慰安旅行5
「ライラ、魔族が使う魔法の中に、死霊魔法があっただろ。教えてくれ」
それをどうするかなんて、ライラは訊かなかった。
「あるにはある。だが……禁止魔法のひとつでもあるのだ」
「魔界のルールは知らん。そしてここは魔界じゃない」
「どうして禁止しているかというと、術者への負担が大きすぎるからだ。魔法によって、生命力の
一部を移植する……と言えばわかりやすいか? ランクでいうなら、文句なしの位階一等の魔法センスが必要となる」
「理屈は何だっていい。ディーを起こす」
こうして、俺はライラに一からその死霊魔法の理屈を叩きこまれ、魔法陣や手順を教わった。
「失敗すると、どうなるのか、妾にも想像がつかぬ……。妾も、幼い頃に一度使ったっきりだ。そのときは成功したが……」
心配そうな顔で、ライラは見つめる。
「ディーをこのまま腐らすには惜しい。ちょっとくらい構わん」
ライラ指導の下、魔法陣をふたつ描きひとつにディーを乗せ、もうひとつには俺が乗った。
魔法を発動させる。
まばゆい光で視界が白に塗り潰される。
気を失う感触があった。
目覚めると、宿屋の天井が見えた。
「死に損なったか」
ベッドに貼りついたように、体が動かない。
全身が気だるく、指一本動かすのも億劫だった。
「それは、わたくしのセリフよぅ」
ひょこ、とディーが俺の顔をのぞきこんだ。
「……成功した、のか?」
「ライリーラ様に聞いたわぁ。もう、やんちゃ」
ちょん、と鼻の頭を小突かれた。
む、とディーが怒ったような顔をする。
「わたくしを助けるために、死霊魔法を教わって使って一朝一夕で成功させちゃうなんて……なんてセンスなの」
人間の魔法で、俺が扱えるのはいいところ中級魔法までだった。
魔族側の魔法のほうが合っているのかもしれない。
「……失敗したらどうなるのかわからないのに……何でそんなバカなことを……」
「おまえは俺の物なんだろ? おまえの命をどうしようが、俺の勝手だ」
「もう、すぐそうやってカッコつけるぅ……」
ちゅ、とディーは頬にキスをした。
ひんやりしていて心地いい。
「傷は……痛むか」
ディーはふるふる、と首を振った。
「感覚は以前より薄いみたい。こんな体にした責任、取ってもらうわよぉ?」
するする、とディーがベッドの中に入ってくる。
「うふふ。今ならなーんの抵抗もできないのよねぇ、ロラン様は」
「死霊魔法は成功したようだな」
かぷかぷ、とディーが甘噛みをしてくる。
「そうよぅ、わたくし、吸血鬼でゾンビなんだからぁ」
吸血衝動のようなものはもう感じないそうだ。
だが、吸血槍は召喚魔法の一種でもあるため、今も使えるらしい。
身体的にはゾンビ寄り。能力はそのままだとディーは言った。
「そっちのほうが便利だろ。昼夜問わず歩き回れる」
「もうっ。だからぁ、エッチなことをすると屍姦になっちゃうのよ?」
「さすがに俺もそんな趣味はない」
「大丈夫よぅ、わたくしが上手にやって目覚めさせてあげるわぁ。でも、今はダメよぅ。胸に大穴が開いてるんだからぁ」
「夢と希望でも詰め込んでやろうか」
「もうっ、ロラン様ったらぁ♡ でーも、穴は多いほうがいいでしょぉ?」
ちゅっちゅ、かぷかぷ、と俺はディーにされるがままだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ、と変な音が聞こえると、入口に拳を震わせるライラが立っていた。
「話し声が聞こえると、慌てて戻って来てみれば……! そなたらは……!」
生唾をごくりと飲んだディーが、そっと俺のベッドから出ていく。
「わたくし、思い出したことがあるわ……」
出入口はライラが塞いでいるので、ディーは窓から出ていった。
「まったく。油断も隙もない」
