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〈ええっどういうこと?!〉
「え、え、え……フェリアナ嬢と会ったことがあんの? マジで翡翠の鷹とかいうやつだったわけ?」
「そんなわけないでしょ」
スーイはレンリーを睨みつけ、その頭を叩いた。よっぽど「翡翠の鷹の方」呼びが気に入らないらしい。
「フェリアナ嬢が生きていたのは百二十年も前のことだ。お前が見たというなら幽霊になった後のフェリアナ嬢のはずだが」
ジンが腕を組んで言う。スーイは「幽霊……」と呟き、記憶を掘り起こしていく。
「こーんな美少女、見たらそうそう忘れられないと思うんだけどなー!」
レンリーが貴族名鑑をじっと見つめながら言う。
〈たしかに綺麗な人よね。可愛いっていうより、美人ってかんじ〉
「わざわざ姉さんの身体を乗っ取る理由が分からないよ」
〈こら!〉
アリーは名鑑の中のフェリアナを見る。何度見てもレンリーの言う通り、自分よりもずっと美人に思えた。
フェリアナは白銀に近い金色の髪に青い瞳で、美人の象徴とも言える色合いだ。目鼻立ちもはっきりとしており、その瞳の華やかさの中にどこか苛烈ささえもうかがえるようである。
一方アリーはフェリアナに比べれば髪も瞳も顔だちも地味な方で、華やかさ見れば劣っていると思われるところだろう。
「さあどうだろう。何を美しいと思うかは人それぞれじゃないか」
ジンはフェリアナの顔をふと一瞥し、「探せばどこにでもいる」と評価する。そんなジンの横でアリーとレンリーは顔を見合わせ、やれやれと溜め息をついた。
〈ジンたちは自分の顔に慣れきっているからそう思えるのよ〉
「おばさんもおじさんも美男美女っていうか、気品があるもんなー」
アリーとレンリーは自分たちの両親を思い浮かべる。ジンたちの両親とは違って決して美男美女とは言えないが、笑顔は絶えない。顔だちこそ地味ではあるけれど、その愛嬌がアリーとレンリーにも受け継がれていると思いたい。
からかい混じりの声をどう思ったか、ジンはアリーの頬に手をそえるようにして「アリーが一番かわいいよ」と言う。半透明な頬をほのかに赤く染めるアリーのそばで、レンリーがうんざりとした声で「ゲロ甘」と言い舌を出した。
三人が雑談している間、一人考えこんでいたスーイがふと顔を上げる。
「少し思い出した……かも? たぶん、みんなで肝試しした時な気がするんだよね。ほら、僕ん家の別荘の近くに、いかにもな廃屋があったじゃん。あの時……」
〈それって、スーイが一人はぐれちゃって……って時の?〉
アリーが尋ねると、スーイは黙ってひとつ頷いた。
四人がまだ幼かった頃に、大人たちには黙って別荘近くの廃屋へ肝試しをしに行ったことがある。外観はジンたちの別荘よりも小さく、一周して終えようとしていたのだ。だがスーイが他の三人とはぐれてしまい、三人は迷子になりながら廃屋をあちこち歩き回ることになった。
三人がスーイと合流し帰宅できたのは、もう夜も明けるほどの時分だった。
あの時は四人とも眠たさが勝って、はぐれていた間のスーイがどうしていたかなど聞いている余裕がなかった。帰宅してからは両家の両親から雷を落とされ、肝試しの「き」文字さえ発することができなかった。
「あの時、あの廃墟にこの子がいて一人になった僕に話しかけてきた。でも幽霊だってすぐに分かって、適当に受け流していたんだよね。幽霊に関わったってろくなことなかったからさあ……。幽霊に話しかけられるのだって頻繁だったから、うっかり忘れていたけど。それにその時は僕のこと『翡翠の鷹の方』なんて言わなかったし、あんなふうに熱の籠った目でもなかった。でも……そういえばあの子、こう言っていた気がする。──『あなたの恋を叶えてあげる』って」
四人は思わず顔を見合わせた。