王都へ出張4
王都西支部の支部長室にて。
「閉館がすごく遅いですよね。それは?」
俺は支部長のスタンに尋ねる。
「それは……ええと……。夜遅く報告にやってくる冒険者がいるから……」
「では、閉館を二〇時にし、それ以降は報告を受ける窓口だけ開けておきましょう。ここ数日様子を見させてもらいましたが、営業していてもやってくる人は片手で数えられるくらいでしたし」
「そ、そうか……」
俺の提案に、スタンはメモを取っていく。
ローテーブルを挟んでこちらとあちら。
どっちが上司なのかもうわからない状態だった。
『どうしたら、いいのか……?』
ギルド運営についてスタンから相談を受けたので、俺はこうしてあれこれ提案をしていた。
昨晩、終礼で謝罪したように、自分が相当マズイことをしていると自覚したらしい。
「鑑定の手間もありますし、採取、討伐の証は一旦預かり、翌日出勤してきたときに鑑定し、報酬を渡すということにしませんか? 開館直後にクエスト報告をしに来る人は二、三人ほどですし」
「た、たしかに……朝、鑑定部署は手が空いていることが多いようだ……」
ふむふむ、とペンを動かしながらスタンは言う。
「となると、閉館後は一人を報告受付に……?」
「それが好ましいと思います。そうすれば、夜も朝も職員の仕事に無駄がなくなると思います」
あくまでも俺は提案をしていった。
それをよしとするかどうかは、ここの長が考え決めることだ。
スタンは頭の固い男で、規則だのこれまでのやり方だのにこだわり、現場にそれを強いていた。
仕事の効率の良し悪しなど二の次……というか、考えたことすらないありさまだったようだ。
他の職員の話によると、貴族と繋がりがあり、それでロクに現場を知らないまま支部長に出世したという。
ギルドでも貴族の後ろ盾があるだけで、ずいぶんデカイ顔ができるようだ。
コネだけで出世。
自身はロクに仕事ができない。
現場の声を聞かない。
スタンは部下に嫌われる要素の三拍子が揃っていた。
それもあり、昨日不満が爆発したのだ。
「いきなりギルドのシステムを変えれば、文句を言う冒険者が出てこないだろうか」
「変えるとなったときは、クエスト斡旋時に、職員がそう案内すればいいだけの話です」
「それもそうか」
ふと手を止めて、ぽつりとスタンは言う。
「部下たちは……納得してくれるだろうか」
「わかりません。だから、指示するんじゃなくて、話し合うんです」
ここで数日仕事をして思ったのは、ラハティ支部はチームとして仕事をこなしているということだった。
「部下ではありますが、仲間です。支部長のあなたが彼らをまとめて、チームにしていくんです」
「……うむ」
心を入れ替えたのか、昨日までとは態度が変わり、ずいぶん真摯になっていた。
「他の王都の支部は、私がやってきた今まで通りのやり方をしています。やり方を変えると、そちらの支部長たちからも文句が出そうな……」
ううん、とスタンは唸る。
「失礼します!」
職員が一人慌てて駆け込んできた。
「あの! アルガンさん……お、お、お客様が――」
「はい?」
「ま、ま、マスターが、いらっしゃいました!」
どこかで出張のことを聞きつけたな?
「いない、と言ってください」
「いや、しかし……」
「おぉーい! ロラァーン! いるのはわかってるんだぞぉー! 出てこぉーい!」
ギルドの中からよく通る大声がする。
「チッ」
「舌打ちした!?」
俺はスタンに一度会釈して席を外す。
カウンターの向かい側には、髭面の丸顔の大男が立っていた。
「相変わらず声がデカイな」
がっはっは、とタウロは大笑いする。
「それがオレの取柄だからなぁ!」
「ひとつ教えておいてやる。俺は、必要以上に声がデカイやつが嫌いだ」
「はっはっは。まあ、そう言うな」
前回本部の部屋に呼び出されたとき同様、きっとロクな用件じゃない。
「アルガンさん、ため口利いてる」
「正面切って嫌いって言っちゃってるんだけど!」
「仲良いのか? それとも悪いのか?」
どかっと受付用の椅子に座るタウロ。
俺はそれを見て、手を振って払う動作をする。
「邪魔だ。そこは冒険者の席だ」
「おっと。すまんな!」
応接室を借りることにして、タウロを案内した。
どかっとソファに座るタウロ。
長話をするつもりはなかったので、俺はソファの背に尻を乗せるだけにしておいた。
「で、何だ? ギルドマスターってやつは、どうやら暇らしいな」
「そんな皮肉を言うなよぉ。これでも忙しいんだぞ?」
どうだか、と俺は肩をすくめる。
「以前王都に講習で来ただろ? そのときに、オレとおまえが、旧知の仲だと本部で知られたんだ。それで……ラハティ支部をこの前表彰しただろ? その功績は、おまえの力によるところが大きい」
「俺一人の力じゃない」
「それはおまえの主観だ。客観的に見れば、誰もがそうだと思える実績をおまえが上げている」
「周りの人間がどう思っていようがどうでもいい」
「だからなぁ、ウチの支部へ来てほしい、とオレ伝いに話がいくつも来ている」
「ただの引き抜き話か」
「冷たい反応だなぁ、相変わらず。可愛げのない男だ。給料を今の倍以上出すというギルドもある。エース職員にしては、今の待遇はちょっと悪いんじゃないか、と思っている支部長が多い」
俺には『ゲート』がある。
どのギルドに通うとしても通勤に苦労はないだろう。
懐に入れていた書類をタウロはテーブルに広げた。
そのせいで、汗で紙はふやけ、クシャクシャになっている。
「俺が嫌なのは、そういうところもだ」
「? 何の話だ?」
きょとんと目を丸くするタウロ。
「何でもない」と俺が首を振ると、説明をはじめた。
紙は、それぞれの支部長からの異動要望書のようだ。
どの町のどの支部からの要望で、給料、その他待遇などが記されている。
「どうだ? 一度話を聞いてみるか?」
「……アイリス支部長に、このことは?」
「アイリスも知っている。おまえのことを認めているが故に、この件は何も言えない、と」
「そうか」
ライラに相談したらなんと言うだろう。
あいつの生活環境が変わるわけでもないので、単純に喜んでくれるかもしれない。
「オレは本部にいるから、また訪ねてくれ。もしいなかったら、適当な職員を掴まえて手紙でも渡してくれ」
そう言い残して、タウロは席を立ちギルドをあとにした。
「盗み聞きとは、あまりいい趣味とは言えないですよ」
俺が言うと、スタンが中に入ってきた。
「すまない。マスターが何の話をしているのか気になってね……。それはそうと、アルガン君、すごいじゃないか」
「引き抜きのことですか」
「ああ! よその支部から支部へ冒険協会の都合で異動することはあっても、請われて異動なんて、私ははじめて聞いた!」
「そうなんですか?」
「キャリアアップ……出世……男はそうでないと」
うんうん、とスタンは大きくうなずく。
「あれこれ提案してもらってわかった。君は平職員で終わってはいけない。平職員の器じゃないんだよ」
「『普通』の器ではない、と……?」
「何が普通なのかは、君が決めることだ。今は一週間の期限付きでヘルプとしてここにいるが、ずっといてほしいくらいだ」
ははは、とスタンは笑って、俺の肩を叩いて部屋から出ていった。




