大規模クエストとかつての仲間2
三日後、俺とロジェ、ディーの三人が家の前に揃った。
面子を公示して冒険者を募ったが、タイミングが悪かったのか、やはりリスクのほうが大きく見えたのか、参加する冒険者はいなかった。
俺がよく知る冒険者の、ニールとロジャーは長期クエスト中で、町にはいなかった。
「おい、貴様、ワタシはライリーラ様から力を貸してやれと言われただけだ。だが、貴様にあれこれ指示されるのは癪だ。というわけで、ワタシは自分の判断で戦う。いいな? まあ? 助けてください、と言えば、助けてやらんこともないがな?」
フフフフ、と偉そうに、くいっと顎をあげたロジェ。
「前衛にはディー、それ以外を俺がやる。……どっちつかずのおまえが一番要らんかもな」
「な…………力を貸してやれ、と言われた、ワタシの立場は…………どうなる……?」
「自分の判断で動くんだろ?」
「力を貸さねば、ライリーラ様の命に背いたことになる……! それはそれで、困る……」
ロジェの中では、俺が必ず助けを求めると思っての態度だったらしい。
「おまえは遊撃だ。前後どちらもこなせる人材はそうはいないからな」
「フ、フフフ――――そうだろう、そうだろう! ワタシに任せておけ!」
ロジェの扱いが上手くなった気がした。
逆にいえば、前後がしっかりしているので、遊撃をする必要はないんだが。
同僚のみんなが協力して用意してくれた鞄をそれぞれ渡す。
「水、携行食料、あとはロープなどが入っている。確認してくれ。あとは、余裕があればマッピングしていく。それ用の紙とペンもある」
『ゲート』をあとで設置して、物資が足りなければギルドに戻ればいい。
「き、貴様殿……こ、これを……」
こっそり扉から出てきたライラが、ハンカチで包んだ平べったい箱を渡してくれた。
「お、お弁当で、ある……お、お仕事、がんばるのだぞ……!」
照れながら言うと、すぐに引っ込んだ。
「ら、ライリーラ様、か、可愛い……最強可愛い……」
ロジェが鼻血を流しながら悶絶していた。
鞄を背負ったディーに促され、俺たちは町をあとにした。
地図によると、ラハティの町から北西に進んだあたりにその入口はあるという。
魔法的な仕掛けが解除され、地下へ続く道が開けた、なんてことは珍しくもない。
それか、効力が切れただけの可能性もある。
となると、わざわざ魔法で蓋をしたのには、ワケがあるのだろう。
それらしき場所へやってくると、土に埋もれた階段がわずかに輪郭を残していた。
周囲には、不自然に盛られた土砂があちこちにある。
「魔力の残滓を感じる。ここへ続く結界を解除してしまったというよりは、効力が切れてドカンと吹っ飛んだんだろう」
階段の奥は地下へむかう洞窟になっている。
幅は人が二人通れそうなほどで狭く、高さも二メートルほどで、場所によっては頭がつっかえるかもしれない。
ディーに目をやると、うなずいて先頭を行く。
「やっぱり暗いところのほうが、落ち着くわぁ」
次にロジェ、殿は俺が務めた。
俺たちはランタンを用意し、火炎魔法『マッチ』で火を灯して先に進んだ。
中は、湿気とカビのにおいがした。
古くはあるが、石造りの道で歩きやすく、魔物の気配もしない。
「なんだ、ここは」
きょろきょろ、と周囲に目をやるロジェ。
「それを調べに来てるんだろ」
「そんなことはわかっている」
「砂埃が厚く積もっているわ。古くから閉ざされた場所かもしれないわねぇ」
どんな地下迷宮かと思えば、人が手を加えていることがわかった。
迷うこともなく、ときどき足を止めて休憩し、ライラが作った弁当を食べる。
その合間に、地図を描いていく。
それを、二人が覗き込んだ。
「まぁまぁ。ロラン様ったらぁ……可愛い♡」
「ふ、ふふっ。貴様、なんだ、それは……っ、くくっ」
俺の描いた地図を見た二人がくすくす笑う。
「十分わかるだろ」
俺は自分の描いた地図をもう一度見る。
……いや、わかると思うが。
ロジェが、俺の地図をもとに書き直す。
「あらぁ、お上手。とぉってもわかりやすいわぁ」
「そうだろう。おい、ニンゲン、貴様とはスペックが違うのだ。クックック!」
俺には、そんなに差があるとは思えないが……。
「マッピングはロジェに任せる」
「仕方ないな! ワタシに任せておけ!」
役割を得たロジェはいきいきしていた。
俺はなんとなく、犬っぽいなと思った。
さらに奥へ進んでいくと古い扉があった。
人間の魔法で鍵を掛けられていたので、『ディスペル』を使うと簡単に開けられた。
しばらくすると、長い階段が下へと続いていた。
