資格試験を受ける3
◆ロジェ◆
――――一方その頃、自宅では。
「……あのニンゲンはともかく、またしてもライリーラ様がいないとは……」
うむむむ、とロジェが誰もいないロラン宅のリビングで首をかしげていた。
「まったく、どこへ行ってしまわれたのか」
ロジェがここへやってきてかれこれ三時間。
一向に帰ってくる気配がない。
ふと外をみると、いつの間にか青空は雨雲で覆われていた。
じいっと目を凝らしていると、白い描線がいくつも見えた。
「雨だ。あ、マズイ。お洗濯物が、外に干されていたはず!」
慌てて裏口から外に出て、物干しにある洗濯物を抱えて中に運んでいく。
「……」
ふとロジェが、干されている洗濯物を前に、手を止めた。
「こ…………これは、ライリーラ様の…………パンティ……。な、なんと、えっちなのか……。とっ、ところどころ、生地が薄い……これでは透けてしまうぞ……っ!?」
雨がぱらぱら、と降っているのも忘れて、ライラの下着を凝視すること数分。
「……」
きょろきょろ、と周囲を確認したロジェは、雨に濡れているのも忘れて、そーっと下着を広げた。
「は、配下のワタシが、履き心地を確認せねば……ま、魔王であるライリーラ様が素肌に身に着けるものであるしな……」
ハァハァ、と鼻息を荒くしたロジェが、片足を下着に突っ込んだ。
そのときだった。
「――あらあら。あらあらあらあらあらあらあらあらあらあら。まあまあまあまあまあ~」
恐る恐る振り返ると、ピカッと稲光が閃き、ディーの姿が浮かび上がった。
微笑はいつも通りだが、新しいオモチャを見つけたように、目の奥が完全に笑っていた。
「み、見られた……!?」
◆ロラン◆
王都でスリを働いた獣人を捕まえた俺は、ライラの下へ連れていった。
「おお、妾の財布……! 貴様殿が取り返してくれたのか?」
「たまたま出くわしたからな」
「さすがであるな! ……して、そのガキをどうしてくれよう……!」
身を縮こまらせている獣人を、ライラはギロリと睨んだ。
「おい。言うことがあるだろう」
「…………ごめん、なさい……」
元々怒るつもりはなかったらしいライラがため息をつくと、しゃがんで目線を合わせた。
「これに懲りたら、もう二度とするでないぞ?」
「けど……金がないんだ……」
泣きそうな声で獣人の子は言った。
「うむう……そういうことであれば……」
猫の財布を開けて、紙幣を一枚取り出そうとするライラ。
「やめろ、阿呆。根本的な解決にはならない」
王都にも、貧困街がある。
そこにいる子供たちは、似たような境遇だ。
だが……逃げる先は城外だったな。
「小舟を漕いでどこへ行こうとしてたんだ」
「……家……オレの……母さんが、待ってるんだ」
「そなたの母御は、そなたが盗みを働いて得た金をどう思うであろう?」
「それは……でも……」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、喉をしゃくらせ、ぽろぽろと泣きはじめてしまった。
立ち話でする話でもなさそうだ。
適当な食堂に入り、食事をしながら話を聞いてやることにした。
久しぶりの食事だと言わんばかりに、獣人の子はよく食べた。
名前はジータというそうだ。
「……母さん、病気してて、それを治すために金が要るんだ」
ちらっとライラを見ると、首を振った。
「ニンゲンの治癒魔法がどうかは知らぬが……こちらのそれは、対象の自然治癒力を大幅に上げるもの。外傷などには都合がいいが……病を根治するとなると別である」
人間の治癒術、回復魔法と呼ばれるそれも、魔族側のそれと理屈は同じだった。
「ジータは、その薬代を稼いでいる、ということか」
「うん……」
ライラが目でどうにかならぬのか、と訊いてくる。
どうにもならないのが、正直なところだ。
この様子だと、その母親は働けない状況だろうし、ジータの手段は褒められたものではないが、こうして金を稼がなければ、食える物も食えない実情なんだろう。
「冒険者はどうであろう」
「時間がかかる。俺も、こいつが天涯孤独ならそれを勧めるが……」
「家族は、大切にせねばならぬ……」
魔王が甘っちょろいことを言う。
俺は家族に対する情というものが、よくわからない。
今にしてみると、もしかするとアレがそうなのでは、と思うことがあるが、師匠と血は繋がっていない。
ジータの話では、薬代は週にだいたい二万ほどかかっているそうだ。
子供が週に二万を稼ぐとなると、まともなことをしては間に合わない、か。
「割のいい仕事を斡旋してやってはどうだ?」
「できないこともないが……大戦で、エルフや獣人、その他亜人種と手を取り合って戦ったのもあって、ようやく一般的に仲間だと認知されるようになったが、まだ市井には差別意識というのは残っている。まともな仕事を与えても、雇い主が搾取することだって珍しくはない」
「まったく、ニンゲンはケツの穴が小さい」
おっしゃる通りだ。
少々お高い飲食店では、入店を断られることだってあるのが現状だ。
料理にがっついていたジータが、手を止めた。
「これ……持って帰れる? 母さんにも……わけてあげたいから……」
うるるる、とライラが涙目になっていた。
冷酷非道な魔王というのは、人間が勝手にイメージした虚像だったのかもな。
「ジータの母親に話を聞いてみたい。家に行っても構わないか?」
「え? オレんちに? ……いいけど」
食べかけではなく、新しく注文した料理を二品ほど、店主に言って包んでもらった。
店をあとにすると、逃走用に置いていたジータの小舟に三人で乗り込み、小さな用水路から城外へと出た。
「あのまま川下に行くと見張りがいて面倒なんだ」