「俺はどれくらい眠っていた?」
「丸一日だ。成功したのはわかったが、どれほど反動があったのか、妾にもわからなかった。その様子だと、軽かったらしいな」
ベッドの脇で、ライラが俺の髪を撫でる。
うるるるるるる、といつの間にか目にいっぱいの涙を溜めていた。
「心配、した……」
「悪かった」
ぐすん、と鼻をすすりはじめたライラ。
手を動かせないのが、これほどもどかしいと思ったことはなかった。
他の職員たちには、風邪で寝込んでいるとライラとディーが説明してくれたらしい。
「寝ている間、たくさん口づけをした」
「そうか」
「だが、反応がないから、すこし悲しかった」
「そうか」
「目覚めるのでは、と期待した」
「そうか。残念だったな」
泣き腫らした顔をライラがゆっくりと近づけてくる。
そっとまぶたを閉じた。
「ちょっと――支部長はあとでいいじゃないですか。あんまり押しかけると迷惑ですからっ」
「そのセリフ、そっくり返すわ」
声に、びくんとライラが身をすくませ、すっと居住まいを正す。
こほん、と咳ばらいをするが、頬が赤いままだった。
「妾さん、ロランさんの具合どうですかー?」
ひょこっとミリアとアイリス支部長が顔を出した。
「う、うむ。この通り、目を覚ましたようだ」
「よかったわ」
にこっとアイリス支部長が微笑む。
「ここは、明日のお昼までいられるから、それまでゆっくり休んでちょうだい。休暇自体はまだあるから、自腹になっちゃうけど、いたいならいてもいいし」
「はい。わかりました」
「妾さん、お疲れでしょうから、わたしが看病を代わりますよ?」
「妾はよい。そなたらは旅先であろう。海でも砂浜でも楽しんでくるとよい」
「で、でも……」
ぐいっとアイリス支部長がミリアの襟首を引っ張った。
「空気読みなさい」
「うぅぅ、はい……。ロランさんと海……」
「我慢なさい」
「支部長だってぇ、気合入れた水着買ってたじゃないですかー」
「…………み、見てたの?」
アイリス支部長が赤面すると、ミリアが手であれこれ表現しはじめた。
「こぉーんな、すんごいの。もう、ビーチの男たちは鼻血不可避の、こぉーんなやつを――」
ミリアを連れて外に出ると、バタン、とアイリス支部長が扉を閉めた。
「お、思いきったのだけど……や、やっぱりやり過ぎだった……?」
「ええと…………お、お似合い、でした……よ……?」
「何よ、その微妙な反応……!? もう、買い直す……」
二人の会話が遠ざかっていく。
くすくす、とライラは笑っていた。
今気づいたが、ベッドの周囲に、果物やら花やら滋養強壮のエーテルなどがたくさん置いてあった。
「すべて、職員たちからであるぞ」
「心配をかけてしまったらしいな」
「みな口をそろえて、普段世話になっていると言っておった。貴様殿は、慕われておるのだな」
そうなんだろうか、と天井を見ながらぼんやりと考えていた。
そうしているうちに、いつの間にか俺はまた眠ってしまっていた。
その頃、自宅では――――。
「なぜだ……なぜ誰も帰ってこない……」
ロジェが、二人の帰りをずっと待っていた。
「どこへ行ったのだ、二人とも。……ま、まさかと思うが……駆け落ち……!? あ、ありえない。ライリーラ様が、ニンゲンの男となど……」
むっ、とロジェは顔をしかめた。
「ライリーラ様に、命の危機が迫っている――!? ……気がする。キュピン、ときた。今キュピンと。第六感が」
ロランがリーナスからライラを守った、およそ一日後である。
「ライリーラ様……! このロジェ・サンドソングが命に代えてもお守りいたします! ……今こそ、我が忠義を果たすときッ!」
立ち上がり、家をあとにしたロジェは、手がかりを求めて町のほうへひとまずむかった。




