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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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資格試験を受ける2


 事情をライラに話すと、王都まで一緒についてくることになった。


「これで、間違いなど起きぬであろう……!」


 ふっふっふ、と不敵に笑いながら、ライラは紐をつけた財布を胸の内側にしまった。


 俺が買ってやった二個目の財布は、一個目と同じく猫の顔を模したものだった。


「スられることもないし、落とすこともない。……名案であろう?」

「そうだな。おまえが俺からの贈り物を大事にしてくれているというのが、よくわかる」

「ち、違うわ、たわけっ。お金は大切であるからな? 落としたり失くさないようにしているだけだ。自惚れるでない」


 ぷい、とライラはそっぽをむいてしまった。


 王都に様々な人種がいるとはいえ、ライラはその美貌のため目立ちやすい。

 魔王でもあるせいか、どことなく品も感じられる。

 金を持っていそう、と勘繰られても仕方ないのかもしれない。


「せいぜい気をつけることだな。俺は本部にライセンスの受験手続をしてくる」

「うむ。では、妾は市場を楽しむことにしよう」


 適当に落ち合う場所を決めて、俺たちは分かれた。


 試験官講習が行われたギルド本部にやってくると、役所のような窓口があり、そこで用件を伝えて用紙をもらい、必要事項を書いて渡す。


「はい。確認いたしました。試験内容は、筆記試験と指定された植物を採取する実地試験の二種類を、各一〇〇点満点で評価します。それぞれ八〇点以上で合格となりますが、一方がそれに届かない場合は、落第となってしまいますのでご注意ください」


 だいたいモーリーが言っていたことと同じだな。

 とくに実地試験は、知識だけを詰め込んだ者にとっては苦労するだろう。

 うちのパイセンは、元Cランク冒険者という話だったから、実地試験は得意だったに違いない。


 それから俺は、職員に試験の日時を教えてもらった。

 ちょうど明日にあるらしく、それまでの時間は自由となった。


 ……意外と早く済んだな。


 まだ昼を少し過ぎたばかり。

 ライラは食べ歩きを楽しみにしていたようだし、待ち合わせ場所に行ってもまだ当分やってこないだろう。


 町を歩き、賑やかな市場を通り抜けようとすると、聞き慣れた大声が聞こえてきた。


「待てええええええええええええ! 待たぬかぁあああああああああああ!」


 ライラが必死の形相で人込みを縫うように走っている。


「……何してるんだ、あいつは」


 ライラの視線の先。

 するする、と身軽に人の波をかわしていくフードを被った子供がいた。


 その手には、見覚えのある猫の財布があった。


「妾の、妾の財布っ! 大事な――! ロランに買ってもらった、大事な財布っ」


 ライラが半泣きだった。

 ……スられたのか。


 財布を見るに、どうやら紐は引き千切られたようだ。


 ライラの窮状を見かねた市民が、その子供を捕まえよとうするが、後ろに目があるかのようにひょいとかわした。


 ん。いい動きをする。


 あれは、気配を察知したというよりは音で感知してかわしたな?


