大規模クエストとかつての仲間6
『……リーナ、すてられてたの……』
いつかの夜、リーナは夜営地で夜を明かすとき、俺の毛布の中でぽつりと言った。
『……魔法がいっぱい、つかえるのがわかって、お父さんのやくに立とうとして……』
そして、神童、天才、怪物、色んな二つ名を与えられたリーナは、アルメリアの勇者パーティに加わった。
『いーっぱい、やさしくしてくれたから、こんどは、リーナが、いーっぱいやさしくするばんなの……』
うとうとしながら、リーナはそう言って眠った。
自分を助けて育てて優しくしてくれた場所だから、今度は自分が救うのだ、と。
そのときの純粋な志は、今もなお続いていた。
今、リーナはソファの隣で、ぎゅっと俺の袖を掴んだまま眠っている。
俺は、事情をライラ、ロジェ、ディーにリビングで話していた。
「このちびっ子に葬られた部下の数は数知れぬが……戦時中のことと、今起きているそれは別問題である」
ロジェもディーも、ライラがそう言うことによって、過去のことは何も言えなくなった。
「リーナちゃん、ずいぶんと苦労したのねぇ……」
「それは、ワタシも同感だが……だからと言って、実際どうする。王家の遠縁にあたる侯爵家が、地下闘技場の主催者で、国家に貢献する大貴族……個人が立ち回れる相手か? 人道にもとることをしているのは承知しているが……」
「あの場所を潰すには骨が折れる。人手が要るし、魔法の火力が必要となる。俺の苦手分野だ」
「となれば、妾の出番であるな!」
満を持して――とでも言いたげに、ライラがばっと立ち上がった。
そばでロジェが小さく拍手している。
「天才、ライリーラ様、さすがですっ」
相変わらずこのエルフは太鼓持ちだな。
「出番とはいうが、おまえに魔力はないだろ」
「うむ。それは承知の上。妾が考案した新術式なら、吹っ飛ばすことができるかもしれぬ」
魔力がなくなり魔法が使えなくなったとはいえ、ライラの魔法センスはこの世界で並ぶ者はいないだろう。
そのライラが考えた新術式、か。
「魔法理論上は問題ないはずであるが……試したことがなくてな」
それなら、まだ実戦で使えるものじゃないんだろう。
「使えるようになったら教えてくれ。とりあえず俺は、大貴族様にかけ合ってくる」
俺はリーナの手をゆっくりほどいて抱っこをすると、ライラに渡した。
「貴様殿……アイリスにも言われたのだろう? ギルドは手出しできぬ、と」
「これは、仕事じゃない。俺個人の……そうだな、仲間のための行動だ」
リーナの純粋な志に巣食う害虫は、俺が殺す。
昔から、害虫駆除は得意だからな。
「もし何かあれば……ロラン様……、職員をクビになってしまうかも……」
ディーが寂しげに言って、ロジェが続いた。
「貴様のことを心配しているわけではないが、ライリーラ様にご不便をかけるようなら――」
「俺を誰だと思っている」
くすっとライラが笑った。
「人に手柄を譲るのが得意な、陰険な男であろう?」
「ああ、そうだな」
陰で、険な男だ。
「仕事までには戻る」
まだ何か言いたげな三人の視線を振り切り、外に出た。
『ゲート』を使い、地下闘技場の非常出口から中に入り、正式な出入口までやってきた。
特定の客しか入れないだけあって、通路に見張りもなく、開けるのに困る扉もなかった。
さすがに、出口には屈強な見張りの兵士が立っていたが、これを打ち倒しようやく外に出る。
道理で通路が長いと思った。
出たそこは、西部最大の都市イーミルを見下ろせる丘だった。
王都に引けを取らない城壁の内側には、大きく区画が分かれている。
港区、居住区、商業区……そして中央の小山の上に古城があった。
フェリンド王国第二の都市は伊達ではない。
夜も深い時間なのに、商業区ではまだ明かりが灯っていた。
パスカというリーナを闘技場へ連れてきた男女は、相当な手練れだった。
領主の護衛か何かかと思ったが、長い時間そばを離れるとは思えないから違う。
