大規模クエストとかつての仲間5
事情を小耳に挟んだミリアが、仕事が終わるころに家へやってきた。
「あれ、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないですよ、ロランさん」
たくさんの食材が詰められた手提げかばんを左右に持っていた。
「ワケありの子供たちがいると聞いて……。ライラさんのポイズンクッキングじゃ、大変なことになっちゃいますっ」
ミリアは使命感に燃えていた。
以前料理を教えたが、それはほんの一部らしく、まだまだライラの腕は予断を許さないレベルらしい。
荷物を預かり、キッチンへ運ぶとライラが出てきた。
「ん? どうかしたか?」
「ライラさん、手伝ってください。ついでに、不肖このミリア・マクギュフィンが、再びお料理をお教えいたします……!」
「不要だと思うが……こやつも不自由ないようであるし……」
「この際はっきり言いますけど、それは、ロランさんが普通じゃないから食べられるんですよっ」
ふ、『普通』じゃ、ない……だと……。
「なぜか一番ロランが動揺しておるのだが」
「常人の口には合わない、ということです。なので、一般的な家庭料理というものをお教えします」
「……そこまで言うのならいいだろう。まあ、妾に会得できぬことはないからな」
「その自信どこからくるんですか……」
ミリアとライラが料理をはじめた。
俺はしばらくして動揺から立ち直った。
ライラとロジェが、子供たちにあれこれ訊いてくれたようなので、俺はロジェからその報告を受けた。
一番下の子で一〇歳、上が一六歳。男子四人、女子六人。
故郷もなく身寄りもないとロジェは教えてくれた。
「そうか。冒険者ギルドの伝手を使って、預かってくれる人を探そう」
よく依頼をしてくれる農家なら労働力としてほしがりそうだ。
仕事は多少キツいかもしれないが、俺が知っている農家のみんなは、人がいいので安心できる。
「どうしてあそこにいたのか訊いたら、想像通りだったぞ。奴隷商人に連れてこられたらしい。買い手がつかない、と判断されたのかもしれない」
ロジェは苦い顔でそう言った。
見目麗しいかと問われれば、そうとは言えなかったので、おそらく決め手はそこなのだろう。
「おい、ミリア、次はどうするのだ?」
「うむむむ……相変わらず教えると呑み込みが早いんですね……」
「フフン。そうであろう、そうであろう」
その光景をロジェが生気のない目で眺めている。
「ワタシには、見せない顔……。楽しそうな、ライリーラ様……」
ミリアたちのいるほうへ、どんと背を押した。
「ミリアさん、このエルフも教えてほしいそうです」
「な――貴様! ワタシはそのようなことはひと言も――」
「いいですよ。わたし、教えるの上手なんです」
照れくさそうなロジェが無事に輪に加わるのを見送り、俺はギルドへと移動した。
アイリス支部長に直接今回の大規模クエストの報告をすると、
「えぇぇ……そんなことになってたの……?」
弱ったなぁ、と顔に書いてある。
くりん、くりん、と髪の毛に指を絡ませた。
「貴族が絡むとなると、冒険者ギルドは手出しできないし……。貴族って、ほら、独自の紳士協定みたいなものがあるし……地域によっては自分が法律みたいなものだから……部外者が踏み込んじゃマズイやつもあるのよねぇ……」
「一度、お連れしましょうか? 奴隷狩りの見世物の現場」
「あのね、私だって、非人道的なことをやってるんだから嫌悪感はもちろんあるの……ただねぇ」
うむむ、とアイリス支部長は唸りっぱなしだった。
たしかに、奴隷は買い主に絶対服従だ。
何をされても文句を言うことも反抗することもできない。
だが、命を弄ぶこととは話が別だ。
この件は、ここを治めるバルデル卿に相談しても難しいだろう。
地域が違えば、国が違うと思ってもいいほど貴族の権限は大きい。
