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この初恋は譲れない  作者: 花田藍色
反旗を揚げよ、いざ革命の時
20/27

02


「高祖父母の兄弟に魔法不適合者がいたってわけ?」

 スーイは眉間に皺を寄せる。


 貴族に生まれた魔法不適合者は正式な子どもとして扱われない。貴族位も無く、多くは生家から離れ養子に出されていた。

 だがこの時代には魔法不適合者への偏見に疑問を持った貴族も多く存在した。

 そのような家に生まれた魔法不適合者は書類上の扱いこそ庶子としながらあくまで貴族家の子どもとし、社交へは出さず世間から隠すようにして家に留まらせたのだ。


〈魔法解放運動を弾圧していたのがアリセス家?〉

「アリセス家を中心にした魔法連盟のお偉いさんたちってことか。ふうん。いつの時代も、そういう古き良き時代にこだわるやつらほど金と力を持っているわけね」

「こら、偏見が過ぎるぞ」

 ジンがスーイを咎める。こりずにスーイは肩をすくめた。


「だけどさあ、まさかそれで勝手にフェリアナ嬢が燃え上がったとか言わないよね。お互いの家が対立しているから禁じられた恋なんて言ってさ……」

〈ま、まっさかー! まさかそんな、ねえ〉

 そうは返しつつ不安になったアリーはジンを覗き見る。視線を感じたジンは「ん?」と小首を傾げてアリーを見る。

「うちは代々一途な家系だから大丈夫だよ」

「いやいや、そういう心配じゃないし。いちいちイチャつく癖どうにかなんないわけ? はあ、めんど……」

 スーイはため息をつきながら高祖母の手記をめくっていく。そうして「あ、でも付き纏ってたみたいじゃない? フェリアナ嬢。ついに名前が出てきたよ」と目を見張り、顎で指示してみせた。


 フェリアナ・アリセスも高祖父母と同じ学院に通っていた。そして高祖父母と同じように、親族に魔法不適合者がいた。

 だが二人と違い、フェリアナに魔法不適合者に対する差別への不信感は存在していなかったようだ。

 アリセス家は三女に魔法不適合者が生まれた。

 しかし魔法不適合者ということが判明し、ほどなくして養子に出されフェリアナは三女として育てられた。魔法不適合者の実姉とは話すこともないままに。


 学院でも魔法を魔法適合者で独占しようとする保守派と、魔法解放運動を率いる革新派とで大きく分かれていた。

 政界での強い権力をもっていたアリセス家に生まれたフェリアナは、こともあろうことか魔法解放運動の中心人物の一人であるジンの高祖父に一目惚れをする。

 その頃には高祖父と高祖母は婚約こそ結んでいないものの浅からぬ仲になっており、高祖母はフェリアナから高圧的な態度をとられていたようだ。

 高祖母は貴族ではあるものの、当時のアリセス家と比べれば力の差は歴然としている。

 普通の女の子がアリセス家の令嬢に嫌がらせを受けていたなら、個人的な日記の中でならどれだけ悲劇のヒロインをふるまっていも許されていたことだろう。


 しかしそうはならないのがジンやスーイの高祖母だった。

「『フェリアナ・アリセスは自分の魔力や家の権力を笠に着てやりたい放題。周囲を動かすことだけは長けている。みんな腰ぎんちゃくになって、フェリアナが右と言えば右と言う。世界中の誰もが自分の思い通りに動いてくれるものだと思っている。これが子どもの駄々なら私だって何も言わない。勝手にやっていればいい。だけど彼女の家に、魔法不適合者の人権が握られている。こんなことがあってたまるものか。魔力で嫌がらせするなら、魔力でねじ伏せてやる。』──主張していることは誤ってはいないが、なかなか苛烈だな」

 ジンの容赦ない指摘に、アリーやスーイは口元をひきつらせた。


〈そうね、なんていうかその……とても現代的な女性だったのね〉

「本当にね。っていうかフェリアナ嬢も相当だと思うけど。ほらご覧よ、ここにフェリアナ嬢のことを『ずいぶんと格式ばった仕草で威張り散らしている』って書いてある。僕らもどんなプリンセスかって思っていたけどさあ、あの時代でもなかなかの時代錯誤なお嬢様だったんじゃないの?」

 スーイはやれやれと首を振る。

 魔法に対しての考え方でも保守派の家の生まれなのだ、そうであってもおかしくはないだろう。

 アリーはジンたちの高祖母とフェリアナとの違いに、つくづく歴史の変革期の恐ろしさを感じ取った。


 高祖母の手記はなおも苛烈な記述が続く。

 保守派と魔法解放運動との対立が激化した頃、高祖父母の婚約が発表された。婚約パーティは魔法解放運動のメンバーが集まる盛大なものとなった。

 そこで動きがあったのがフェリアナ・アリセスだ。


 フェリアナは高祖父母の婚約パーティの三日後、学院近くの橋で若い命を散らした。

 夜明け前に出かけたフェリアナが、道の途中で気分を悪くし馬車を下りた時のことだ。橋の上で空気を入れ替えていたところ、突如フェリアナがうずくまり唸り声のような悲鳴をあげた。

 たちまち起こった竜巻がフェリアナごと橋を飲み込み、橋はバラバラと瓦礫と形をかえて舞い上がった。竜巻の勢いはすさまじく、馬車を率いていた御者は近づくこともできないまま気を失った。

 フェリアナが息を引き取ったその日、轟々と恐ろしい響きの地鳴りが辺りを怯えさせ、橋のあった場所には瓦礫と地割れ、そしてフェリアナの死体だけが残っていたのだという。


「『フェリアナ・アリセスの死因は、幽霊や魔法解放運動によって散った人々の呪いなどと悪意ある噂が広がった。しかしフェリアナの死には不可解な点が多すぎる。なぜ彼女は夜明け前などという時間に外出をしたのか。なぜよりにもよってあの橋を通ったのか。たとえそのようなものが存在していようと、彼女の死に関係しているなどと何を根拠に訴えているのか。先方もまるで論理的ではない短慮な妄想で、好き勝手に彼女の死を悲劇のように語っている。彼らは彼女の死を悼んでいるわけではない。彼女の死まで利用して私たちを弾圧しようとしているのだ。』……昔は本当に幽霊や呪いなどというものが身近にあったんだな。今とは大違いだ」

「今の時代に『学識ある』大人がそんなこと言っていたら気狂いか妄想癖か差別者かイタイやつって思われるのがオチだもんね、どうせ。本当、肩身が狭いよなあ……」

 アリーはスーイの遠い目を眺めながらムムムと考えこむ。


 幽霊を見ることができるのだとスーイが告白した時、アリーもレンリーもあっさりとそれを受け入れた。それはスーイが言ったからこそ信じたのだ。

 だがそれが別の人間だったならどうだろう。自分は信じていただろうか、インチキなどと評価をしなかっただろうか。アリーは想像する。

 人体に宿る魔法回路の存在が判明されて以降、幽霊の存在は魔法適合者による差別意識の原因の一端と唱えられた。

 魔法解放運動の広がりとともに強引な意識改革が行われた結果、アリーたちの生きる現代において幽霊は子どものロマンやエンターテイメントへと形を変えてしまった。


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