だが、リーナの素性を耳に挟んだり、あれこれ吹き込んだりするなら、領主と話ができる存在である可能性が高いので、この近辺にいそうだ。
まだ賑やかな商業区へと足を運び、騒がしい飲み屋で情報を集めることにした。
カウンター席につき、適当に料理を注文する。
情報収集の基本は酒場だ。
酒が入れば、舌も滑らかになりやすい。
会話を聞いているだけで、その人間関係が見えてくる。
対等なのか、上下があるのか、それともまた別の関係なのか……。
「腕の立つ大柄な男を捜してるんですが……変な口調の。パスカなんとかさんっていう方で」
酒場の主人に訊いてみると、思い当たったらしい。
いきなりビンゴか。
「ああ。ハマライネンのことか。パスカ・ハマライネン」
「ご存じなんですか」
主人はは辟易したように表情を曇らせた。
「ここいらじゃ有名だよ。悪名のほうだけどな。このイーミルを取り締まる、騎士団の団長だ」
「へえ。そうだったんですか」
主人は、人目を気にするように視線で周囲を気にして、顔を近づけて声を潜めた。
「領主とずいぶん仲が良いらしい。それで、好きなように『取り締まり』をしてるんだ。前の領主様のときはそんなことなかったんだが……今の領主になってハマライネンが、警備料を取りはじめやがって……」
逆らうと、簡単に店を取りあげられ、捕まり牢屋に入れられるらしい。
馬鹿笑いが聞こえてきて、主人が眉をひそめた。
ぞろぞろ、と六、七人を連れた例の男が現れた。
「今日も賑やかだな。結構結構。景気よさそうだなぁ?」
パスカ・ハマライネン。
以前見たときとは、口調も雰囲気も違うが、間違いない。
「ええ……おかげさまで……」
主人が硬い笑顔で会釈をした。
いつの間にか賑やかだった店内は、パスカとその部下の顔色を窺うように、どんどん静かになっていき、逃げるようにして客は店をあとにした。
俺はカウンターの隅でパスカたちの話に耳を傾けていた。
「ええっ、マジすか、団長ー!」
部下の一人が声を上げ、野太い声が答えた。
「おう、もうちょっとでオレも貴族様よ」
「これまでのことが評価されて、ってことっすかー?」
「まあ、そんなところだな」
貴族の席数が決まっているわけではないので、爵位は、金で買える。
正確に言えば、貴族とのコネを得て、推薦をしてもらうための金でもある。
上位階層の人種になるために必要なのは、コネとカネ。たったそれだけだ。
「……なるほど……」
それで、リーナに……。
「仕事しないでイイ女抱き放題かー、うらやましー」
「まあ、そんときゃ、おまえらもハマライネン家所属のお抱え騎士にしてやるよ」
「ありがとうございますッ」
パスカの周囲は、ご機嫌伺いの部下ばかりだった。
「代金、ここ置いておくぞ」
適当に、パスカが卓に金を置く。
小銭ばかりで、飲み食いした全員分の食事代には程遠い額だった。
「…………ありがとう、ございます」
主人が暗い顔をして頭を下げた。
「まぁた、来るぜぇ?」
パスカと部下たちは出ていく。
「団長ー? なんすかあれ、全然足りてなかったでしょー?」
「そうか? だが、主人のやつは何も言わなかったぞ。ということは、足りてたってことだ」
「何でもアリじゃないですか。ギャハハハ」
馬鹿笑いを夜の街に響かせ、不快な声は遠ざかっていった。
「……いつまで、こんなことが続くのやら……」
まったく足りていない金を集めながら、店主がこぼした。
「大丈夫ですよ」
俺は自分の代金を少し多めにテーブルに置いて、やつらのあとを追った。
パスカには、訊いておきたいことがある。
他の部下は邪魔なので、一人一人、こっそりさらい気絶させ、路地に転がした。
「なァ、てめえら聞いてんのかぁー?」
背後の取り巻きがいなくなったことにも気づかず、パスカが投げかける。
ふい、と首を回したとき、後ろにいた俺と目が合った。
「……? なんだ、おまえ」
「おまえに、ひとつ訊きたいことがある。ここの領主が運営する孤児院の院長のことだ」
「あァ? なんだ、いきなりてめえ……。あのガキに何か言われたのか?」
