資格試験を受ける4
翌日、俺はギルド本部の一室でプラントマスターの筆記試験を受けていた。
俺の他に受験者は二人。
右には、眼鏡をかけたギルド職員の男。左には清潔感のない髭面の男がいた。
アイリス支部長は難しいと言っていたが、幸いにもそれほど困ることはなく、ペンが止まることもなかった。
『森の知恵や技術を外界で使うのはご法度なんだが……』
ジータとその母親のことを相談すると、ロジェはそう前置きして教えてくれた。
『ゲンノショウという薬草がある。これ自体はそれほど珍しくないが、森の技術があれば、万能薬……とまでは言えないが、それに近い薬ができる。試す価値はあるだろう』
ライラからの頼み事がよほど嬉しかったらしく、ロジェは嬉々として相談に乗ってくれた。
森の技術と知識というのは、エルフにだけ伝えられるものを差すそうだ。
閉鎖的な引きこもり集団と言っても差し支えない種族だから、人間が知らない技術や知識は多く持っているんだろう。
あんなにイキイキしたロジェははじめて見た。
そのゲンノショウという薬草を見つけたら持っていくことを伝えると、ロジェも準備が必要なようで、ディーとどこかへ出かけてしまった。
「……」
左側から視線を感じる。さっきからずっとだ。
「なあ、兄さん、ちょっと」
試験官が舟を漕いでいるのをいいことに、髭面の男が話しかけてきた。
雰囲気からして三〇代半ばくらいだろうか。
「ほんの少しでいいからよぉ、答案見せてくんね? お兄さん、なんか優秀そうだし」
「不正をして得点を得ても無意味だと思いますが」
「まあまあ、そんな固ぇこと言うなよ、な?」
押し問答を続ける気がないので無視していると、「チッ」と舌打ちをされた。
見たところ、ギルド職員ではなさそうだ。
ライセンス自体、持っていればそれなりの肩書になるので、医療従事者などはほしいのかもしれない。
……左の男が、そんな風には見えないが。
はっと目を覚ました試験官が試験終了を告げて、答案を回収していった。
右のギルド職員の男は、ため息とともに、席を立った。
「今年こそは、と思ったけど……無理そうなんで、試験はもういいです……」
どんよりとした顔で試験官にそう告げて去っていった。
回収するときにちらっと見えたが、答案は半分近く白紙だった。
「根性ねえやつ」
と、髭の男が毒づいた。
「では、二人になってしまいましたが、続いて実地試験に移ります。配った用紙に草花の名前が書いてあるかと思います。これを明日の正午までに集めて戻ってきてください」
説明され、配られた用紙に目を落とすと、ずらりと薬草や薬の原料となる花が一〇〇種類記載されていた。
これらを採取すればいいのか。
「では、道中お気をつけてください」
試験官が去ると髭の男が、俺の用紙を覗いてきた。
「オレのと違うなぁ……。なあ、兄さん、情報交換しねえか?」
情報交換と言っても、だいたいどこにどう咲いているか見当がつくので、俺にメリットはない。
「わーってる、わーってる。協力すんな、だろ? だが、試験官はそんなことするなってひと言も言ってねえ。だろ?」
「それはそうですが」
自力で一〇〇種類、時間は約一日。
それまでの間、受験者は野放し。
不正をしようと思えばできる。
だが、それでもなお合格率が低いというのだから、何かワケがあるんだろう。
リストにある薬草は、近辺で採れる物が多い。
出題側も無茶なことを要求してはいないようだ。
「兄さん、今までかなりヤバイことしてきただろ? 言うな、言うな、オレの勘は結構当たるんだ」
「その勘があれば筆記試験も問題ないでしょうね」
「皮肉を言うんじゃねえよ。今回のは、オレにとっても大事な試験なんだ。だから人助けと思って……な?」
具体的なことを教えるのはさすがに気が咎める。
だから、足を遠くに伸ばす必要はないこと、きちんとこの時期に花をつけたり生えたりしていることを教えた。
「なるほど……。兄さん、何者? 出題者側みたいに詳しいな」
「長年森で暮らしていれば、自然と身に着く知識です」
「元野生児かよ~」
最寄りの森に行けば、夕暮れまでには終わりそうだ。
俺が歩き出すと、男もついてきた。
王都を出て、平原を歩いていく。
リストにある野花や薬草を摘んでは麻袋に入れていった。
男も知識はそれなりにあるようで、「お、こんなところに」とか何とか言いながら、採取をしている。
「オレァ、これでも薬屋をやってんだ。ある程度はわかるんだけどよぉ、どうしてもわからねえやつが二〇種類ある。おそらく、一種類につき一点だろうな」
「でしょうね」
「知っている物はパーフェクトじゃねえと、落第しちまうんだ」
「そうでしたか。そのときは、また次回受ければいいのでは?」
