06
レンリーとスーイは現在魔法騎士学校に通っているが、それは教養を身に着けるための学院を卒業してのことだ。アリーももちろん幼い頃は学院に通ったが、魔法を使うことのできないアリーと魔法を使うための魔法回路を身体に備えているジンやレンリーとスーイでは習う内容は大きく異なっている。
そして、魔法回路を持つものの中でもそれぞれの魔力量や魔法技術によって学科は別れる。
レンリーは魔法回路こそ持ってはいるが、アリーも魔法回路を持ち合わせないように、元々魔法適正の低い家系の生まれだ。
一方ジンとスーイは代々魔法適正の高い家系で、アリーやレンリーよりも魔法に詳しい。
「だからさ、兄さんを説得した後、兄さんを含めた僕ら三人の魔力を合わせたって対抗できないんだよなあ。アリーの身体を乗っ取ったやつを追い出すような技術も足りないしさあ。下手したら、アリーの精神は完全に身体と分離してバラバラになる可能性だってわるわけでしょ……。他に応援を頼むとしてもさ、そういう人たち全員に幽霊がいるって納得させなきゃいけないって……無理にもほどがある。お歳を召した魔法職のお偉いさんほど、そういうことを信じてないし頭がかたいんだからさあ」
「マジで! もしかしたら俺たち、結構ヤバいことに巻き込まれてる?!」
〈ど、どうしたらいいの……〉
スーイの言葉を信じ込んだ二人は、スーイからすれば大げさなほどの仕草で驚き怯えている。アリーとレンリーは昔からリアクションが大きい。あまりにも酷い時は耳を塞ぐこともあるが、今回ばかりは好都合だとスーイは思った。
「一番確実で安全なのは、身体を乗っ取った主に自分から返してもらうことなんだよなあ。ただ相手が何を目的にしているか探らなきゃいけないわけだけど」
「姉さんの身体を乗っ取ったって、何か良いことがあるとは思えないんだけど」
〈失礼な! 良いことの一つ二つくらいあるわよ!〉
だがスーイに指摘されてアリーは思い出した。アリーの身体を乗っ取った主がどういう人物かということはなんとなく分かっているけれど、その目的が何なのかはいまだ分かっていない。
高飛車なプリンセスがアリーの身体を完全に乗っ取ってからしたことといえば、ジンとの結婚を断り、プリンセス然とした古臭い仕草でアリーを苛立たせているくらいだ。他人の身体を使うならもっと悪い犯罪に手を染めることだってできるだろうに。
また話が脇道に逸れてしまいそうなアリーとレンリーの小さな言い合いの攻防を遮って、スーイは続けた。
「いっそ、僕と婚約しちゃったらいいんじゃないの」
〈ええ?!〉
「はあっ!? な、何言ってんの?」
スーイはどこまでも冷静に答える。
「時間稼ぎ程度にはなると思うけど。プリンセスはさあ、兄さんとの婚約を破棄させたいんでしょ。それで何かを企んでいる。どうせあの方とかいう黒髪で緑の瞳の誰かとの恋を叶えたいけれど、自分の身体じゃ叶えられない理由が有るとか、そういうところでしょ」
「ま、まあ、そうなのかな……?」
〈自分の身体で叶えなきゃ意味が無い気もしなくはないけど〉
ハッと息を飲んだレンリーがこそこそとアリーの耳元に口を寄せて、「もしかしたらとんでもなく不細工とか、外見にコンプレックスがあるのかもしれない。性格も悪そうだから取るところが無さそうだもん。地味な姉さんの方がいくらかマシなのかもよ!」と囁く。アリーはまた勢いよくレンリーの頭をめがけて手を振ったが、叩けないまま手はすり抜ける。
「僕が知る限り、今のアリーの姿を見られる人は少ない。家族のうちには兄さん以外いないんだよ……まあだからこそ、信じてもらえないんだろうけど。だからいくら僕らが否定しようとプリンセスがアリーの身体で兄さんと結婚しないと言ってしまった事実は変わらないし、アリーの本心でないと証明することもできない。かといって一度婚約を破棄しておいて問題が解決した後でもう一度兄さんと婚約をし直しても、一旦僕らの家と縁が切れたら周りが気づくでしょ。僕と婚約したってことにしておけば、縁続きになる家自体は変わらないんだから、上手くいけば周りにバレる確率も減るんじゃないの」
つらつらと決められたセリフのように言ってのけるスーイに、アリーとレンリーは圧倒される。だが数秒してレンリーが手のひらを突き出し、「ちょ、ちょっと待って」と頭を抱えながら言う。
「待てよ、なんだか混乱してきた」
〈奇遇ね。わたしもよ〉
アリーも隣で頷く。
「つまり、力業で追い出そうとしたって無理で。姉さんの身体を乗っ取ったやつを説得しなくちゃいけなくて」
〈でもお父様が否定したってわたしの身体でジンにあんな態度を取り続けたら……そうよね、とてもじゃないけど結婚なんて無理だわ! 今だって勝手にここに乗り込んできたのに〉
「変なところで無駄に行動力があるよな、そのプリンセスさん。だけどこれ以上下手な言動をさせないよう、事情が分かっているスーイと婚約したことにして説得の時間を稼ぐってことか」
それも一つの手かもしれない、いいやこれが最善策なのかもしれない。レンリーは腕を組んでムムムと唸る。スーイは心情の読み取れないいつもの無表情で二人を見守る。
しばらくしてついに納得しだしたレンリーが、細かい打ち合わせのようにスーイと確認をとっていく。
レンリーがアリーとスーイの婚約の証人になってしまえば、二人は婚約を結ぶことができる。身体の操り主には「キミの想い人である黒髪で緑の瞳の『あの方』との恋を叶えてあげるから、それまで黙って従ってくれ」とでもなだめすかして騙してしまえばいい、などと言いながら。
それを黙って眺めていたアリーが、ふるふると肩を震わせながら待ったをかけた。
〈ま、まま待って、ちょっと待って!〉
打ち合わせに集中していたレンリーとスーイがやっとアリーを振り返る。アリーのことを相談していたのに、アリーをないがしろにしてしまっていたことにレンリーは気づいた。
〈わたしのために考えてくれてるのはありがたいけど、でも、他に何かないかしら。だって、どうしたって一度はジンと婚約を破棄しなきゃいけないってことでしょ?〉
「それはそうだけど……、だけどこのままなら遅かれ早かれ姉さんとジンの婚約は破棄確定じゃん」
アリーは足を宙に浮かしたままふらふらとあたりをさまよう。誰がどう見ても明らかに動揺していた。
〈ジンの誤解を先に解きたいの〉
「難しいんじゃないかなあ。監禁まがいのことなんてして、あれは頭に血がのぼっているよ。それにとんでもなく合理的で科学的で論理的だからね、自分の目で見たものさえ信じないほどにさあ……。現状、兄さんを説得する時間を別に充てた方がメリットは大きいんじゃないの」
スーイはわざとらしく長い溜め息をつきながら肩をすくめてみせた。
〈だって、誤解を解かなきゃ、ジンはわたしのこと嫌いになっちゃうかもしれない。身体を返してもらった時、もうジンの婚約者が別の女の子になっていたら……、他の子と結婚しちゃってたらどうしよう……っ〉
レンリーとスーイはぎょっとして肩をびくつかせた。アリーが泣いている。目に涙をいっぱいに溜めて、いつになく弱気なアリーを前に二人はうろたえる。