そう教えてくれた。
それから川を下っていくと、水車小屋のそばにあった小さな船着き場で小舟を止めた。
遠くに家がぽつんと見える。
話によると、それがジータの家らしい。
「ただいま」
ジータが家の扉を開けて中に入ると、獣人の女がベッドから身を起こしていた。
「お帰り、ジータ。あら、その方たちは?」
「ちょっと、知り合って、ご飯をご馳走してくれたんだ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
食堂で包んでもらった料理をジータに預けると、ライラと二人でキッチンのほうへ行ってしまった。
「あんた、料理できんの?」
「ふふふ。妾を見くびるでない」
いつの間にか仲良くなっていた。
俺は簡単に自分とライラの紹介を母親にしておいた。
「長患いという話でしたが……」
「ええ。あの子にも、不便ばかりをかけて……薬はもういいと何度も言っているんですが……」
「もういい? どうしてですか?」
「病状を和らげることはできても、治る見込みはほとんどないそうで……」
「……そういうことでしたか」
ぎゃーぎゃー、と騒がしい声がキッチンから聞こえてくる。
それの話は、ジータには一度したが、治るからと言って聞かないそうだ。
「薬代を獣人の子供であるあの子が、どうやって稼いでいるのかも、なんとなく想像がつきます。だからやめさせたいんですが……」
医者が書いてくれたという診断書とやらに目を通す。
医療についてはさっぱりだが、王城の薬師あたりに見せれば格安で薬が手に入るんじゃないか。
……いや、不治だと言ったな。
「難しいお顔。無関係でしょう、ロランさんたちは」
母親は俺の眉間の皴を指摘して、くすくすと笑った。
それから、ライラとジータが作ったらしい夕食を食べ、俺たちはお暇することにした。
「ロジェなら、病に効く薬草のことが何かわかるかもしれぬ。あれで、不老長寿で名高い森のエルフであるからな」
「そのエルフの中身は、七割くらい腐ってそうだがな」
「何でもよい。ジャンプだ、ジャンプ。我が家へジャンプするぞ、貴様殿。ロジェが来ているかもしれぬ」
「わかった」
◆ロジェ◆
「ロジェ隊長? ライリーラ様の下着をどうしようとしていたのぅ?」
「う。……こ、これはだな……」
小雨と雷鳴轟く中、ロジェのピンチは依然として続いていた。
ニコニコ、ニコニコ、とディーは微笑んでいる。
それに対し、ロジェは目を右往左往させていた。
「ら、ライリーラ様の家事の手伝いをしていただけだ。放っておけば雨で洗濯物が濡れてしまうからな」
そっとロジェはライラのパンツを後ろに隠した。
「わたくし、そんなこと訊いてないのぅ。ロジェ隊長は、さっき……ライリーラ様の、下着を穿こ」
「し、してない! してない!!
「へ・ん・た・い・エ・ル・フ♡」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああうっ! 断じて、断じてっ」
「このことを知ったら、ライリーラ様は、なんて言うかしらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ?」
うふふふ、とディーは微笑を崩さない。
完全に追い詰めた猫と追い詰められた鼠だった。
「ぐッ……。き、貴様……ワタシを脅そうというのか……!? 望みはなんだ!」
「ロジェ隊長のその苦しそうな表情よぅ♡」
「思った以上に性格が悪いっ!?」
「近衛師団の魔法連隊長ともあろうお方が…………あのまま放っておいたら、ブラジャーは頭に巻いちゃったのかしらぁ?」
「ワタシを愚弄する気か、キャンディス・マインラッド」
とは言うものの、ロジェは動揺を隠しきれなかった。
すべて筒抜けだった。
「お慕いしているライリーラ様の……パンティを……下着をそのようなことで汚すなど、言語道断!」
「まあまあ。どの口がそう言っているのかしらぁ」
これは、もう、一生ネタにされ続ける――。
わずかに残った理性が、ロジェにそう語りかけてきた。
「貴様には、黙ってもらう必要がありそうだな?」
選択したのは、力任せの強引な口封じだった。
「もう死んでいるから別に構わないのだけれど……もう、夜と言っても差し支えない時間帯……吸血鬼に挑むなんて、愚かなエルフ……」
外が暗いからすっかり忘れていたが、もうそんな時間。
(もう夜だと? ……ど、どうしよう――喧嘩を売ったがマズい……夜に吸血鬼と戦うのは、さすがにマズい……)
だが、あとには引けなかった。
ロジェは握っていたパンツをポケットに突っ込んだ。
「ワタシの名誉にかけてッ! 貴様を黙らせるッ!!」
戦っても勝利は望み薄。
だが、ここで引けば社会的に死ぬ。ディーに、一生オモチャにされる。
ならばやるしかなかった。
両手に得意魔法『シャドウエッジ』を顕現させ、二刀の剣として構えた。
ロジェもそれに応じた。
「いいわよぉぉぉぉぉ? わたくしも、最近ロラン様がお相手して下さらなくて、欲求不満だったの。ロジェ隊長で、気を紛らわせてもらおうかしら。連隊長級とやり合えるなんて、昂るわぁぁぁぁ」
ズズズ、ズズズ、とロジェが吸血槍を召喚し構えた。
「……」
「……」
緊張感が漂い、空気が張り詰めた。
動き出しは同時だった。
が、結果的に刃を交えることはなかった。
猫と鼠の主人がそれぞれ戻ってきたからだ。
「やめろ」
どこからか現れたロランが間に割って入り、それぞれの腕で二人の顔面を掴んだ。
「ふぎゃ!?」
「やだぁ~」
「そなたらは何をしておるっ、バカ者め!」
と、ライラも二人を一喝した。