「金に困ってんだ、こっちゃあ。けど、ライセンスがありゃ別だ。信用と信頼の証みてえなもんだからな。ギルドでは規定の価格でしか引き取ってくれねえが、個人で店やってるならいくらにでも設定できる」
ライセンスを看板にして儲けようということらしい。
「最近は、チンケなガキしか来ねえし、作ったポーションだって戦争が終わってからは全然売れやしねえ。ま、酒代に全部消えるんだがな」
俺はまったく反応しないが、男から吐き出される愚痴を聞かされることになった。
森に入って、お互いに採取をしているときも、片手間に懐事情を嘆いていた。
こうしていると、一緒に行動しているように見えるが、あくまでも男が勝手についてきているだけだ。
質問の類いは一切無視をしていた。
「モーリーが高得点を取れるのだから、試験の程度も知れるというものか」
「何か言ったか?」
俺は首を振った。
試験とは無関係の探していたゲンノショウをちょうど見つけて、いくつか摘んでいく。
「――だからよぉ、毎回定期的に来てくれる客は金づるなんだよなぁ」
男は、自分のことをよくしゃべった。
暮らし向きを語り出したとき、俺は手を止めた。
「獣人のガキが、月に一度来るんだが、まあ、どこも薬をろくに売ってくれねえんだろうな。ハッハッハ。オレが適当に入れた小麦粉をありがたそうに持って帰ってよぉ」
「……」
笑い話を披露するかのように、男は続けた。
「まともな薬なんて、獣人相手に作るかっつーの。意外と金があるらしいくってな。ちゃんと持って来んだよ」
カカカ、と不快な笑い声を上げる。
俺は男を振り返った。
「……その獣人……」
「んあ?」
「……王都の外れに住んでないか?」
「確か、そんなこと言ってたなぁ。ま、スラムにいてもおかしくねえ、薄汚ぇガキだが」
「名前は」
「……ジーノだったか? ジーナだっけか。確かそんな名前だったはずだぜ」
一瞬にして接近した俺は、男の首を掴んで後ろの大木に叩きつけた。
「がはッ――!?」
「教えておいてやる……正しい名前はジータだ。……その子が、どうやって金を作っているか知ってるか? どうして薬がほしいか知っているか?」
男は苦しそうにもがきながら、俺の腕を何度も引っかいた。
「な、何だ、兄さん、あのガキの知り合いか? どうせロクな金じゃねえんだろ」
「ああ、そうだ」
力の限り、今度は地面に叩きつけた。
男は、悲鳴すら上げれず悶絶した。
「薬屋が、聞いて呆れる」
「…………な、なんだよ……オレが、何したって……いうんだ。診断書を見た。どうせ治りゃしねえじゃねえか」
「それは、人間の知識や技術の範囲内での話だ」
「オレァな、あのクソガキに希望を売ってやってんだ。これを使えば母ちゃんは治るかも、って可能性をな!」
「黙れ、詐欺師。少なくともおまえがそうしているのは、善意から来るものではないことくらいわかる」
ジータは、こんなやつに金を持っていき、何の効果もない小麦粉を……。
「獣人だろ? はっはっは……何をそんなムキになるってんだ。人間でも獣でもねえようなそんな輩の相手をしてやってんだぞ、こっちはよぉ。こんなの普通だろ」
世間の獣人に対する『普通』は、まだこんなに冷たいのか。
「今から三年前。旧バーデンハーク公国領ピッケルの丘で、連合第三軍一〇万は、魔王軍一三万に勝利した。前線を押し上げ、さらに勢いに乗り敵を撃破していく……そんな絵を誰もが描いていた。だがその勝利は、兵站を狙い撃ちにした敵の罠だった」
かつての昔話だ。
「あらかじめ設置した『ゲート』で複数の魔族が兵糧集積所を奇襲。管理の部隊は全員死んだ。一〇万の兵を一か月養うはずの兵糧に火の手が回った。異変に真っ先に気づいたのは、最寄の部隊じゃなかった。少し離れた場所にいた獣人の部隊だった。彼らは、耳で、鼻で、肌で、誰よりも早く異変を感じ取った。おかげで、被害は出たものの軽微で済んだ。獣人の部隊は、一〇万の兵の命を救った」
消火が遅れていたなら、一時退却は必至。
そこを逆に追撃するのが敵の狙いだったんだろう。
「その日から、軍内では差別感情を持つ者は減った」
「フン。そいつらは他人の金を盗ったりはしてねえだろ?」
俺はニヤケながら言う男の胸倉を掴んだ。
「そうさせているのはおまえだろッ!」
……感情的になってしまった。
反省しよう。
思わず殺気が出てしまった。
男は白目になり、泡を吹いていた。
よっぽど怖かったらしい。
尿も糞も漏らしていた。
掴んだ胸倉を投げ捨てるように離す。
「もうジータには関わらせない」
いつまで寝る気かは知らないが、ここは森だ。
死ぬ前に起きれるといいな?
きっと試験中は、不慮の事故くらいよくあるだろう。