「待てええええええ! 待ってえええ……頼むからぁぁぁぁ……」


 ライラの涙腺は、大決壊寸前だった。


 にしても、舌を巻くほどの敏捷性だ。いい暗殺者になれる。


 俺はため息をひとつ吐いた。


「今度は、チェーン付きの財布にしてやろう」


 財布をスった子供が、角を曲がって姿を消した。

 俺もあとを追うことにして、同じ角を曲がる。


 やはり足音で気づいたのか、ちらっとこっちを振り返った。


「うわ、今度は違うやつだ!」

「財布を返せ。それは盗んだ物だろ」

「うっせ! バーカ!」


 俺が少し本気を出して回り込み、通せんぼをする。


「うわぁあああ!? いきなり目の前に出てきた!」

「返せ。今ならちょっと痛いくらいで済ませてやれる」

「おっさん、オレに何する気なんだよ!」


 おっさん……。

 急ブレーキをかけて回れ右をするのかと思えば、路地の壁を伝って一瞬にして屋根の上へ昇った。


「じゃあな!」

「ほう。面白い」


 身軽なだけじゃなく、なかなかのバネを備えている。

 ……人間じゃないな。


 大きくジャンプした弾みでフードが取れて、頭頂部に獣の耳が二つ見えた。


「獣人か。道理で」


 壁にある手で掴める場所と足場のいくつかを確認する。


 屋根までの道筋を瞬時に見つけた俺は、ジャンプして計算通りの場所を掴み、上へ上へと昇って屋根の上に出た。


「――え? うわあああああ! 上がってきたぁあああ!」


「俺から逃げれると思うなよ、小僧」


「は、迫力がハンパじゃねえ……!?」


 青ざめた獣人の子供は、ピョンと別の建物へと飛び移る。

 俺もあとを追って屋根から屋根へと飛び移っていく。


「もう、返す! 返すから!」


 ポイ、と逃げながら獣人が財布を捨てた。

 それを拾うと、中は空っぽだった。


「……中身を抜いたあとだったか」


 確認している間に、盗っ人は姿を消していた。

 ずいぶん王都の逃げ方を熟知しているな。


 常習的にやっているな、この様子じゃ。


「お仕置きだな」


 まだそれほど遠くへは行ってないはず。

 身を潜めているか、それとも距離を稼ぐため逃げているか……?


 ……いた。

 一瞬だけ、頭の耳が見えた。


 普段はあまり使わないが、仕方ない。


 人混みの中を走っていては、あのすばしっこい獣人に追いつかない。


 魔力で空中に足場を作る。

 俺の魔力程度ではすぐに消えてしまうが、一瞬あれば十分な時間と言えた。


 足場を作り、消えるまでにまた次の足場を作り――。


 それを繰り返すと、ずいぶん空高くのぼれた。


 難点があるとすれば、一か所に留まることができないということくらいか。


 獣人の盗っ人は、今は軒下を利用しながら上方から見つかりにくいように移動していた。


 きょろきょろ、としたかと思うと、こっちを見上げた。


「う、うわぁあああああああああ!? 空飛んでるぅううううううううううう!」


「違う。そう見えるだけで、正確には空気中の成分を魔力によって一瞬だけ凝固させ、それを足場にして蹴っているだけだ」


「い、意味わかんねええええええええええ!」


 ダダダ、と逃走を開始した獣人を空から追いかける。


「獣人、財布の中身を返せ」

「そんなに入ってなかった! たったの五〇〇〇リンぽっちだ! いいじゃねえか、それくらい!」

「他人の物を盗むのはよくない、という話をしている。ママはそんなことも教えてくれなかったのか?」


 その言葉に反応した獣人が、俺を一度だけ睨んだ。


 かなり細かい路地も熟知しているようで、獣人の少年は迷うことはないし、行き止まりにぶつかることもなくスルスルと逃げていく。


 その先には王都の外へと通じる川があった。

 あそこから城外へ出るつもりか。


「やべえよ、やべえよ。あいつなんなんだよ。めちゃくちゃだよ! 空飛ぶってなんだよ!」


 ロープで繋いであった小舟に乗り込んだ獣人が、オールで岸を突き放し小舟を漕ぎだした。

 これもかなり手慣れているようで、ギコギコ、と懸命に漕ぐと、流れにも乗り一気に川下へと進んでいく。


「ふっ……あははは! じゃーなぁあああ! おっさぁあああああん!」


 俺に追われていた恐怖心と逃げきったという安心感で、笑いながらオールを漕いでいる。


 おっさん……。


 ギーコ、ギーコ、とゆっくり漕いでいた手を止めて、通ってきた方向へ目をすがめた。


 バシャバシャバシャバシャ。


「……? 水の音……?」


 空中以上に凝固させやすい水分が、川には腐るほどある。

 空でできることが、川でできないわけがない。


「空中が走れるのであれば、当然、水上だって走れる」


「もおおおおおおおおおお、やだああああああああああああああああああ! 誰か助けてえええええええええええええええええ!」


「俺は、獲物(ターゲット)を逃がしたことは過去一度もない」


「ひぇぇぇぇぇぇえええええ!?」


 全力で漕ぎはじめたが、走れる俺と小舟では速度が違いすぎる。


 魔力で足場を作るという工程があったため、普段ほどの速力ではなかったが、それでも十分だった。


 小舟に飛び移ると、息を切らした獣人が観念した。


「もう、返す。返すってば。五〇〇〇リン」


 もぞもぞ、と懐から紙幣を掴んで突き出してきたので、受け取った。


「手間をかけさせられた」

「それ、こっちのセリフだし。たった五〇〇〇リンぽっちで死ぬほど追いかけてきやがって……。おっさん、何者? ハチャメチャすぎなんだけど」


 おっさん……。


「俺はラハティ支部所属のギルド職員だ」


「お、オレの知らないパターンのギルド職員だ……。何? 最近のギルド職員って空飛んだりできるの?」


「ああ。できる」


「ウソつけええええええええええええええ!」


 もう好きにしてくれよ、と獣人は仰向けに寝そべった。


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