資格試験を受ける6
プラントマスターの資格試験が無事に終わり、宿でまだ寝ていたライラを起こして昼食を食べる。
「んん……まだ……眠い……」
「朝まで……なんて調子に乗るからそうなるんだ」
ごしごしと目をこすりながらスープを飲むライラ。
所々こぼしている。
「ロジェから薬をもらった。それをジータのところへ持っていく」
「うむ……そなたは、どうしてそう元気なのだ?」
「どっちの元気だ?」
「どっちもだ」
「そういうふうに訓練していたからだろう」
「どっちもか?」
「どっちもだ」
「……なんとまあ……ハレンチな訓練もあったものだ……」
眠そうにしていたライラも、食事が終わるころにはちゃんと目を覚まし、城外に出てジータの家へとむかった。
ロジェのことを話そうかどうか迷ったが、昨日あれだけ褒めていた手前、なんとなく切り出しにくい。
あの布切れが、俺の見間違いである可能性もなくはない。
それに、自分で買った物かもしれないしな。
「ジータの母御はよくなるであろうか」
「わからない」
「気休めの言葉も口にできんとは、気の利かん男であるな」
「気休めを言って病がよくなる可能性が上がるなら、何度でも言うがな」
アイリス支部長が話を通してくれれば、ジータも収入のあてができる。
それは、俺ではもうどうにもできないので、あとは祈るしかなかった。
ジータの家にやってくると、ひょこっとジータは顔を出した。
「あ、いらっしゃい。どした?」
「おまえの母に、薬を持ってきた」
「え? 母さんに?」
俺がうなずくと、ライラが屈んで目線を合わせた。
「エルフが作った秘薬である。きっと、母御もよくなるであろう」
にこり、とライラは笑ってみせる。
「あ、ありがとう!」
秘薬だなんて、ロジェはひと言も言わなかったが……。
「ライラ、変に期待を持たせることは感心しない。事実をきちんと伝えなければ」
「たわけ、やかましいわ! 不安を煽るほうが悪いわ! まったく、冷血ニンゲンはヒトの気持ちがわからんらしいな」
魔族に言われては、俺もいよいよ立つ瀬がないな。
きょとんとしていたジータだったが、思い出したように口を開いた。
「あ、金……オレ、持ってないよ……?」
「不要だ。そのために作ったわけじゃない」
いいの? と俺とライラに目で尋ねるジータ。
俺たちは同時にうなずいた。
奥で母親がジータを呼んだ。
「ジータ、お客さん?」
「あ、うん。ロランとライラが」
「よし。薬の件は、俺が説明をしよう」
「そなたはならぬ。妾がする」
ライラは俺を押しのけると、家に入り奥のベッドへと歩いていった。
玄関先で二人きりになったので、俺は考えていたことをジータに教えることにした。
「ジータ、冒険者ギルドで働く気はないか?」
「え? ギルド?」
目を丸くしたジータに、説明をした。
「ラハティの町はわかるか? ここより少し南西にある、普通の町だ」
こくこく、とうなずくので、先を続けた。
「その付近の町は、冒険初心者が比較的多い。田舎に比べ、簡単なクエストの数や種類が多いからなんだが、山や森に入る機会が多い。冒険初心者は、冒険者になって気分が高揚しているせいか、それとも力を過信してしまうせいか、道に迷って帰れなくなる者が驚くほど多い」
「えぇぇ……頭わるぅー」
「まあ、そう言うな」
クエスト受領後一か月以上音信不通になる者は、Fランクが一番多いのだ。
戦うクエストはEランクからだし、危険な地域に派遣をしたりもしない。
だから、音信不通の理由の大半は、遭難だと冒険者ギルドでは考えられている。
冒険初心者は、現実を知らないから調子に乗りがちなんだろう。
奥では、ライラが身振り手振りで、あれこれ頑張って説明をしていた。
「だからおまえに、彼らの案内を頼みたい」
「……オレに?」
「ああ。人間に比べ、耳も目も鼻もいい。持ってこいのフィールドだろ」
「そうだけど……オレにできるかな……?」
「俺は、できるできないの話はしてない。やるかやらないかを訊いている」
冒険者になってもいいが、それはまだ先でもいいだろう。
「やるっ。オレ、その仕事やるよ」
「ん。いい返事だ」
よしよし、と頭を撫でてやると、ジータは気持ちよさそうに目を細めた。
ジータの気持ちを確認し、今度は母親にそれを説明した。
心配そうにしたが、ジータのやる気を喜んでくれた。
「私たちは獣人。まともな仕事ができるかどうかもわかりません。ロランさん、この子のことをよろしくお願いします」
「はい。わかりました」
「何から何まで、本当にありがとうございました」
