慰安旅行4
◆ロラン◆
クーセラ男爵の話では、そいつは部屋からどこかへいつも『消える』と言っていた。
十中八九『ゲート』だろうと思い至った。
俺がそのあとを辿るように、部屋にあった『ゲート』からジャンプすると、町外れの倉庫街にやってきた。
そして、現場を目撃した。
魔族の男が、ライラを攻撃しようとしている瞬間だった。
穴があいた壁の中から、魔族の男が戻ってきた。
「誰かと思えば……ただのニンゲンか」
ライラは、誰なのか教えてくれた。
「妾の弟だ。リーナス・ディアキテプ」
「軍団長の一人か。……ディーが敵わないわけだ」
ゆっくり歩いてくるリーナスに言った。
「何が攻撃したかと思えば、ただのニンゲンか」
「……捕らえて連れていくつもりだったが、気が変わった」
皮肉そうな笑みをリーナスはむけてきた。
「気が変わった? そうかよ。ニンゲン風情が、俺をどうするんだ?」
「おまえを殺す」
ライラの視線を一瞬感じたが、すぐその気配は消えた。
「ニンゲンごときが」
「おまえは、その『ごとき』に殺される、『ごとき』以下の雑魚だ」
怒りで目の前が赤く染まりそうだった。
一度深呼吸をする。
すっと、怒りが引いて、代わりに感情という感情が凍っていった。
「死ぬ前に教えてほしい。『セカンド』とはなんだ。おまえが作ったのか?」
「どうせ死ぬおまえに言っても、意味ないだろ」
「そうか。残念だ」
サンプルとしてランドルフ王にいくつか渡す予定だ。
時間はかかるかもしれないが、あとで分析させれば何なのか答えは出るだろう。
リーナスが両腕を魔力で覆った。
ディーをやったのは、あれか。
以前ライラが、『魔鎧』と呼んでいたな。
スキルを発動させ、死角へと回り込む。
初動の瞬間は目に捉えたようだが、完全に俺を見失っていた。
「高等技術らしいな、それは」
「っ!?」
背後に立った俺を、リーナスが慌てて振り返った。
「くッ、何かの高等魔法か――――!?」
「買い被るな。ただの外れスキルだ」
リーナスが突き出した左拳をかわす。
ヴォン、ヴォンと拳と腕を使って、リーナスが格闘戦をしかけてくる。
耳元で風が鳴る。
空気の焼けるにおいがした。
「足りない足りない、圧倒的に足りない。経験も技術も発想も。――おまえ、格上と戦ったことないだろ?」
才能で戦ってきただけの、とんだお坊ちゃんだ。
「ルォォォォオオオラアアア!」
刹那の時間に繰り出される攻撃だった。
それでも、俺にこれだけ余計なことを考えさせた。
「魔王は、俺に余計なことは考えさせなかった。おまえなんかが、俺に敵うわけないだろ」
怒りで攻撃し続ければ、いずれ息が上がる。
ナメられたものだ。
「格闘戦における攻防のバランスは生命線だ。そうママに教わらなかったか?」
呼吸がかすかに乱れた一瞬の隙をついた。
片手でリーナスの額を掴み、後頭部から地面に叩きつけた。
「ぐあッ!?」
「バカのひとつ覚えのように、一辺倒の攻撃……。そんな魔法、俺にだってできる」
リーナスがしていたのと同じことを、やってみせた。
右腕に魔力を巻きつける。
仰向けに倒れているリーナスが目を剥いた。
「そんな……!? 『魔鎧』は、緻密な魔力操作が要求される……! ニンゲンごときが……」
「おまえが信じ、誇った技術なんてこんなもんだ。あまり、ニンゲンをナメるな」
俺はライラに視線をむけた。
「リーナス。……そなたが敵うはずもない。妾を倒し、この首輪で魔力を封印したのは、その目の前にいる男ぞ」
「何であんたはこいつの味方なんだ!? ふざけるな! 魔族の矜持すらもたない恥知らずが!」
「おまえが矜持を語るな」
パン、と俺は平手打ちを食らわせた。
「あいつは……ライラは、どうしようもないおまえすら救おうとした。戦後の混乱時に、こちらに残らざるを得なくなった部下たちのことを案じて、助けようとしている。拠り所になろうとしている」
「くっ……」
リーナスは悔しげに歯を食いしばった。
「恥知らずかもしれぬ。……だが、妾は、この男のことを愛してしまった。魔王とか魔族とかニンゲンだとか、もうどうでもよいのだ」
「やっぱり! 魔王はあんたじゃなかった! あんたの器じゃなかった! 俺が……俺こそが魔王の器だったはず……!」
フン、と俺は笑った。
「それが、人間の世界で危険な薬を売り捌いているのか。大した器だな」
「リーナスよ、些末なことでしかなかったのだ。魔族とニンゲンの違いなど。魔族は、ニンゲンを下等種族扱いし、戦争を仕掛けた……。大きな過ちだったのだ……」
「――――あんたがそれを言うな! あんただけはそれを言っちゃいけねえだろッ! あんたのひと言でどれだけの仲間が……!! ふざけんな……ッ! 悪であるなら貫け! 優しい顔なんて見せんな! 魔王なら――」
「ああ、妾もそう思う。それが理想だったしそうしてきたつもりだ。……だが、嫌気がさした。だから魔王は辞めたのだ。その機会をこの男は与えてくれたのだ」
最後にライラを見ると、深く目をつむり、うなずいた。
「なんだよこれ……クソかよ……天才を倒した上に、性格まで変えちまうのかよ……どんだけ強ぇんだよ、おまえ。本当に、つまんねえ……」
「そうだな」
こいつは、ライラの陰にずっといたんだろう。
俺がアルメリアの影に徹したように。
俺とこいつの違いは、光を浴びようとしたかどうか。
それだけしかなかったようだ。
ディーがされたのと同じように、同じ場所に、俺は左腕で胸を貫いた。
「お互い、つまらない役回りだったな」




