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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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王都へ出張5

◆アイリス◆


「んんん……」


 支部長室でアイリスは唸っていた。


 外はもう薄暗く、ギルドの閉館時間が迫っている。


 あの話をギルドマスターから聞いてからというもの、仕事が手につかなかった。


『ロランに、別支部から引き抜きの話が来ている。五件もだ』


 驚きはしたが、どこかで耳ざとい支部長あたりなら粉をかけるのもうなずける。


 それにロランは、武力においても底が知れない上に、頼んだ仕事は効率よく何でもそつなくこなす。どころか、一緒に働く同僚のやる気すら引き上げる、非常に稀有な存在だった。


「暗殺者……なのよねぇ……」


 公にそんなことを言っていないが、彼が入った頃に、ギルドマスターがぽろっとこぼした。


『ロランにそういう話が来ているなら……私は何も言えません。彼が決めることですから』


 ――と、カッコはつけてみたものの。


「……残ってほしい……」


 アイリスはぼそっと机にむかって本音をこぼした。


「支部長ぉー? 閉館したので、終礼お願いしまーす」


 ミリアが支部長室に顔をのぞかせた。


「ミリアは……泣いて喚きそう」

「? 何の話です?」


 ううん、と首を振って、アイリスは席を立つ。

 事務室でアイリスは、今日あったことを踏まえた上で、明日への注意事項を部下に伝え、平穏無事な一日を締めくくった。

 やれやれ、とみんなが帰り支度をしているところに声をかけた。


「ミリア、今晩、どう?」

「支部長からなんて、珍しい……。いいですよー♪」


 るんるん、とミリアは返事をした。

 奢られるつもり満々なんだろう。

 苦笑したアイリスは、帰り支度のため支部長室へ戻り、鞄を手にギルドの裏口でミリアと合流した。


「どこ連れていってくれるんです?」

「今日は、飲むわよ」

「おぉ。何やらやる気ですねっ」


 静かなレストランにやってくると、オシャレなグラスに注がれた葡萄酒をくいっと呷った。


「いい飲みっぷりです~」

「はぁっ……」

「楽しくお酒を飲もうってときに、ビッグサイズのため息、やめてくださいよー」


 ぶーぶー、とミリアが文句を言う。


「そうよねぇ……私だってビッグサイズのため息なんてつきたくないわよぉ……もぉ……」

「あ、わかりました。正式にロランさんにフられたとか……?」


「……それに、近いことになるかもしれないわ」


「えっ……今、冗談で言ったんですけど……近いことって何ですか……?」


 ウェイターにもらった葡萄酒のおかわりを、またアイリスは勢いよく飲み干した。


「そりゃあんだけ優秀ならねぇ……どこも……ねえ……ほしいわよねぇ……私が面接して、入れたのにぃ……」


 アイリスがぐすんと鼻をすすると、ミリアにぐいぐい、と肩を揺すられた。


「なんですか、どういうことですか、支部長ぉ」

「先に、あなたには言っておこうと思って……もしものときのために……」

「も、もしも、のときのため……?」


 ごくり、とミリアが喉を鳴らす。


「ロランが、違う支部に移籍するかもしれないわ」


「ええええええええええええええええええええ!?」


「うちの支部よりも、いい待遇みたい。だから、もしかすると」

「ひ――引き留めましょうっ、ね、支部長」

「ダメよ、我がまま言っちゃ」

「どーしてですかぁ。嫌なくせにぃ」

「……そうよ、嫌よ。でも……ロランが平職員のままでいいとは、思わないから……」


 むうううううう、とミリアも唸りはじめた。


「出世、というやつですか……」

「そうなれば、ライラちゃんだって嬉しいと思うわよ? 何だかんだで、あの子、デレデレなんだから」

「たしかにデレデレです……」


 グラスの葡萄酒を飲んだミリアが、おかわりをウェイターに頼んだ。


「同じの、グラスじゃなくてジョッキでください」

「え? じょ、ジョッキですか?」

「はい。お願いします」


 ちまちま、と料理を食べながら、アイリスは酔いが回りはじめた頭と滑らかになった舌で話す。


「ロランについて行くっていう冒険者だって、絶対いるわよ」


 ぐびぐび、とミリアが水のように葡萄酒を飲みはじめた。


「……あなた、結構強いのね」

「えへへ」


 ロランの家で酒を飲んだときは、もっと弱い印象だったが、猫を被っていたらしい。


「明後日にはこっちにロランは戻ってくるわ。もうマスターからこのことは聞いていると思うから」

「妾さんに、それとなく引き留めてもらいましょう」

「願望に正直なのね、ミリアは」

「いーんですっ。言いたいこと言えないのが大人なら、わたし、ガキのままでいいです。――行きましょう、ロランさんち」

「えっ、今から?」

「善は急げです」


 ほらほら、とミリアに急かされて、二人はロランの家に行くことにした。



◆ロラン◆


