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この初恋は譲れない  作者: 花田藍色
あなたの恋を叶えてあげる
10/27

04


 スーイから全てを聞いたレンリーははたと止まって、一秒、二秒と身体を固めた。そうして「ええーッ!? なんで! うそーぉ!」とのけ反り、大声で叫んだ。

「姉さんひどい! それを今言うのはひどい!」

〈言うつもりはなかったのよ?! でもうっかり口から出ちゃったのよ! ていうかわたしが言うにしても言わないにしても、フラれた事実は変わらないのよ?!〉

「それにしても酷い……世知辛い世の中だ……」

〈もー悪かったてば〉

 会話を続ける姉弟に呆れた目を向けながら、スーイは淡々と言う。

「ね、キミらさあ。さっきから見て聞いて会話してるの、なんで気づかないかなあ」

 スーイの指摘に驚いたアリーとレンリーは顔を見合わせる。そうして揃って互いを見て声を聞いて会話をしていることに驚いた。

〈本当だわ! やった! ショック療法ってやつかしら〉

「嬉しい、嬉しいのにこのタイミングは無い……。姉さんを見ることができることよりもショックが勝る……」

 喜ぶアリーを尻目に、レンリーは目に見えて落ち込んだ様子でうなだれた。


 数か月前からレンリーはとある令嬢にアプローチをかけていた。それはもう、アリーから見ても驚くほどの尽くしようで。

 しかしながら令嬢の心を射止めることはかなわず、アリーに断り文句をことづける始末。

「くうーっ狡いよなー! あんなにプレゼントだってねだってきてさあ。あーあ。脈が無いなら無いで最初からそう言ってほしいよ」

 うずくまって怨念を吐き散らすレンリーの頭を、アリーが勢いよくはたいた。アリーの手は悲しくもレンリーの頭をすり抜けてしまったが。

〈あげたのはあなたでしょうに、今更何を言っているの〉

「だってさあ、姉さんー!」

〈脈が無いって言われて諦められるならその程度の恋なのよ。プレゼントだって見返りを求める前提の物なら、もらった方はありがた迷惑だわ。あげたいから渡すのがプレゼントよ。どぶに捨てられたってかまわないって、そう思えるほど心砕いてから贈りなさいよ〉

 アリーのこの言葉にまだ納得はいかないものの、返す言葉が見つからずレンリーはぐぐぐと引き下がる。それに気を良くしたアリーがさらに畳みかける。

〈きっと今回はタイミングも何もかも、かのご令嬢とは合わなかったんだわ。次にもっと素敵な恋が待っているんだから、勇気だしなさい〉

 そのまましばらくは打ちひしがれていたレンリーであったけれど、持ち前の切り替えの早さでもって、あっという間にアリーとそろって「次がある!」〈次、次!〉と意気込み始める。相変わらずの二人の様子を遠目で眺めながら、スーイはまさか本当にこの二人の辞書には絶望という文字は無いのではないかと疑ってしまう。

