王都へ出張3
翌朝も王都の西支部へ出勤し、仕事をはじめる。
クエストの斡旋と報告で窓口を分けたおかげで、昨日ほどの混雑はなくなった。
「何回ミスってるのよ」
「す、すみません……」
そのやりとりに、事務室がピリついた。
眉を逆立てている女性職員と、へこんでいる男性職員がいた。
「覚えが悪すぎ。一回ミスしたところを何度もミスしないでよ」
「はい、すみません……」
周りは慣れているのか、原因が誰にあるのか目で確認すると手を動かしはじめた。
「昨日も書類整理だけしてましたよね」
俺は隣の窓口にいる女性職員に尋ねた。
「うん……その、言い方はキツいけど……気持ちはわかるのよねぇ……忙しいときにしょーもないミスを繰り返されるとさ。いつものことだから、気にしないほうがいいよ?」
たしか、ルードという名前だったな。
「ルードさん、居心地悪そうですね」
「お荷物職員だからねぇ……」
ルードは、年は俺と同じくらい。
内気そうで、物言いはなよなよしていた。
どことなく挙動不審で、視線はあちこちにやっている。
野生動物が、敵がいないかを確認するかのようだった。
「……」
ギルドの外には、まだ斡旋待ちらしき冒険者が並んでいる。
王都は冒険者の数が多い。
それは、王都に持ち込まれるクエストの数や種類が多いというのもあるが、報酬もラハティ支部のそれに比べると、やや割高というのが一因だろう。
俺は紙にさらさら、といくつかの質問を書いて、自分の席で縮こまっているルードに渡した。
「すみませんが、これ、同じ物をたくさん作っていただけますか?」
「え……ぼ、ぼくに?」
「はい」
さっき怒っていた女性職員に目をやると、とくに今ルードが何か仕事をしているわけではないらしく、何度かうなずいていた。
「お願いします」
「はぁ……?」
釈然としていらしく、首を捻るルードだったが、俺の頼みごとをこなしはじめた。
みんなが忙しくしているのに、自分だけ何もやることがないというのは、どことなく罪悪感があるし、みんなの目も気になるし、気まずさがある。
「アルガンさん、できました」
俺が書いたそれと同じ物を、一〇〇枚ほどルードが手書きで作ってくれた。
「ありがとうございます。では、それを室内で待っている冒険者にペンと一緒に配って、書かせてください」
「ああ、はぁ……」
曖昧に返事をしたルードが、カウンターの外に出て、ソファで駄弁っている冒険者たちにペンと一緒に紙を配った。
「これを書いて待っててください」
そう言われた冒険者も首をかしげていたが、紙を見て、ペンを走らせた。
何をさせているのか、と職員たちも気になるようで、様子を見守っていた。
「次の方、どうぞ」
受付の職員に呼ばれた冒険者が、ソファから腰を上げ、書いた紙を職員に渡した。
「これって、こういうこと、だよな……?」
「え?」
職員が紙をまじまじと見る。
「名前、年齢、性別、ランク、希望するクエストと種類とそのランク……パーティ経験の有無とスキル……」
俺が書いてルードに作らせたのは、簡単な受付票だった。
ラハティ支部では、ここまで冒険者が列を作らないので受付が聴取している。
それは、それで十分間に合うからだ。
だが、ここはそうじゃない。
「尋ねる手間が省けた……」
冒険者のやる気に合わせて、こちらはクエストを斡旋する。
それをあれこれ聞いていては時間がかかる。
ましてや冒険者は並んでいる間暇なのだ。
「これで、いかがですか?」
「ああ。これで頼む」
クエストの斡旋が驚くほどスムーズになった。
「か、革命が起きた……」
「この西支部に、新たな風が吹いた……」
そんな驚くほどのことじゃないだろう。
「アルガンさん、僕、これもっと作ります!」
完全にお荷物の戦力外だったのが心苦しかったんだろう。
ルードが率先して受付票を作成しはじめた。
支部長というのは、当たり前だが支部の長だ。
その人の考えや方針に沿って、職員は仕事をする。
「何勝手なことをしてるんだよー」
不満げなスタンが奥から出てきた。
この程度がなぜ革命扱いされるのか。
それはこういうことなんだろう。
「おまえの仕事は、忙しいみんなのヘルプに入ることだろぉー? 余計な真似を」
ずんずん、と近づいてきて、俺を見下ろしてくる。
「昨日から好き勝手にしやがって、アイリス支部長は、ロクなやつを寄越さないな」
立ち上がって、ずいっと顔を近づけた。
「ですから、ヘルプに入っているんじゃないですか」
「な、なんだよ、や、や、やんのかー!?」
狼狽えながらも、スタンが拳を振りかざした。
その拳はぷるぷる震えていた。
はじめて喧嘩をする子供じゃあるまい……。
「どうして部下が忙しいのか、それすら考えが及ばない誰かのヘルプに入っているんです」
「う、ウチには、ウチのやり方ってもんがあんだぞ、こらぁああ!」
拳どころか、今度は膝まで震えはじめた。
「そのやり方が間違っているとは言いません。冒険者やクエストもそれほど多くないころの名残なんでしょうね、それは。……ですが状況を見て物を言ってください。三人が辞めて、人が足りない中でどうにかやりくりする。何事も、創意工夫です」
「くっ……」
「ヘルプを呼ばなければならないこの状況は、あなたの手腕が足りていない、と言っているようなものなんですよ?」
「ぐうううう……」
ぼそっと男性職員の誰かが言った。
「そうっすよ。支部長、ろくに現場を見ないで指示だけ出して」
「的外れだってわかってても、従わないと頭ごなしに怒るから」
「だ、誰だぁー!? い、今、私のやり方にケチをつけたやつぁー!?」
あたりを見回すが、目を逸らすどころか、全員がスタンのほうを見ていた。
気持ちは全員同じということのようだ。
「ケチをつけたんじゃないです。現場の意見です」
俺が言っても、もう耳に入っていないらしいスタンは、顔を赤くして怒った。
「反乱か!? 反乱なのか!? いいだろう。私の言うことが聞けないなら辞めちまえ!」
「……ていうかおまえが辞めろよ」
「え」
「そうよ。コネだけで支店長になったくせに」
「え」
「ロクに仕事できねえのが丸わかりなんだよ」
「あの、ちょっと」
「こいつの異動の嘆願書、みんなで書こうぜ」
「……お、おまえら、ふざけるなっ」
白けたような空気が流れ、誰も何の反応もしなくなった。
「フィリーちゅわんとは、ニャンニャンできましたか?」
「うっ……な、なんでおまえが、そのことを……」
数歩あとずさるスタン。
「嫌がる女の子の太ももの内側をベタベタと触って……もう片方の手は胸にイタズラを」
蔑視の眼差しがスタンに飛んでくる。
「お、おまえたち、頭を冷やしておくんだな……」
と、小声で捨て台詞を吐いて支部長室へ帰っていった。
その日の終礼で、頭を冷やしたらしいスタンは、言動を謝罪した。
聞き取れないほど小さな声だったが、それで職員たちの留飲は下がった。