「……というわけらしいぞ、貴様殿」

「どういうわけだ」


 引き抜き話のことをライラに相談しようと思い、家に帰ってくると、ベロベロに酔っぱらったアイリス支部長とミリアがソファで転がっていた。


 ヘソもパンツも丸見えの状態で、目も当てられなかった。


 俺は、ミリアが見せている白いパンツが隠れるように上着をかけてやる。

 アイリス支部長は穿いているらしいが、ほぼケツが丸見えのパンツだった。


「アイリスはこんなすごいパンツを……っ。ほぼケツではないか……!? これが、パンツと呼べる代物なのか……!?」


 ライラが衝撃を受けていた。


「スカートの裾から手を離せ」


 アイリス支部長に毛布をかけて、ソファの端に座った。


「この二人は、どうやら妾に頼み事があって来たそうだ。だが……まあ、葡萄酒のボトルを開ければこの有り様。ぐだぐだと何か言っておったが、しまいには飲み干しおった」


 くすくす、と笑いながら、ライラが俺の膝の上に座った。

 ちょうど、座りながらお姫様抱っこをしている状態になった


「どうするのだ? 話はこの酔っ払い二人から聞いた」

「おまえはどう思った?」

「ん? 妾は、嬉しかったぞ。戦闘能力でなく、職員としての能力が公に認められたことを意味しておるからな。そなたを選んだ、妾の株も上がろうというもの」

「そうか」


 思いのほか率直な言葉に、また少し考えることになった。


「『普通』ならどうするのか、と出張先の支部長に訊いた。そうしたら、それは自分で決めることだ、と言われた」

「ふむ。その通りでもあると思う。そうだな……貴様殿は、『普通』か否かの基準を外に求めすぎていたのかもしれん」

「俺の中にその基準はないからな」


「そなたがどう思うか、それが『普通』なのではないか」


 深いな。そして難しい。


 ライラは、俺のかけた上着の下からミリアのスカートをめくっている。


「ミリアは凡庸であるな」

「感心したそばから他人のパンツを確認するのはやめろ」

「……で、どう思ったのだ? 率直に」


 むくり、とアイリス支部長が起きた。

 目が据わっていて、まだ顔が赤い。


「ロラン、らめよぅ……わらひの、部下、なんだから……あなたは……。らめなんだからぁ……。よそなんて、行かないで……」


 寝ぼけていたらしく、ばたり、とまたソファに寝転がった。


「う゛っ……気持ぢワルイですぅ……頭痛いです……」


 今度はミリアが目を覚ました。


「トイレ行きますか?」

「あれぇぇ……ラランしゃん……ラランしゃんが、目の前にいます……」


 あははは、と楽しそうに笑ったかと思ったら、真顔になって何かを堪え、こてんと横になった。


「ラランしゃん……いなくなったら、わたし、泣いちゃいます……ふ、う、うううえええええ……」


 ぽろぽろ、とミリアが涙をこぼしはじめた。


「貴様殿は、ずいぶんと愛されておるな? のう、ラランしゃん」

「呂律が回ってなかっただけだろ」


 しくしく、と泣いているミリアの隣で、ライラが俺にキスをしてきた。


「おかえりのチューがまだであった」

「このタイミングでか」

「い、言っておくが……どこにどう種を蒔こうとも文句はない。だが……妬かないというわけではないのだ……」


 恥ずかしそうに、歯切れ悪く言うライラの頭を、俺は何度も撫でた。


「どう思ったか、か……」


 数日ぶりだからか、ライラがなかなか俺を離そうとしなかった。


 朝になり、二人が二日酔いの頭痛に嘆いたところで、俺は王都の西支部へと出勤した。




 一週間の出張が終わり、二日休んで今日、久しぶりにラハティ支部へ出勤した。


「あなたのおかげで、ずいぶんよくなったそうよ?」


 出張の報告をしに支部長室へ行くと、アイリス支部長はそんなことを言った。


「『人も時間も無駄に使っていたけど、アルガン君のおかげでみんなテキパキ仕事をしてくれるようになった』って、スタン支部長が」

「そうでしたか。それは何よりです」


 態度がどこかよそよそしいのは、あの話が原因だろう。


「ご存じだと思いますが、他支部からの移籍話」

「え――、あ、う、うん……」


 びくんと肩を震わせたアイリス支部長は、覚悟を決めたような顔でこっちを見る。


「すべてお断りしましたので、今日からまたいつも通りよろしくお願いします」

「え……、いいの……?」

「はい」


『普通』がどうとかではなく、俺がどう思ったかで、今回は決めた。


「よ、よかったぁ……ミリアにも知らせないと――」


 年頃の少女のように慌てて走りながら、アイリス支部長は部屋を出ていった。


 給料が増えれば、それは裕福な暮らしが送れるんだろう。

 だが、そこにはアイリス支部長もミリアも、ここの同僚たちみんなはいない。


 元々、多くを求めない性格でもあるからなんだろう。

 給料が多くなると言われても、あまりピンと来なかった。


「俺は、いつの間にかずいぶんと馴染んでしまったらしい」


 独り言ちて、俺は支部長室で苦笑した。


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