母親が頭を下げるのを見て、ジータも頭を下げた。
「ありがとう……ござい、ました」
「いえ。治るかどうかも――」
ライラに肩をパンチされた。
見ると、怒ったような顔をして、全力で首を振っていた。
余計なことを言うな、ということか。
薬に関してはライラがすべて説明をしてくれたらしい。
用法や飲み方は、ロジェがメモを袋の中に入れてくれていたようだ。
「なんとお礼をしてよいやら……」
「ジータがいれば、こちらも助かります。それがお礼ということで」
それから世間話を少しだけして、ジータの家を辞去した。
ラハティの町へ戻ると、試験の報告も兼ねてギルドに顔を出した。
「あ、ロランさーん。試験どうでしたか? もう終わったんです?」
真っ先に俺を見つけたミリアが声をかけた。
「ええ。無事に合格しましたよ」
「わぁぁぁ、さすがロランさんです~。お祝いしなきゃですよっ」
「そんな大したことじゃないんで――」
「また謙遜をして。大したことです! だから、みんなでお祝いをするんですっ」
ミリアが大声を出すせいで、話は事務所に聞こえてしまった。
「アルガン君、おめでとう! 試験勉強とかした?」
「えっ……してねえの!? パねえええ……だいたいのやつは何年も勉強するんだぜ?」
「アルガンさん、おめでとうございます!」
「おめでとう!」
みんなに祝いの言葉を投げかけられ、なんだかくすぐったかった。
モーリーは休みらしい。いたらまた面倒だっただろうからよかった。
支部長室に行くと、結果報告をするまでもなく、アイリス支部長にも会話は丸聞こえだったらしい。
「相変わらず声が大きいのよね、ミリアは。……大丈夫だとは思ったけど、よかったわ」
「ありがとうございます。『案内人』の件、どうでしたか?」
「他の支部三つ回って訊いてみたけど、どこもオッケーだって」
それからは、新システム『案内人』について、アイリス支部長と打合せをした。
よくクエストの目的地にされやすい森や林の三か所を、曜日ごとに常駐してもらう。
ギルドではクエスト斡旋時、職員がその案内をする。
Fランク冒険者がはじめてそこへ行くときは、職員が『案内人』のいる日を推奨する。
「……まあ、こんなところかしら」
「そんな深い森じゃないんですが、だから不慣れなルーキーが油断して道に迷うんでしょうね」
油断大敵とはよく言ったものだ。
呆れたようなため息をついて、アイリス支部長は頬杖をついて微笑んだ。
「ほんとあなた、お人好しね」
「……そうですか?」
「自覚ないの?」
「効率のいいシステムを思いついて、そこに適役がちょうどいただけですよ」
じゃそういうことにしておきましょ、とアイリス支部長はまた笑った。
数日後、新システムの初日を迎えた。
「すっげー緊張した……」
それまでに下見をしていたらしいが、冒険者と話をして、簡単な案内をする。それだけでも結構神経を使ったらしい。
「でもオレ頑張る! 母さんも、薬のおかげで最近体調がいいらしいんだ」
「それはよかった」
その後約二か月、ロジェの薬を使いきる前に、ジータの母は病を治したという。
ライラが嘯いたエルフの秘薬というのも、あながち間違いではなかったらしい。
その礼をしたいとジータに言われ、俺とライラ、あと薬を作ったロジェの三人は、快気祝いも兼ねて、ジータの家で食事をすることになった。
「ジータのやっている仕事は、かなり評判がいいようです」
「あら、そうだったの」
てへへ、とジータは照れ笑った。
新システムは、上々の評判だった。
もう何か所か『案内人』がいてもいい、という話まで持ち上がった。
森や林に迷わないで済む、という保証があるのは、まだ不慣れな冒険者にとってはかなりありがたいようだ。
「森をナメてるんだよ、あいつらー。森に入ること自体も、今日が初めてってやつもいてさー。そっちは危ねえって言ってんのに目を離したら勝手にフラフラどっか行って――」
ぶうぶう、とジータは愚痴をこぼしたが、それでも感謝されることもあるらしく、まんざらでもないようだった。
表情も、ライラの財布をスったときに比べて、ずいぶんと明るくなった。
「今度、オレがロランに飯おごってやんよー! 給料、結構もらえてるんだ」
「俺と食事か? 高くつくぞ」
「えっ。手加減してくれるなら……」
「冗談だ」
「わかりにくっ」
俺とジータ以外の三人が笑った。
交わされる親子の会話を、ライラもロジェも慈悲深い聖母のような表情で見守っていた。
俺が感じている『温かい』と二人が感じる気持ちは、少し違うのかもしれないと思った。