「答えろ。運営資金がなくなり、領主に陳情にいった孤児院の院長がいたはずだ。どこにいる。捕まり牢屋にいるというのは聞いた。不当に捕らえたんだろう?」
ぼりぼり、と面倒くさそうに頭をかくパスカ。
それから、くつくつ、と笑いはじめた。
「ああ、そうだ。いたいた、そんなやつ。ふっはっはっは――」
これ以上おかしいことがあるか? とでも言いたげに、額をぺしんと叩いた。
「金をせびりにきた、薄汚ぇオッサンがいたっけなー? 『子供たちがお腹を空かせているんだ』なんて、泣きやがってクソ貧乏人がぁああああ! はっはっは」
「……その人をどうした」
声にならない笑い声をあげたパスカは、醜悪な笑みで愉しそうに叫んだ。
「もぉぉぉぉぉぉぉ死んじゃってるよそんなやつぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「……そうか……残念だ」
沸々と湧いた怒りを抑えるために、一度深呼吸をして目を強くつむる。
もし解放できるのなら、帰してやりたかった。
……本当に残念だ。
「仕方ねえ。罪人ばかりで牢屋がいっぱいだったんだ。住みよい街にするのが、オレたち騎士団の役目だからなぁ。バカなクソガキが一人で来て『お父さんどこですか』なんて言ってよぉー?」
「……リーナのことか」
「なぁにが、勇者パーティの天才魔法使いだ。世間をなんんんんんんんんんにも知らない、ただのガキだ。そのときに、もう『お父さん』とやらは、死んでるんだけどなぁぁぁぁぁぁあ?」
「もういい、わかった。しゃべるな」
こいつが貴族になる?
リーナから吸い上げた金を使って?
何かの笑い話でもするかのように、パスカは愉しそうに続けた。
「オレぁ、そこで思いついた。お父さんを助けたいなら金が要る。おまえならいい稼ぎができる場所を知ってる――そう言ってやると、本当にバカみたいに稼ぎ出したんだ、あのガキィ。もういない『お父さん』のためになぁぁぁぁぁ?」
「俺の仲間をこれ以上侮辱することは許さない」
「許さなかったらなんだァ? イーミルを任された騎士団長だぞぉ、こっちゃ」
「安心するといい。おまえみたいな雑魚の代わりは、いくらでもいる」
酒の入った騎士団長サマ相手に、スキルを使うまでもない。
パスカが腰の剣に手をかけた瞬間だった。
一瞬で眼前に接近し、差している予備の剣を抜いて足の甲に突き立てた。
「あぎゃぁあぁぁぁああ!? 足、足、剣が――」
騒ぐパスカに耳打ちをする。
「……楽に死ねると思うなよ」
歯を食いしばり、それでも剣を振ってくる。
「ウルォォォォオオラアアア!」
「俺みたいな害虫駆除人がいるんだ。おまえも世間を何にも知らないガキだ」
一撃をかわす。
両手を地面に着き、つま先をパスカの口に突き刺す。
「ごぉあ!?」
「俺の靴は美味いか?」
倒れたパスカから剣を取りあげ、手の甲ごと地面に突き立てる。
「あっ、あああ、あああああ――ッ!?」
先ほど酒場から拝借したフォークをもう片方の手に突き刺し、地面に磔にする。
抜けると困るので、きちんとフォークの持ち手に返しをつけておいた。
「痛いっ、いがい、いだい、いがいいい……」
呻くように泣くパスカを俺は見守っていた。
「誰か、たすけて……たしゅけて……誰かぁぁ……動けな……いだぐで……」
見物人が集まりだしてしまったが、誰も何も言わずただ見ていた。
だが、一人が声を上げた。
「し、死ねクソ野郎!」
「……そうだ、早く死ね……!」
「おまえのことなんて、誰も助けねえよ!」
パスカを攻撃しようとした市民から、武器を取りあげる。
みんなは、惨劇を目撃してしまったただの通行人だ。
手を出してはいけない。
取り上げた小さなナイフを逆手に持ち替え、一本、また一本と血管を切っていく。
「大した人気者だな。みんなの望み通り、薄汚い顔で死んでいけ。騎士の恥め」
俺はパスカが事切れるまで、苦痛で歪む顔をずっと冷めた目で見下ろしていた。