「いやいや。普通なら貢ぐのはほどほどにしろとかさあ、そういうの注意しないの。教育方針の違いかなあ……」

 呆れたスーイの声も盛り上がる二人の耳には入らない。


 しかし、盛り上がるだけ盛り上がったレンリーが、ハッと何かを思い出したかのように動きを止める。

「待て待て。俺はまだ次があるとして、姉さん結構ヤバいんじゃないの」

〈……ハッ! そうだ、そうだわ! どうしよう、わたし、ジンと結婚できなくなっちゃうかもしれない!〉

 アリーとレンリーは顔を見合わせる。アリーの顔はすっかり青白くなってしまった。

「姉さんの身体を乗っ取られたまま、その誰かがジンに『結婚しない』なんて言っちゃったんだろ?」

〈そうなの! しかも昨日、わたしがジンに婚約破棄の手紙を出したことになってて〉

「なおさら悪いじゃん!」

〈手紙自体はお父様がすぐに訂正してくれたんだけど、一緒に謝りに来ようと思ったら身体を乗っ取られちゃって。お父様を待たずに、身体が勝手にここへ来ちゃったの!〉

 アリーとレンリーは一緒になってうなだれる。二人ともそろって最悪の未来が頭に浮かんでしまったのだ。


「そうだ! ジンにも今のアリーの姿を見てもらえばいいじゃん!」

 なんて名案を思いついたんだと言わんばかりに、レンリーは腿を手のひらでパンッと叩いて

叫んだ。想像以上に手に力が入り、痛そうに顔を歪めながら腿をさすり始める。

〈そうよね! 説明すればジンだってきっと〉

「それはどうだろ」

 顔を見合わせて頷き合うアリーとレンリーの横で、ずっと黙っていたスーイが淡々と言ってのける。アリーとレンリーは小首をかしげた。

〈ええー? ジンにも見えるんじゃないかしら。レンリーができたなら!〉

「そうそう、俺にも見えたんだからジンならもっと手っ取り早く……って言い方めっちゃ失礼!」


 軽快に言葉を掛け合う二人を慣れたようにスルーしてスーイは首を振る。

「そもそもの前提が違うんだよなあ。兄さんもさ、見えるんだよ。幽霊。だから何もしなくたってアリーの姿を見ることができるし、声を聞くことだってできるはずだよ」

〈うそーっ!?〉

「マジで!? それじゃあ楽勝じゃん。ていうか姉さん、なんで先にジンを説得しなかったわけ? ぶっちゃけ二度手間じゃんさあ」

 アリーはスーイの発した衝撃的な言葉をすんなりとは飲み込めなかった。

 ジンが部屋で魔力暴走を起こした時でさえ、もしかしたら自分の声がジンに届いたかもしれないと考えた。だがその後、アリーがジンに何を話しかけようとまるで反応をしなかったのだ。


 アリーはレンリーとスーイに先ほどジンの部屋で起こったことを、詳細に言い伝えた。特に身体の操り主の夢見がちな恋愛トークについては、勝手に口を使われる理不尽な怒りからか無意識に力んでしまったが。

「ジンって本当に幽霊見えるわけ? 見えないフリしてたっていうことだろ? でも、それを姉さん相手にするかなあ」

 ムムムと唸るレンリーに向かって、スーイは呆れたように吐き捨てる。

「兄さんは見えてるよ、昔から。僕が見えてることも知ってる。だけど信じていないんだよ、あの人。幽霊の存在を信じていないんだ」

 アリーとレンリーは顔を見合わせる。そうして合わせたわけでもないのに、声を揃えて〈うそだー!〉「うそだー!」と勢いよく叫んだ。

「だってそんなこと有り得る? 目の前にいるんだよ?!」

〈あの時のジンは、わたしのこと全然見えていないって表情だったもの! あれが演技なら俳優にだってなれるわ〉

「分かってないんだよなあ……ていうか、二人とも兄さんを良いように見すぎてるんだよ。あの人はもっと面倒臭い人間だよ。たとえ幽霊の姿が見えていようと、それは幻覚だのまやかしだのって思っているんだ。それはそれでどうかと僕は思うけどね」

 スーイの目は事実しか口にしていないと言わんばかりに、いつになく自信に溢れている。

〈じゃあ待って、あの時、ジンはわたしがいたことも知っていたし、何を言ったかも聞こえていたってこと……?〉

 アリーの問いかけに、スーイは静かに頷く。


 この時、てっきりアリーは怒りだすのではないかとスーイは考えていた。あれだけ必死に窮状を訴え、なおかつ魔力暴走から助けられておきながら信じていないだなんて。

 スーイはそういうところに自分と兄との違いを感じる。二人とも物事をネガティブにとらえがちではあるけれど、兄のジンはどこか合理的な部分があるように思える。

 ふと脳裏に昔のことが思い出される。昔から、幽霊に関わるとろくなことがなかった。スーイはジンと違って、自分の目で見てしまったものを否定することはできなかった。そのせいで何度痛い目に遭ったことか。

 幽霊もスーイが認識できると分かってか、いやにちょっかいを仕掛けてくるのだ。

 こういう時、兄の非情なまでの合理的な性格には恐れ入る。見えているくせにはなから存在を信じていないせいか、ジンはスーイほど幽霊に絡まれてはいない。幽霊だって、何をしても暖簾に腕押しな態度のジンにはすぐ飽きてしまうことだろう。



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