口出しすれば、それだけで敵視されることも珍しくない。
「本部への報告は私がしておくわ。……ロラン、あなた、陛下と繋がりがあるのよね? それくらい上でないと、この件は触れないかもしれないわ」
アイリス支部長は、暗にランドルフ王へ相談しろと示唆した。
「そうですか。では、あとをお願いします」
俺は一礼し、支部長室をあとにした。
家に帰ったころには、夕食ができていて、かなり賑やかな食事となった。
俺に、ライラ、ロジェ、ディーにミリアとリーナ、解放してきた子供たち。
普段使っているテーブルじゃ間に合わず、リビングのものも使った。
騒がしいのは好きじゃないが、不思議と『温かい』を感じた。
消耗した魔力が幾分か回復したのを感じ、俺は王都までジャンプする。
相変わらずぬるい警備をかいくぐり、王の私室に入り込んだ。
「んふ~~~~、ちゅ、ちゅ、ちゅー。カトリーナァァァァ、んちゅうう」
「やだ、国王様ったらぁ。もう、甘えん坊さんなんだからぁ♡」
ベッドにいるランドルフ王は、普段はべらせている美女の一人とアツアツだった。
「おい。甘えん坊の国王様」
「んごわぁああああああああああああああ!?
「きゃぁああ!? だ、誰っ!?」
「そ、その声は、ロランかっ!?」
ばっと女は毛布で上半身を隠し、ランドルフ王は目を白黒させていた。
「お楽しみのところ悪いな。女、出ていけ」
顎で外を差すと、女はランドルフ王に目で確認する。
「おほん。下がってよいぞ」
「は、はい……」
脱いであった華美な服を胸に抱いて、女は小走りで部屋をあとにした。
「まったく、なんだ。この忙しいときに」
「悪いな、子作りの前に。ランドルフ王にしか相談できないことだ」
「私に、しか、か……あまり愉快な話ではないのだろうな」
「もちろん」
俺は、今日あった大規模クエストのことを一からすべて説明をした。
「ギルドではおいそれと手出しできない……らしい」
「であろうな。リーナちゃんがいる孤児院は、この国第二の都市、イーミルを治める侯爵家の領地にある。そこを治めるのは……我がフェリンド家と遠縁にあたる大貴族、モイサンデル家だ」
大都市イーミルは、周辺地域も非常に豊かな町が多く、大きな港もあり、交通交易の要衝ともいえた。
「モイサンデル家のあげる収益が、国益のどれくらいかわかるか、ロラン」
「そういう話はやめてくれ。天下国家を論じに来たわけじゃないんだ」
「実に四分の一だ。諸侯四七家で群を抜いているのだ。人魔大戦の戦費も、モイサンデル家の協力がなければ、立ちゆかなかっただろう」
「だからなんだ」
「すまない、と言っている」
「……」
「追及することは容易い。だが、その一帯の自治をルーカス・モイサンデル侯爵に任せている。人道にもとる行為は事実なのだろう。憤る気持ちも十分わかる。……これに関しては、王だからこそ、モイサンデル家に口が出せないのだ」
「それを、リーナの前で言えるか」
「申し訳ないとは思う。資金提供は、別のやり方を考えよう」
その資金を使ってリーナが運営できるとも思えない。
運営しているのが領主である以上、息のかかった違う院長がやってくるだろう。
結局、同じことだ。
「リーナは、自分を育ててくれた孤児院を救おうとしている。ヒルのような害虫が血を吸っているとも知らずにな」
「……ロラン、理想だけでは、国王は務まらんのだ」
「では、闘技場で行われていることについては、目をつむる、ということか」
ランドルフ王は答えなかった。
だが、それが答えだった。
「今日の話、私は何も聞いておらん。おまえも、私に何も言っておらん」
「ランドルフ王、見損なったぞ」
「……だからおまえが何をしようとも、私は何も知らぬ――――」
そういうことか。
「……わかった。夜分に邪魔をしたな」
俺はそう言って、窓から私室をあとにした。




