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この初恋は譲れない  作者: 花田藍色
反旗を揚げよ、いざ革命の時
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04


「『彼女は私たちの前で堂々とこう言い放った。我らの身体には同じ血が流れている。同じ血に注がれた志は光を失わない限り受け継がれていく。我々は立ち上がらなければならない。時代は変わる、今を生きる者の前に時代は開かれる。反旗を揚げよ、いざ革命の時。そう言った。研究を利用されたなら、それを覆す研究を突きつけてやればいい。やらなければ、何かを行動しなければ何をも変えることができないのだから。』」

〈反旗を揚げよ、いざ革命の時……〉

 アリーはジンの読んだ言葉を繰り返した。


 ふと思い出したのは、ジンと相対したばかりのフェリアナがソファに座ってジンと言い合いをしていた時のことだ。

 あの時、アリーはフェリアナを受動的な人間だと感じた。どこか自分の思う通りに周りが動くのを待っているような人だと思った。言ってしまえばとても古くさい女性像だとも。

 手記を読む限り、高祖母は現代においてもなかなか過激でエネルギッシュな人間だ。

 高祖母とフェリアナはまるで正反対な性格だ。


「高祖父は魔法不適合者との共存のための研究を、保守派に利用されたってことでしょ? アリセス家への印象は当然悪いわけだ。だけど反比例するようにフェリアナ嬢からの好感度はうなぎ登りで……。それで婚約も決まっちゃうんでしょ? どん底じゃん、フェリアナ嬢。で、やけになって、それで魔力暴走で死んじゃったって?」

 スーイは頬杖をついて鼻で笑う。

「どうだろうな。本人は傷心でも、家は違うだろう。フェリアナ嬢が橋へ向かったのは保守派の指示の可能性が高い。魔力暴走は偶然だろうが」

 ジンは高祖母の手記のページをめくる。


 フェリアナの死後、高祖父の所属チームによる魔力研究は大きく進む。その結果魔法適合者の欠陥の可能性を抱く貴族が徐々に増えていった。

 魔法適合者の優位性を主張する保守派の求心力は、みるみると失われていく。その発端となったのが保守派の中心であるアリセス家の三女・フェリアナだったのだ。

 アリセス家は保守派の名誉を回復するためにアリセスの名を捨てる。

 名を捨て、保守派内での権力を次席に譲ることで保守派の結束は再び強まった。


 そうしてジンの高祖父たちの研究はまた保守派たちの弾圧に合い、志半ばで頓挫することとなった。

 それから数十年後、ひそかに志を継いだ研究者によって魔法回路の発見が成し遂げられ、魔法不適合者への差別を撤廃する法律が定められたのだった。


〈待って。それじゃあフェリアナさん、まるで家に……家族に見捨てられたようなものじゃない!〉

 アリーは両手で口を覆う。

「だから高祖母も『彼らは彼女の死を悼んでいるわけではない。彼女の死まで利用して私たちを弾圧しようとしているのだ。』と断言したんだろうな。フェリアナ・アリセスは保守派のマリオネットに過ぎなかった」


 恋をした人は対立する一派の人で、婚約者がいる。家の意向でテロ行為にも関与し、そして死んだ。家は己の死をもみ消し家名を捨てた。

〈フェリアナさんの人生って何なんだろう。何を信じたらいいのか分からないじゃない。嫌な時代……〉

「さあ? 時代のせいだけじゃないんじゃないの。やろうと思えば、彼女だって魔法解放運動派に加わることもできた。彼女が考えたうえで保守派に留まったのか、流されるまま居たのか知らないけどさ、それが彼女の選んだ道ってことでしょ。自業自得だね」

 スーイは冷たく突き放すように言い捨てる。


「彼女の不運には同情するが、だからといってアリーの、今生きている人間の身体を乗っ取っていい理由にはならないだろう。フェリアナ嬢が何に未練を残し、何を目的にこんなことをしでかしたかは、俺たちがどうこうするものじゃない。生きている者のために未来はあるのだから」

 ジンはページをめくり続ける。アリーはその手をじっと見つめていた。

 見つめながら、ぼんやりと浮かぶのはフェリアナのことだ。


 フェリアナはジンの部屋でスーイを目にした時、目の色を変えて自らの思いを訴えていた。

 きっと生きている間は、表立ってそんなことはできなかったはずだ。家の目があり、社会の目がある。

 ジンの高祖父の日誌にはフェリアナのことはほとんど触れられていない。記述があるのはアリセス家との確執くらいだ。

 高祖母が受けていたフェリアナからの嫌がらせも、高祖父のあずかり知らぬ場所で行われていたのかもしれない。高祖母の性格からして、高祖父を盾にするともなかなか考えられない。


「……ずっと考えていたことなんだが」

 ジンはページをめくる手を止めた。

「フェリアナ嬢は俺たちが肝試しをした時、一人になったスーイに話しかけたんだったよな。その時はお前のことを『翡翠の鷹の方』とは言わなかった」

 スーイは黙ったまま頷く。


「アリーの精神を身体から追い出すような、生きている人間の精神に作用する魔法は並大抵の魔力では無理なんだ。魔力暴走を起こした規模からフェリアナ嬢の魔力量を推定すると、それなりに多くはあるが今の時代でも探せば見つけられる程度だ。学院のトップよりは少ないだろう」

〈っていうことは、フェリアナさん一人じゃわたしの身体を乗っ取るほどの魔力量は持ちえないの?〉

「ああ。だがフェリアナ嬢が死去して百年以上経過している。死んだ人間の魔力がどうなるか明らかではないが、もし蓄積できるとしたらアリーの身体を乗っ取るだけの魔力を溜めておくことは可能だろうな」


 ジンが考えていたのは、フェリアナの死後、アリーの身体を乗っ取るまでのタイムラグだ。

 フェリアナが何らかの目的で生きた人間の身体を乗っ取る必要があったなら、なぜそれがアリーだったのか。なぜ百年以上も経って事を起こしたのか。

「おそらくフェリアナ嬢は生きた人間の身体を乗っ取るために魔力を蓄えていた。そこで現れたのがフェリアナ嬢の理想といえる高祖父と同じカラーを持ったお前──スーイだったのだろう」


 アリーとスーイの脳内には同じ情景が思い浮かんでいた。

 死後、家名を捨てて名誉を保とうとする実家。己の死を起因に衰退していく保守派。まるで負の遺産のようだ。

 彼女はそれをどう見つめていたのだろう。最後に願ったのは家の復興でもなんでもなく、ただ高祖父と結婚することだったのか。

〈フェリアナさん、もしかして生きていたいのかな。死を受け入れきれていない、とか。幽霊だって喋ったり考えたりできる。でも、今はもう彼女の生きた時代じゃないのね〉

 アリーはフェリアナの死後に思いを馳せる。


「同情なんてしない方がいいよ。少しでも矜持があるなら、憐れられたら惨めなだけだ。他人からの憐憫で喜ぶ人間なんて、かまってちゃんくらいなんだから関わらない方がいいしね」

 スーイは独特の毒を含んでたしなめる。アリーはハッと息を飲んだ。

「たとえフェリアナ嬢が同情の余地があろうと、僕を勝手に高祖父の代わりに仕立て上げるなんて迷惑極まりないしさあ。アリーなんて身体を奪われているんだよ? 兄さんとの結婚だけじゃない、ちゃんと元に戻るって確証も無いんだ。同情したって、彼女に身体をあげるなんてことしないでよ……?」

〈……さすがにわたしも身体をあげるなんてできないわ。やりたいことたくさんあるし、わたしの人生はわたしの物だもの〉

 アリーは拳をきゅっと握った。


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