周囲には常夜灯のような青い石が等間隔に置かれ、一帯を青白く照らしていた。
ようやく全貌がはっきりと見えた。
階段の左右には長椅子が置かれ、何かの席のようだった。
かなりの高さにあるらしい席の下は、ちょっとした広場になっている。
三人であちこちを見回した。
「円状で、席らしき長椅子。その下には広場……何かの見世物を見る場所、か……?」
「かなり血のにおいが残っているわぁ」
刃傷が壁の色んな箇所にある。
壁は抉れたり、欠けたりしていた。
誰かのであろう、真っ黒な血がシミのようについている。
「闘技場か――」
人けはまるでない。
だが、客席に埃がない。定期的に使われているようだ。
すると、人の気配がしてきたので俺たちは物陰に隠れた。
「俺たちが来たところとは、別に入口があるのか」
「みたいだな。となると、ワタシたちが入ってきたのは……」
「非常出口か何かなのかしらぁ」
様子を見守っていると、人はどんどん増えていき、二、三〇〇人ほどが客席に着いた。
身なりはいずれも上等。
貴族だったり、裕福な商人であることがわかる。
俺たちは客のフリをして適当な席に座った。
『大変お待たせいたしました。皆様の投票を締め切り、オッズが少々変更となりました』
司会のような男の流暢な声が聞こえ、闘技場の地面に文字が映し出された。
ただ戦うことを見世物にするだけでなく、博打も絡んでいるようだ。
そこには、対戦カードとそれらしき名前、オッズの数字が並んでいる。
一対一の対戦や、一対多数のものもあった。
これが今回の見世物らしい。
『前座の「奴隷狩り」から始まり、メインイベントの「死闘」までのショーを是非お楽しみください』
バッ、と広場全体に明かりが灯り、背中に1から10までの番号が書かれた男女が広場に散った。
異様な熱気が場内に蔓延する。
自分が賭けた番号を大声で叫びはじめた。
「6番、根性見せろよ!」
「2番! せめて上位3位に残れ!」
「ギャハハハ、9番泣いてるぜ!」
そんな中、筋骨隆々の半裸の男が現れた。
片手に斧、もう一方の手には鉈が握られている。
姿を見た観客が、一斉に歓声を上げた。
そのゲームは、簡略にいえば鬼ごっこ。
ただ違うのは、捕まれば惨殺され、それを楽しむ客がいることと、どこにも逃げ場がないことくらいか。
「悪趣味この上ない……なぜ同族同士でこのようなことを」
「だからニンゲンは下等種族なのよぅ」
二人は不快感を表情に滲ませていた。
「ワタシたちなら、ここにいる全員を殺すのに一〇分もかからないだろう」
「待て」
立ち上がろうとしたロジェの腕を掴んで座らせる。
「なぜ止める!」
「一時的には有効だろうが、この規模だ。主催している裏側の人間を突き止めなければ、解決にはならない」
できるものなら、そうしたいのは俺も同じだ。
客に貴族がいる時点で、主催者はある程度高い身分であることがわかる。
「それに、三人が動けば騒ぎになる」
だが、俺だけなら――。
逃げ惑う7番の少女が鬼に捕まってしまった。
「やだぁあああ! やめてぇえぇぇぇぇぇぇぇ――――!」
命乞いをして号泣する様を見て、誰も彼もが笑っていた。
まったく胸糞が悪い。
俺は飛ぶようにして階段を駆け下り、鬼ごっこが行われる場内に飛び出した。
それと同時にスキルを使う。
「ゲギャギャギャギャ!」
頭の悪そうな笑い声を上げて、ニタリと笑う鬼。
鉈を少女にむかって振り下ろそうとしていた。
俺は一瞬のうちに背後に迫り、反対の手に持っている斧を奪う。
それを力任せに振った。
バヅンッ――――――
首から上が宙に舞う。
注目を浴びるだろう死体から、一気に離れた。
スキルの効果が切れる――。
三六〇度観客の目があるが、一か所だけ死角になっているところがある。
その入場口まで走り、身を潜めたと同時だった。
会場がどよめいた。
「な――なんだ今のは、何が起きた!?」
「首が、吹っ飛んだ?」
「はっはっは! 鬼が死ぬのもまた一興!」
どうかしてるやつも、中にはいた。
これも主催者の演出だとでも思っているんだろう。
俺のことがずっと見えていた7番の女の子が、こっちへ走ってきた。
さらにそれに気づいた他の九人も、逃げるようにやってくる。
「あ、あの……助けてくれて……ありがとう、ございました」
「まだ助かってないぞ」
俺たちがやってきたルートは、無人で警備は誰もいなかったな。
「ここから出るぞ。それと、隷属紋を解除してやる。ついてこい」
構造上、なんとなくあの通路へ出る方角のアタリはついていた。
立ち塞がる二、三人の警備らしき者を倒し、非常口から一〇人の奴隷たちを逃がすことに成功した。




