表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/230

長い物に巻かれる

前回より時間軸がちょっとだけ遡ります。


 破壊された建物が改修され、入口や受付がすこし新しくなり、冒険者ギルドが再開できるようになった。


 それもあり、ギルドは近辺の冒険者がわっと押し寄せ、たまっていたクエストの報告や斡旋で大忙しとなった。


 だが、その忙しさとは別で、変な緊張感がギルドにはあった。


 原因は、今日視察に訪れているエリア部長のせいだろう。

 縁のない眼鏡をかけた三〇代後半くらいの女だ。


 エリア部長というのは、王国を中央と東西南北の地域にわけ、そのひとつを統括する存在で、支部長よりもさらに上の階級となる。


 事務室の隅で書類に目を通したり、俺たち職員の仕事ぶりを観察していた。


 仕草がどこか上品なあたり、貴族の出なのかもしれない。

 冒険者ギルド自体が貴族が発起人になって作った組織だという。

 上の立場になればなるほど、貴族は増えていくんだろう。


「アイリスさん?」

「は、はいっ……」


 エリア部長に呼ばれたアイリス支部長は、顔色を窺うようにそばへ行く。


「いつもここはこんなに騒がしいの?」

「いえ、今日は事故で損壊した部分が直ってから、はじめての営業なので」

「それにしても、手際が悪いんじゃないの?」

「そ、そうでしょうか……?」

「あなたの教育が悪いから、職員全体の質が下がってるんじゃないの?」


 事務室で、あてつけのようにエリア部長はアイリス支部長を叱る。

 まるで、俺たち職員に聞かせるかのようだった。


「本部から表彰されたばかりなのに」


 俺が疑問を口にすると、小声でミリアがぼそっと言った。


「あの眼鏡おばさんの出身ギルドが、いつもマスターから褒められていたらしいんです」

「ああ。それで、今回この支部が表彰されたから」

「ですです。それが面白くなかったんじゃないですか?」


 じっ、と眼鏡おばさんことエリア部長が俺たちのほうを見た。


「こんなに忙しいのに、私語をする余裕はあるのねえ」

「す、すみません……」


 ぺこぺこ、とアイリス支部長が頭を下げた。


「そうですよねぇ~~~エリア部長ぉ~~~! いやぁ、オレも常々思ってたんですよぉ、みんなの? 手際の悪さ? ちょっとマズいんじゃないか、ってね。いやぁぁぁぁぁ、それに気づくとは、さすが!」


