大規模クエストとかつての仲間8
夜明けと同時に、家に帰った。
「有言実行であるな。おかえり」
ライラが玄関で出迎えてくれた。
リビングに行くと、ロジェとディーが待っていて首尾を尋ねられた。
「リーナを養分にしていた者は一人死んで、もう一人は王が処罰を決める。十分だろう」
ちら、と三人に視線をそれぞれ送ると、満足そうだった。
「なぜか、いきなり闘技場が吹っ飛んだ。……何か知らないか?」
「あらあら、たぁいへん」
うふふ、と微笑みながらディーは小首をかしげる。
「う、うむ……大きな音がしたのは聞こえたが……そのようなことが……ふうん、そうか……」
まっすぐ俺を見ないライラ。
「わ、ワタシたちがやったわけではないからな! か、勘違いするな! 魔力が底を突いて疲れてなどいないからな!」
そして、嘘が下手くそなエルフがいた。
「まあ、何があってそうなったのかは知らないが、ともかく、助かった。それだけ言いたかった」
「「「…………」」」
三人が視線を交わし合い、口元をゆるめた。
話し声で起きてしまったのか、リーナがこしこし、と目をこすりながらやってきた。
「ロラン……」
「すまない。起こしたな」
「また、どこか、いっちゃったのかと、おもった……」
とてとて、と歩み寄って抱きついてくるリーナを俺は抱きしめた。
「もう、大丈夫だからな。……もう頑張らなくてもいい」
「だいじょうぶじゃない。ロラン、いないと、だいじょうぶじゃない……」
起きたら隣にいたはずの俺がいないから、心配になったらしい。
そのまま抱っこしてベッドに寝かせる。
リーナが眠るまで一緒にいた。
そうしていると、かすかな油のにおいと、小麦の香ばしいにおいがする。
ベッドを離れ、キッチンに行くと三人があれこれ料理をしていた。
「ミリアに教わったのだ!」
ふふん、とライラは得意げだったが、そのかいあって段違いの食事となった。
「料理とは、すなわち、魔法と同じである」
何かを悟ったらしいライラがドヤ顔で語る。
「さすがです、ライリーラ様っ!」
「となれば、妾にとっては料理など児戯にも等しい! うはははは! 妾にできぬことはないっ!」
「ライリーラ様の手料理、美味しゅうございます! おかわりを頂戴したく――」
「リーナの分もある。そなたは遠慮せよ」
「はッ」
出勤後、このことをミリアにお礼を兼ねて言うと、
「よかったです! けど……敵に塩を送ったような、気がしなくもないので……複雑です……」
眉根を寄せてそう口にした。
「あの件、どうなったの……?」
アイリス支部長が、こっそり尋ねてきた。
俺は簡略に要点を伝えた。
「闘技場が吹っ飛んで、運営していた貴族が処罰を受けるようなので、たぶんもう行われないかと」
「……も、もしかしてロランが吹っ飛ばしたの?」
「いえ。さすがにそんな火力はないです」
そう? とアイリス支部長は不思議がった。
俺は万能超人というわけじゃない。
それから数日後。
都市イーミルで起きたすべてのことを、諸侯を集めてランドルフ王は公表をしたという。
「処罰は、領地縮小が妥当……って声が一番大きかったわ」
と、その場にいたアルメリアが俺に教えてくれた。
「けど、あとでお父様の側近が言ってたんだけど、今回の件に限らず、以前からモイサンデル家は領地による実績と王家との繋がりを盾にして、裏で好き勝手してたらしいのよ」
ルーカス・モイサンデルがいつ領主になったのかはわからないが、話によると、ランドルフ王も手を出したくても出せなかったそうだ。
「……お父様は、処刑が妥当だと言ったわ」
「厳しいな」
「でもそれは、演出だったのよ。本当にそうする気なら、わざわざ諸侯を集めて宣言する必要はないわけだし」
「なるほど。あの男も強かだな。不正の抑止力、というわけか」
口で不正をするな、と忠告しても聞かない者は多いだろう。
「うん。遠縁で、しかも大都市を領地とする大貴族でも、こうなるぞ、っていうアピールだったの。結果的には、王家と血の繋がりを持つ一族が、その名誉を汚したとして、領地の没収と爵位剥奪を言い渡したわ」
「他の貴族には、かなり厳しい処罰に映っただろうな」
やったことを考えれば、それほど厳しいものだとは思わないが、一旦「領地縮小が妥当」という声を引き出している。
印象操作も上手い。
きっと、当初から処罰は決めていたに違いない。
「モイサンデル家は、貴族の引き締めと見せしめの役に立ったわけだ」
俺にはわからない苦労がたくさんあるんだろう。
「王様って大変ねぇ……貴族との見えないパワーバランスをどう取るのかって……」
アルメリアが他人事のように言う。
なぜか我が家にやってきて、こうして一連の流れを教えてくれた。
「それでね、ロラン。私がリーナの孤児院を見ることになったの! 院長よ、院長!」
「そうか。それなら安心だな」
この血気盛んな勇者王女は、リーナが招いた。というか招いてしまった。
