがガタンと大きな音をたてて立ち上がる。
「死んだことのないあなたには何も分からないわ! わたくしの気持ちなんて誰も分かりやしないのだわ……!」
フェリアナはアリーの身体で、ツカツカと勇ましく精神体のアリーへ歩み寄る。
眉間に皺を寄せ眉をつり上げたその形相には、フェリアナの心の中でマグマのような激しい感情の揺らぎがありありと見える。
フェリアナはアリーに近づく。二人の距離が詰まりきる前に、ジンがアリーの前に立ち背中でその姿を隠す。
しかしアリーはジンよりも前に出て首を振った。
〈分かるわけがない、言ってもらわなきゃ何も分かるわけないじゃない〉
立ち止まるフェリアナを前に、今度はアリーが歩み寄る。
「あなたは察するという言葉をご存じなくて?」
〈他人の気持ちなんて想像することはできても、それが合っているかどうかは確かめなきゃ想像のまま終わっちゃうもの。わたしだってあなたどころか、ジンの気持ちも分からない。家族なのにレンリーの気持ちを逐一知っているわけでもない。分かってほしいなら言わなきゃ誰にも伝わらないわ〉
睨みつけるフェリアナの瞳を、アリーは真っ直ぐに見つめ返した。
「あの方への想いは、わたくしに残された最後のひとつなの……! 死んでやっと分かったのよ、わたくしにはもう何も無いの」
フェリアナは声を震わせる。
「お父様もお母様もわたくしをお捨てになったのだわ。だって、そうじゃなきゃ、アリセスの名を捨てることないですもの。アリセスの家と一緒にわたくしのことさえお捨てになったのよ……! お友達だってあれだけわたくしに媚びをうっていたくせに、アリセスの家が無くなったらすぐに手のひらを返したわ」
声は震えているというのに、その瞳に映る燃えるような憎しみの色は鮮やかさを際立たせていく。
「どうしてあの子なの? あの子ばかり恵まれているの? わたくしの方が魔力も高ければ家だって立派だったのよ。髪や顔だって、あの子の方がずっと地味だった。それなのにどうしてあの方はあの子ばかりをかまうの? なぜあの子ばかり。わたくしにはもう、あの方への想いしか残っていないのに、何も報われないまま終わってしまうの……?」
フェリアナは叫びながら両目からひたひたと涙を流す。そうしてうずくまり、「この初恋だけは譲れないの、譲るわけにはいかないのよ……!」とむせび泣いた。
部屋にはフェリアナの悲痛な嗚咽が響く。
かけたい気持ちはあるのに、アリーには返すべき言葉が見つからない。
一番後ろで壁にもたれていたスーイがゆったりと二人に歩み寄る。
「ねえ、譲るとか譲らないとか言ってるけどさあ。キミの恋って、結ばれなきゃ価値の無いものなわけ?」
「何がおっしゃりたいのか分かりませんわ」
フェリアナは多少冷静さを取り戻した顔つきで、しずしずと丁寧な動作で立ち上がる。背筋を伸ばし、真っ直ぐとスーイの瞳を見返した。
「もし僕がただの流され体質で、アリーがもっとお人好しで、レンリーが家族に無関心で、兄さんが婚約者を好ましく思っていなかったとして。たとえ当初キミが望んでいたように、キミが僕を『翡翠の鷹の方』の身代わりにして結婚したってさあ、それ、本当にキミの恋が叶ったって言えるの? そんなことで報われるほどキミの想いは粗末なものなんだ?」
粗末なもの、などと表現されフェリアナは顔を赤らめて激昂する。
フェリアナの事情も知らないレンリーは一人取り残され、「ねえ、アレどういう意味……?」と隣にいるジンにのんきな声で尋ねていた。
フェリアナは言い返そうと息を吸い込む。しかし怒りの感情が振り切れて、唇をわなわなと震わせるばかりで言葉にならない。
そんなフェリアナをよそに、スーイは素知らぬ顔で説き重ねる。
「僕の初恋は叶わなかったけれど、だからといってどうっていうものでもないよ」
「それは、それは! 貴方が本気の恋をしていなかったからではありませんこと……ッ?!」
荒いフェリアナの声も、スーイは肩をすくめてひょいと退ける。
「ふうん、キミって他人の恋が本気とかそうじゃないとか論じられるほど、偉いんだ?」
煽るスーイの文句を前に見守っていたアリーやジンも、〈ちょっと〉「おい」などと言ってストップをかける。
しかしスーイは止まらない。あくまで淡々と、冷静にフェリアナに対峙する。
「僕はキミのように、誰かをおとしめたり奪いたいなんて願ったりするような恋はしていない。そんな醜い恋にしたくなかったからね。僕はアリーのことが好きだったけど、兄さんとの婚約を破棄させようなんて考えもしなかった。きっとそれは、兄さんを好きなアリーが好きだったからもあるけど」
スーイは再びゆっくりと前へと歩き、フェリアナに近づく。手を伸ばせばフェリアナに届くほどの距離まで詰めた。
「人を好きになるって、もっと純粋な気持ちじゃないの。キミのしてることってさ、ただの執着だよ」
そうスーイが言った瞬間、フェリアナは声を張り上げて「お黙りなさい!」と怒鳴りつけた。