 真っ先にモーリーが長い物に巻かれはじめた。

 あいつはブレないな。


「チ」


 どこからか舌打ちが聞こえた。冒険者じゃなく、もちろん職員の誰かだ。


「チ」

「ッチ」

「チッ」

「――チ」

「調子乗んなよ」


 舌打ちプラスアルファがモーリーにむけて放たれた。


「エリア部長ぉ、こんな騒がしいところじゃなくて、応接室でも行きましょぉ? オレ、お茶出すんで」


 ここ二、三か月で一番のドヤ顔をしたモーリーは、くいくい、と応接室のほうを親指で差す。


「あなたは何をしているの?」

「へ? 大事な、お客様を、もてなそうと……」

「お茶なんて要らないわ。同僚が忙しそうなのが、見てわからないの? ま、忙しいのは自業自得なんでしょうけど。手伝おうとは思わないの?」

「あ、えと、その……」


 しどろもどろになるモーリーを見て、頭痛を堪えるようにアイリス支部長がこめかみを押さえた。


「モーリー、もうここはいいから。受付や鑑定を手伝って」

「う、うす……」


 くるん、とターンを決めたモーリーがこっちへやってくる。


「ヒーローは、遅れてやってくる。……な?」


 何が「な?」なのかはわからないが、誰も反応しなかった。


「オレに任せておけば、全部オッケーだ。何をやればいい? 何でも言ってくれ」


 忙しいのと、エリア部長に間接的に詰られたこと、あとはさっきの言動が積み重なり、みんなのイライラがピークに達した。


 みんな自分の仕事をしながら、本当に何でも言いはじめた。


「お茶でも淹れてれば?」

「眼鏡おばさんのご機嫌窺いしてろよ」

「ヒーローなんかロラン君一人居れば十分なのよ」

「んもう、モーリーさんはこの支部の恥ですぅ」


 ミリアが一番辛辣だったと俺は思う。


「……グッドラック」


 白い歯を見せてモーリーはトイレのほうへ行った。

 ちょっと涙目だった。

 ……一体あいつは何しにこっちに来たんだ。


「アイリスさん、あなたがしっかりしていないから」

「は、はい。おっしゃる通りで……」


 それから、くどくどとアイリス支部長は詰められた。


「九時? 開館が? ずいぶんのんびりしているのねえ。手際が悪いのを考慮して、もっと早く開けなさい」

「ですが、この町の規模ですと八時は冒険者が誰も起きていない時間なので……」

「あたし直轄のイーリスのギルドは、朝八時なのよ? 終わるのは日付が変わってからだし」


 イーリスというのは、西部最大の都市だ。

 今いるラハティの町も、分類上は同じ西部扱いだった。


「それは……まず町の規模が違いますし……それによって、ギルドの規模も職員の数だって」

「あなたはいいわけばかりね」


 ぴしゃり、と眼鏡おばさんはアイリス支部長の反論を遮る。


「マスターから表彰されたからって、いい気になってるんじゃないの?」

「いえ、そんなことは……」


 なんとなくだが、眼鏡おばさんの考えていることがわかった。

 この支部が表彰されたのは、たしかにいい気がしなかったんだろう。

 だがそれ以上に、アイリス支部長に自分の地位が脅かされないか、というのが気がかりなんだろう。


 この支部が功績を上げるというのは、イコールアイリス支部長の手柄だ。


「あなたがそういう態度を取るのなら、こちらだって考えがあるのよ」

「私は、間違ったことを言ったつもりはなくて――」

「お黙りなさい。あなたの代わりは、いっっっくらでもいるのよ!?」


 眼鏡おばさんがヒステリックに叫んだ。


 冒険者ギルドという組織に五人しかいないエリア部長なら、平凡な町の支部長のクビを挿げ替えるくらい朝飯前なんだろう。


 騒がしかったギルドがしんとして、職員も冒険者も手を止めて耳を傾けていた。


「表彰されたギルドだから視察に来てみれば、なんですか。手際は悪いし、支部長はあれこれあたしに文句を言うし――」

「…………て、手際は悪くありません! わ、私の部下を、悪く言うのは……やめて、ください!」


 アイリス支部長が勇気を振り絞った。

 ぎゅっと握った拳が震えているのが見えた。


「今すぐここで床に頭をつけて、さっきの発言を撤回なさい。そうすれば、許してあげるわ」


 威圧するように顎を上げて、眼鏡おばさんは床を指差した。

 けど、アイリス支部長は首を振った。


「わ、私は! この支部のみんなの手際が悪いと思ったことはありません! だから、撤回しません。頭も下げません」


「へええええ、あ、そう? どうやら、もう一度平職員からやり直したいみたいね?」


 はあ、と俺はため息をついた。

 見ていたミリアが、制服をぐいぐい引っ張った。


「顔が怖いですよ、ロランさん。だ、ダメですよ? 何か言うつもりでしょうっ。ロランさんまで辞めさせられちゃいますよ!」


 俺はその手を払って、二人に近づいていった。


「エリア部長、アイリス支部長があなたのやり方に反対したのは、町ごとに特色があって、支部はそれに適した業務形態になっているからです」

「だから何よ」

「理に適っていないと申し上げています」

「あなたも辞めたいみたいね」


 アイリス支部長も俺の袖を引っ張った。


「ロラン」

「黙ってろ」

「あ、はい……」


 立場を盾にして物を言うやつは、俺はあまり好きじゃない。


「エリア部長、あなたの代わりだって、いくらでもいるんですよ」

「平職員が、何を言うかと思えば。あなたもクビよ、クビ!」


 ギルドがざわついた。


「まあ、構いませんが……戦術顧問……地域ごとにそういうポストができるそうで、それはご存じですか」

「当然。マスターが、信頼できる人間に一人あてがあるからって――」


 俺は報奨金と一緒に送られてきた辞令書を見せる。


「それが僕です」

「え――――これ……本物の――」


 辞令書を見て顔色を変えた。


「何度か断ったのですが、マスターが頭を下げたので、仕方なく受けたのです。エリア部長にクビを言い渡されるのであれば、仕方ないですね」


「あの、ちょっと待って! て、撤回! さっきの、撤回するわ!」

「ありがとうございます。よかったです。でしたら――」


 俺は床を指差した。


「今すぐここで、床に頭をつけてください。そうすれば、許してあげます」

「ぐうう……」


 悔しそうに眼鏡おばさんは唇をかみしめた。


「マスターとは旧知の仲でして……一緒の釜の飯を食った仲間と言いますか……」


 師匠のところからすぐに逃げたので、期間はわずかだったが。


「あなたの勘違いっぷりを聞いたマスターはどう思うでしょう。平職員からもう一度やり直してみますか?」


 ふぐう、と変な唸り声を上げた眼鏡おばさんは、「こ、この支部は、問題ない、ようね?」と小声で言って、ギルドから出ていった。


 俺以外の人間全員が、息を止めていたと言わんばかりの、大きくて長いため息をついた。


「どうなるかと思ったぁ……」

「心臓に悪すぎだろ……」

「でも……」

「うん。わかる」

「「「「スッキリした」」」」


 お尻を叩かれた。

 見ると、アイリス支部長がへたり込んでいた。


「無茶して、もう」

「カッコよかったですよ、支部長」

「あなたのほうがカッコよかったわよ。あの、ごめんなさい……腰、抜けちゃって……」


 手を取って支部長を立たせ、椅子に座らせた。


「あなたが辞めるようなことがなくて、よかったわ」

「そのセリフ、そのままお返しします」

「もお……っ」


 肩を軽くはたかれた。


「支部長の横顔が、完全に恋してるそれだ」

「イチャついてる……」


 ぱんぱん、と支部長が手を叩いた。


「はいはい、手を止めないで。いつも通り仕事してちょうだい」


「「「「うぇーす」」」」


 意外と部下想いだった支部長のために、俺たちはいつも通り頑張って仕事をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作 好評連載中! ↓↓ こちらも応援いただけると嬉しいです!

https://ncode.syosetu.com/n2551ik/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