都市イーミルは、ランドルフ王の信頼がおける貴族に今後は任せるという。
王から送られる資金がなくなる、なんてことにはもうないだろう。
「アルちゃん、しんぱい……」
俺の隣で椅子に座るリーナが、足をぶらぶらさせながら言った。
「どうしてよっ」
「すぐ、怒るから……」
「むむ……」
「リーナは、よくアルメリアを見ている」
「ロランが、いい……リーナ……いっしょに、くらしたい……」
ふん、とアルメリアが勝ち誇ったような顔をする。
「ブッブー、ロランは無理でーす。ギルドの職員なんだから。忙しいの」
「ううう……アルちゃん、いじわるするから、きらい……」
「私だって一緒に暮らしたい……のに……」
アルメリアが、つんと唇を尖らせた。
「シェアハウス? っていうの? それをしてるんなら、私がここで一緒に住んだっていいじゃない」
「国で一番立派な家に住むやつが何を言ってるんだ」
「しかもその相手が、ライラだなんて……」
ちなみに、ライラは今買い物に出かけている。
リーナとの買い物中にアルメリアと出くわし、リーナがアルメリアを連れて帰ってきたのだ。
「私、ロランと…………き、キスしたのに……全然相手にしてくれない……」
もにょもにょと言うと、くりん、とリーナが俺を見上げてくる。
「ちっす、したの? アルちゃんと」
「半分事故だがな」
「な、何が事故よっ! あんな優しくキスしておいて! いつも厳しいくせに! 王子様みたいなキスしておいて! 暗殺者のくせに!」
「暗殺者はやめたんだ」
「じゃあ今何よっ。王子様なの!?」
「自分がさっき言っただろ、ギルド職員だ」
「やっぱり、アルちゃん、すぐ怒る……」
「そういうところだぞ、アルメリア」
「んもおおおおお、やりにくい!」
外からくすくすと笑い声が聞こえる。
アルメリアお付きの侍女の声だ。
目を吊り上げたアルメリアが、キッと外を睨む。
「孤児院の話を、この町を治める領主であるバルデル卿に相談した。運営に前向きだった」
どの貴族もやりたがらない孤児院運営……。
完全な善意というよりは、好感度が上がる、という打算ありきのバルデル卿だった。
相変わらず上昇志向の強い貴族だ。
リーナの孤児院を新しくこの近辺に作るという話までしたが、そうならずに済みそうだった。
先日解放した奴隷の子供たちも、一旦リーナの孤児院で暮らすことに決まっていた。
「珍しい貴族ね。孤児院の運営をやりたがるなんて」
「まだ戦後間もない。戦災孤児も多い。彼らを預かり、ある程度の教育を施していくと、どうなると思う」
「ちゃんとした大人になる?」
「そうだ。放っておけば奴隷商人に奴隷として売り飛ばされるのが関の山だが、きちんと育てれば、奴隷以上の立派な労働力となる。となれば、人口が増え町の生産性が上がる」
成長したその子が町に留まるかはわからないが、この説明をすると、バルデル卿は食いついた。
一〇年後、二〇年後のための先行投資だ、と。
さっそく孤児院を建設するように手配しているとか。
「それが成功例となれば、真似をする貴族は確実に増える。今は、人口が減って男手がとくに足りないのもあるしな」
「なるほどね……領地は、そう簡単に増えないものね……」
奴隷が減れば、あんなふうに命を弄ばれることも永遠になくなるはずだ。
貴族が率先して奴隷を減らし、その価値観を変えれば、世間も変わるはずだ。
ランドルフ王にこの件を言えば、ある程度運営資金も優遇してくれるかもしれない。
小難しい顔をして、リーナが俺とアルメリアを目で往復させていた。
「なんの、お話……?」
「おまえの純粋な気持ちが、俺を動かし、世間を動かそうとしている、という話だ」
よくわかってなさそうに、リーナは曖昧にうなずいた。
「……ロランが何かやったんじゃないの? モイサンデル家の没落と大爆発事件」
「いや、俺は何もしてない」
「そう……?」
疑わしそうにアルメリアがすると、席を立った。
「まあ、いいわ。さて、リーナ。私たち、そろそろお暇しましょう? 常駐するわけじゃないけど、孤児院を一度見ておきたいから」
こくん、とうなずいて、名残惜しそうに俺を見つめる。
「ロラン……」
「また会いに来たいときに来ればいい。もう行方不明にはならない」
「うん」
アルメリアとリーナを見送りに外へ出ると、忘れ物をしたかのように、リーナがアルメリアの手を解いてこっちへ駆けてくる。
「ロラン」
「どうかしたか」
手招きするので目線を合わせると、ちゅ、と頬にキスをされた。
「リーナ」
呼ぶと、恥ずかしがったリーナは、アルメリアのほうへ逃げていってしまった。
「もう、何してるの」
「いいの」
微笑ましく見守った侍女に会釈をされ、彼女たちは馬車で去っていった。
リーナが窓から半身を出してこっちに手を振るので、俺もそれに合わせて見えなくなるまでずっと手を振った。




