王都へ出張2
「アルガン君、今晩、どう?」
西支部の職員が閉館間際に話しかけてきた。
「ちょっとした歓迎会をやろうと思うんだけど」
「お心遣いはありがたいのですが、この支部にいるのは一週間程度と聞いています。ずっといるわけでもないので――」
「まあまあ、そう固いこと言うなよ」
別のチャラそうな職員にガッと肩を組まれた。
「キレーなおねーちゃんのいる店で、ぱぁっと飲もうや」
な? な? と職員は詰め寄ってくる。
一週間とはいえ、同僚になることは間違いではないので、親交を深めておくのも悪くはない、か。
「わかりました。じゃあ、少しだけ」
ギルドが閉館し、今日知り合った三人の職員と夜の街に繰り出すことになった。
健全な店で酒を飲むわけではないらしく、歓楽街へとやってきた。
フェリンド王国の掃き溜めと呼ばれている王国一の歓楽街は、いい意味で頭が悪そうで、品がなく、それゆえ楽しそうな雰囲気でもあった。
キャバクラ店にやってくるとチャラい職員が、俺を振り返って言う。
「まあ、好みの女の一人や二人いるから、そいつと上手いことやるんだ」
「はあ……」
他の二人も心なしかウキウキしているようだった。
金を払ってまで女と酒を飲む意味がわからないので、実は今まで一度も来たことがなかったのだが、いい機会なので経験させてもらおう。
俺の歓迎会の体でもあるので、支払いは他の職員がもってくれるというし。
奥の席へ案内され、ソファーで待っていると六人の着飾った女たちがやってきて酒の相手をしてくれた。
他愛ない話を同僚たちがしている中、別段知らない女に話すこともなかったので、俺は終始黙って酒を飲んでいた。
同僚たちは鼻の穴を膨らませて、女たちにあることないことしゃべっていた。
「お客さん、強いんだねぇ、お酒。さっきからずっと飲んでる。お好きなんですか?」
俺の隣にいるフィリーという名の女が、空になったグラスに酒を注いだ。
それから水で割ってマドラーで混ぜて一杯作ってくれる。
水で割れば、そりゃ酔うものも酔わなくなるだろう。
「いえ、そういうわけでもないんです」
「寡黙ねぇ。普段話せないこととか、何でも話していいんですよぉ?」
するっと近づいてきて、俺の太ももに手を置き、上目遣いをしてくる。
「……」
「ふふっ。警戒してる? それとも、緊張する?」
同僚たちの会話からして、どうやら顔なじみの女を呼んでいたらしく、そばでは大盛り上がりだった。
なるほど。
女慣れしていないと、勘違いする男も出てくるだろうな。
ボーイがフィリーの名を呼ぶと、席を立った。
「他のお客さんのところ行かなきゃ。楽しんでいってくださいね」
愛らしくウィンクすると、入れ替わりに別の女がやってきた。
トイレに席を立つと、さっきのフィリーと相手をしている男の姿がほんの少し見えた。
「フィリーちゃぁぁん……」
「もぉ、ダメですよ、店長さん?」
ソファで隣同士になっていたのは、フィリーと西支部の支部長、スタンだった。
この支部の男はみんなここに通うのか?
スタンも他の職員同様、鼻の穴を膨らませ今にもフィリーを押し倒しそうな勢いだった。
スタンが突き出した唇をフィリーがさっとかわす。
はたから見ると、かなりのバカ面だった。
猫撫で声で何かを言うスタンは、フィリーの肩を寄せて太ももを撫でている。
ずいぶんとお楽しみのようだ。
日頃の鬱憤を晴らすいい場所でもあるんだろう。
用を済ませると、スタンのボディタッチはエスカレートしていっていた。
「……もう、ちょっと……店長さん」
「いいじゃぁん。いっつも指名して、いーーーーーっぱい金使ってるんだぜ? オレが指名しなきゃ、ロクに稼げないんだろぉ? フィリーちゅわぁぁん、ちょっとくらいニャンニャンさせてくれよぉぉ」
それはきっと事実なんだろう。
フィリーはそう言われ押し黙った。
肩を組んだほうの手は反対側の胸を触り、太ももの上を撫でていたはずの手は、いつの間にか太ももの内側を触っていた。
フィリーは、ぎゅっと唇を引き絞り、堪えるように眉間に皴を作っている。
こういうことは茶飯事なのだろうが、目撃してしまったからには仕方ない。
「お客さん、ここ、そういうことをする店じゃないんで」
ドスの利いた声で言うと、スタンが飛び跳ねるようにフィリーから離れた。
「ほわぁあああ!? す、すみませんんんんんっ」
暗がりで顔をがよく見えなかったのか、それとも顔を見る勇気もなかったのか、俺に気づくことなくスタンは首をすくめて縮こまっていた。
フィリーと目が合うと、くすっと笑った。
「店長さん、イタズラが過ぎると、怖い人が来ちゃいますからね?」
「そ、ソウダネ……」
自分の席に戻ろうとすると、後ろから手を掴まれた。
フィリーだった。
「ありがとうございました」
「いえ。営業妨害だったらすみません」
「そんなことない!」
首を振って、慌てたように左右を見回したフィリーが、ペンと紙切れを見つけて何かを書いた。
「あんまり、こういうこと……しないんですけど……」
紙切れを俺に握らせ、踵を返した。
「……」
紙切れを見ると、もうすぐ仕事が終わるとあり、待ち合わせ場所が書いてあった。どうやらお礼がしたいらしい。
席に帰ると、同僚たちはかなり出来上がっており、泥酔に近い状態だった。
もうロクに会話も成り立たないだろう、と俺は三人に支払いを任せ店をあとにする。
書いてあった待ち合わせ場所は、店の裏手にある路地の一角だった。
少し待って来なければ帰ろうと思っていると、すでにフィリーが待っていた。
「来ないと思いました」
「何も返事はしてないですよ」
そうですけどぉ、とフィリーは言う。
「ロランさん、でしたっけ。ロランさんモテそうだから」
「そんなことないですよ」
「ウッソだー。絶対嘘」
疑わしそうに半目をするフィリーは、やがてぷふっと吹き出した。
店で見せていた顔と、また違う一面で、年頃の少女のように見える。
実際、相当若いんだろう。
「静かに……飲めるところ、い、行きませんか……っ?」
本当に誘い慣れていないんだろう。
声が緊張していた。
その覚悟を無下にするのも憚られた。
「飲むだけですか」
「も、もぉ……、わかってるくせに……意地悪……」
頬を膨らませたフィリーが、えいっと俺の腕に抱きついてくる。
「ロランさんが店に入って来たとき、あっ、って思って、なんかビビビってきたんです」
もし金目当てなら、俺をたらし込むより、スタンのほうが金を持っているように見えるし、余程楽だろう。
フィリーが寝起きしているという、今にも傾きそうな安い下宿にやってくる。
扉を閉めると、フィリーが抱きついてきた。
「あの……本当に、慣れてなくて……不都合? 不具合? みたいなのが、あったら……ご、ごめんなさい……。が、頑張るので、何でも言ってください……」
彼女を抱えて奥のベッドへ運び、薄暗がりの中、服を脱がせた。




